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第204話 呑んだくれ讃歌

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 これは西暦9980年のはるか未来のお話し。
 この時代に召喚されたマイのクローン、アルファとベータは激しい戦闘を繰り広げた。
 とは言えその激しい戦闘は、ふたりが示し合わせたものだった。
 まだ戦闘に不慣れなベータを、戦闘に慣れさせるための戦闘が、数度行われる。
 その後、ふたりは本気で戦った。
 その戦闘は、三日で終わる。
 ベータの精神力が、限界を超えたのだ。
 ベータは召喚者達が遺したアバター体に残る残留思念に、集団無意識を介して操っていた。
 数十万にもおよぶ、アバター体のひとりひとりを。
 アルファには、参謀となる自らのクローン体がいた。
 実質ひとりで戦うしかなかったベータには、最初から勝機はなかった。
 ベータはこれ以降半年間、意識を失い、夢の世界を彷徨う事になる。
 ベータ不在の中、休戦協定が結ばれ、アルファは太陽系を全宇宙から隔離する。
 アルファは人類が休戦協定を守るとは、思っていなかった。
 人類は、ベータはアルファと示し合わせ、手を抜いていたと直感する。
 ベータがその気になれば、集団無意識を介して、アルファのクローンやアルファ自身を洗脳し、操る事も可能だった。
 しかし、ベータが集団無意識に潜れる事を、人類は知らない。
 それでも、ベータが手を抜いた事は、直感出来た。
 そして人類は、クローンの本体の魂を召喚する。


 21世紀末を模したエスの53区画。
 普通に人類が生活するだけならば、この程度の文化水準で充分だった。
 そう、宇宙航路を使った幅広い交易とは、無縁ならば。
 そんなエスの53区画の街並みを歩く、マイ達四人。
 前回お着替えしたマイとマインは、この街並みに溶け込んでいた。
 しかしアイとミサは、少し浮いていた。
 グラマラスなボディに、簡易ドレスな装い。
 ここが大都会な街並みだったら、あまり浮かなかったかもしれない。
 しかしここの街並みは、都会を少し離れた、ちょっと寂れた繁華街って感じだった。
 アイとミサの格好も、ぎりぎり有りとも言えるが、それはぎりぎりアウトである事も、意味している。
 そんなふたりの簡易ドレスも、サポートAIとしての身体の一部。
 着替えたりとかは、出来ないのだった。
 上に何か羽織る事は出来るが、そこまで気が回らなかった。
 作者も今、気がついたのだから。

「ここは、グリムアからの捕虜達が暮らす街。」
 歩きながら、アイはこの区画について説明する。
「え、じゃあここは敵地なの?」
 マイはびくつく。
「そんな訳ないでしょ。」
 マインは呆れる。
「ああ、みんなここが気に入って、出て行かないんだよ。」
 とミサが続ける。
「どゆ事?」
 マイには意味が分からない。
「グリムアに戻れば、また戦争に行かなければならないからな。
 みんなここでの暮らしが、気に入ってるのさ。」
 とミサに言われても、マイには意味が分からない。

「みんな、あなた達の様な、歴戦の戦士ではないからね。」
 ここでアイが、ミサから説明を引き継ぐ。
「ああ、そう言う事。」
 マインはアイの説明で理解する。
 だけどマイは、まだ分からない。
「戦争に行くたびに殺されてたら、戦争に行く気なんて、なくなるでしょ。」
 マインは今理解した事を、マイに伝える。
「でも、捕虜なんでしょ?
 逃げだしたくならないの?」
 マイも、マインの言う事を理解する。
 それでも分からない。
 捕虜がここに留まる理由が。

「昔は捕虜虐待なんて言葉もあったけど、今はそんな言葉は死語よ。」
 アイは、マイの疑問に思う事に答える。
 アイはマイのパートナーとして、マイの考えている事が分かる。
「え、じゃあ、ここの捕虜達って、ニート生活を満喫してるの?」
「そのニートって何か分からないけど、みんなここでの新しい生活に満足してるのは、間違いないわね。」

 実際捕虜達は、ここでは好きな事、やりたい事が出来た。
 それは主に創作活動である。
 捕虜達の戦争体験を元にした漫画は、すべからくヒットした。
 以前登場したラノベののがない、僕の頭のネジは少ないも、そんな捕虜の街から生まれた。
 そして歌手デビューを果たしたユアに、楽曲提供をしたのも、こんな街の住人だった。
 そんな彼らは、元の国に戻る理由など無かった。
 と言うかこの時代、国という概念もあいまいで、生まれに関わらず、自由に国籍を選べた。
 土地という物に縛られる事が無くなったため、移動の自由度は高まった。
 ただそれは、先祖伝来の土地を持たない、いわゆる底辺層に限られる。
 そして戦争に参加させられる召喚者は、そんな土地に縛られない層だった。

「なんか、複雑だなあ。」
 上記の説明を聞いて、マイは感想をもらす。
 この時代に戦争するために召喚されて、この時代で創作活動して生きていく。
 元の時代に、戻ろうとは思わないのだろうか。

「まあ、そんな街だから、機密に関する話しも出来るのさ。」
 ミサがそう言った時、四人はオープンテラスの喫茶店にさしかかる。
「おーい、遅いぞ。」
 オープンテラスの端っこの席で、ジョーが待ちくたびれていた。
 マイ達四人は早速席につき、注文する。
「私、サルサレトフールとビール。」
「ぼ、僕も同じ物。」
 マイは、マインと同じ物を注文する。
 アイもミサも、マイにはよく分からない何かとビールを注文する。

 ビールがきたので、早速四人は乾杯する。
「かんぱーい、ごくごくごく。ぷはー。」
「ぷはー、この一杯の為に、生きてるのを実感するわー。」
「全くよ。日ごろの疲れが癒されるわー。」
「ほんとほんと、やな事は全部忘れて、どんどん飲めー。」
「わっはっはっはっは。」

 マイは、自分以外の三人の言動に、かなり引く。
「すみませーん、ビール四つおかわりー。」
 え、四つ?
 マインは四人分のビールを頼むが、マイのビールは半分以上残ってる。
 そうかジョーの分かと思ったが、そもそもジョーは、元からビールなんか注文していない。

「何やってるの、次が来ちゃうでしょ、早く飲みなさい。」
 疑問だらけの光景に、食が進まないマイに、マインがからんでくる。
「つ、次って何?」
 マイは恐怖に引きつった顔で、マインを見る。
「ほら、来ちゃうでしょ!」
 丁度店員さんが、ビールジョッキを四つ持って、こちらに来る。
 マインはマイに無理矢理ジョッキを握らせると、そのままマイの口元に持っていく。
「うぐ!」
 マイは口元から遠ざけようと抵抗するが、マインが口元からこぼさない絶妙な角度で押さえつける。
 マイはジョッキから口を離そうと、頭をのけぞらせるが、その頭もマインががっちりおさえる。
「何?私が手伝ってあげるのに、飲まないの?」
「うぐ!」
 マイは、マインの目が怖かった。
「こぼしたら、承知しないからね。」
 マインは、ジョッキをさらに傾けてくる。
「ごくごくごくごく!」
 マイは必死でビールを呑み干す。
「あっはっは、凄いじゃん、マイ。やれば出来るじゃない!」
「そりゃあ、私のパートナーですからね。これくらいはとーぜんよ。」
「なんか今日のマイン、出来上がるの早くねーか?」
 マイの飲みっぷりにマインとアイがはしゃぐ中、ミサは冷静に分析する。

 マインは記憶を消されているが、直前に大ジョッキで七杯、呑んでいた。
 記憶はないが、その分出来上がるのも早い。

 おかわりのビールを置く店員さんの表情も、引きつっている。
「あ、店員さん、ビールもうひとつ、すぐに持ってきて。」
 マインは今マイが飲み干したジョッキを、店員さんに手渡す。
 店員さんはすでに三つのジョッキを持っていて、すぐにここから離れようとしていた。
「さあ、今度は一杯分、一気にいくわよ!」
「うぐ!」
 マインは先ほどと同じムーブで、マイの口もとに持っていったジョッキと、マイの頭をおさえつける。
「おいおい、やりすぎじゃないか?」
 見かねてミサが注意するのだが、横からアイが口をはさむ。
「まあまあ、マインもマイと飲めて、嬉しいのよ。
 私達も、どんどん飲みましょ。」
「それもそうだな。」
「それじゃ改めて、かんぱーい。」

 折角ミサが助けてくれそうだったのに、アイに邪魔されるマイ。
 軽く絶望するマイに、マインは容赦なくジョッキを傾ける。
「ごくごくごくごごくごごごくごくごくごくん!」
 ぱしん!
 呑み干したマイのほほを、何故かマインがはたく。
「何するのよ!」
 流石にマイも、言い返す。
「こぼしたあんたが、悪いんでしょ。」
 ぱしん!
 マインはもう一度、マイのほほをはたく。
「あ、あんたが無理矢理飲ますからでしょ。」
 ぱしん!
 口ごたえするマイに、もう一発おみまいする。
「ごめんなさいは?」
「はあ?」
 口ごたえするマイに、もう一発叩き込もうとするマインだが、今度はマイががっちりマインの手を掴む。
「こぼしたら、ごめんなさいでしょ!」
 反対の手ではたきにいくマインがだ、こちらの手も、マイががっちり握る。
「ちょっと、離してよ、悪いのはあんたでしょ!」
 マインは凄い力で暴れる。
 マイも抑えるのに精一杯だ。
「ちょっと助けてよ。」
 マイはアイとミサに助けを求める。
 だけどふたりで盛り上がっていて、こちらには見向きもしない。

「ねえジョー、なんとかしてよー。って、ジョー?」
 ジョーはすでに、隣り、いや、遠くの席に避難していた。
「ジョー?」
 マインはジョーの名を聞いて、脱力。
「あんた、あんなヤツの事が好きなんだ。」
「な、何言ってるのよ、いきなり。」
 マイも思わず脱力。
 掴んでいたマインの両手が抜ける。

「じゃあ、私とあいつ、どっちが好きなのよ!」
「はあ?今そんな事、関係ないでしょ!」
 ふたりは睨みあう。

「だったら、勝負よ。」
 マインはジョッキに手をかける。
「負けたら、勝った方の言う事を、何でも聞く!
 私が勝ったら、どっちが好きか、言わせるから!」
「分かったわ。」
 マイもジョッキに手をかける。
 マイの新しいジョッキは、そそくさと店員さんが置いてった。

「じゃあ、ミサとアイ、審判お願い。」
 マインがふたりに声をかける。
 とその時、店長らしき人物が近づいてくる。
「あのお客さま、困ります。ここはそういうお店ではございませんので。」
「けっ。」
 勝負に水をさされて、マインはそっぽを向く。
「あー、彼女白銀の魔女なんだけどさ。」
 ミサは、マインを指差す。
「しろがねのまじょ?
 な、白銀の魔女!」
 店長は驚きの声を上げる。
「あの、はむかう者は、誰であろうと殺す、戦場の死神!」
「そう、その死神。追い出せるかな?」
 と言ってミサはニヤける。
「お、お代は結構ですんで、何とぞ穏便に。」
 店長は震えながら頭を下げる。
「いやいや、迷惑料として、三倍払うよ。」
「いえ、その様な事は、」
 ミサの申し出に、店長はめんくらう。
「だってこの区画で騒ぎを起こしたんだから、それくらい当然じゃん。
 ね、てーんちょ。」
 ミサは媚びた声を出す。
「そ、そう言う事でしたら、」
 店長はすごすごと引き下がる。

「誰が魔女だ、こらー。こんな美女つかまえてー。」
 何か納得いかないマインが叫ぶ。
「そうね、あなたは魔女じゃない。
 ただの呑んだくれよ!」
 マイはうまい事言ったと、思わずニヤける。
「あん?そんなふざけた口、すぐに聞けなくしてやるよ。
 ミサ、早く!」
「あー、分かった。じゃあ、
 よーいドン!って言ったら飲むんだぞ。」
 ミサの言葉に反応して、マイはジョッキを持ち上げる。
「あはは、何フライングしてんのよ!」
「ちょっとミサ、真剣勝負なのに、なにふざけてんのよ!」
「ああ、悪い悪い。
 じゃあ、今度こそ、よーいドン!」

「ごくごくごくごくごく…。」
 ドン!
 ふたりは同時に呑み終え、ミサの方を見る。
「驚いた。イチミクロン秒の差もなく、同着だぜ。」
 ミサはふたりの勝負の結果に驚く。
「いえ、マイのジョッキの方が、三滴ほど、少なかったわ。」
 横からアイが、口を挟む。
 そう、マイがフライングした時、ジョッキから三滴ほど、こぼれていた。
「という事は、私の勝ちね、やったー。」
「くっそー!」
 喜ぶマインと、激しく落ち込むマイ。
 勝敗の差が、はっきりと出る。

「じゃあ、勝者からの命令、いくわよ?」
「ぐぐ。」
 マインは勝負としての余韻に浸り、マイは敗者としての屈辱を噛みしめる。
「マイ、あなたが好きなのは、」
 と言いかけて、マインは思う。

 私、何言ってんだろと。
 と同時に、顔が赤くなる。
 マインはそのまま正気に戻る。
「わ、忘れて。」
 マインはつぶやく。
 そのつぶやきがよく聞こえなかったので、マイは顔をあげる。

「いいから、今この店であった事、全部忘れなさーーい!」
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