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第191話 特別な召喚者

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 これは西暦9980年のはるか未来のお話し。
 この時代に召喚されたマイは、特殊な性質を帯びたチームに所属する。
 このチームに割り当てられた区画のはずれに、居酒屋区画が存在する。
 この居酒屋区画は、マイのチーム以外の三つの区画に接していて、それぞれの区画に対して、開放されていた。
 と言うか、この居酒屋区画には転移装置が設置されていて、この宇宙ステーション全区画に対して開放されていた。
 この様な居酒屋区画は、この宇宙ステーション内に他にもあった。
 そんな居酒屋区画を要するマイのチームの区画だが、マイ自身、自由に出入り出来る区画ではなかった。
 召喚者が出入りするためには、パートナーであるサポートAIの同伴が義務付けられている。
 他の区画の召喚者との接触を、なるべく控えるために。
 ならば全区画に居酒屋区画を設ければいいと思うが、それでは採算が取れなかった。
 最低でも四区画は網羅しないと、採算は取れなかった。
 それは、日用品を取り扱う実店舗でも同様だった。
 部屋のインテリアを自在に実体化出来る召喚者は、限られている。
 それなりの報酬ポイントを溜め込まないと、そうはならない。
 多くの人は、実店舗での買物、宅配が主だった。



 居酒屋区画から戻ってきたマイン。
 マイの事が心配で、結局、ビールは大ジョッキ七杯しか呑めなかった。
 マイの大好物だと言うバタークスマルハーゲも、マインの大好きなお刺身のさっぱりした味には、かなわなかった。
 と、マインは思う。
 食の好みなど、人それぞれである。
 メディカルルームへと続く扉は、マインがこの場を離れた時から、変わってはいない。
 つまり、マイの治療はまだ続いているのだろう。
 マインは扉を背にして、しゃがみこむ。

「マイ。」
 マインはマイに対しての考えをまとめる。
 居酒屋のマスターが会ったというマイは、マインの記憶にある昔のマイとは、おそらく違う。
 マスターの見たマイは、おそらく十代半ば。
 でなければ、マスターもビールなど、そうそう出せないだろう。
 対してマインの記憶にあるマイは、10歳以下の少年。
 こんな少年を、居酒屋などに連れて行くとは思えない。
 それに、今のマイに対しての面影など、微塵もない。
 彼が成長して今のマイになるなど、考えられない。

 アイには、今のマイよりも前に、九人のパートナーがいた。
 その九人は、誰もが戦死している。
 しかし、公に戦死と言われているのは、三人。
 この三人が戦場に出て戦死し、残りの六人は、戦場に出る前に死んでいるらしい。

 マスターの見たマイと、マインの昔の記憶にいるマイ。
 このふたりは、おそらく戦死した三人のうちのふたり。
 残りひとりの事も気になるが、今は大した問題ではない。
 今問題なのは、この扉の向こうにいるマイとは、結びつかないマイが、ふたりもいる事が問題なのだ。

 マインは思う。
 アイのパートナーは、誰もがマイなのだろう。
 ならば、自分はどうなのか。
 ミサのパートナーである自分。
 自分よりも前に、ミサにパートナーはいたのだろうか。
 ミサ自身も言わないし、他のサポートAI達や召喚者達も何も言わない。
 これは、ただ触れないだけだろうか。

 その時メディカルルームの扉が突然開く。
 背中を押されたマインは、瞬時に飛び跳ねる。
 中からアイとミサが出てきて、そこにマイの姿はなかった。
「マイはどうしたの?」
 マインは、扉から出てこないマイについて尋ねる。
「しばらくひとりにしてほしいって。」
 アイからは、当然な答えが返ってくる。
「まあ、マイにとって、受け入れがたい事が、色々あったからな。」
 とミサが補足する。
「受け入れがたい事、ね。」
 とマインはつぶやく。
「それなら、私も聞きたい事があるんだけど、いい?」
 マインはそのまま、アイに問いかける。
「そうね、どうせすぐに分かる事だし、私は構わないわ。」
 アイはミサに視線を向ける。
「好きにしろ。」
 と言ってミサは目を閉じる。
 言外にやめろと言いたいミサだが、マインの知りたい欲求は止められないと、あきらめる。
 そんなミサの気持ちは分かるマインだが、構わず質問をする。

「マイって、十人居るでしょ。
 これって、マイは十回召喚されたって事?
 それとも別人?」
 マインのその問いに、アイは首をふる。
「マイン、答えられる質問をしてもらえないかしら。」
「答えられる質問?」
 思わずマインは、おうむ返す。
 この期に及んで禁則事項とでも言うのだろうか。
 それとも、今のマイみたいに、魂の拒絶を伴う様な質問だったのだろうか。

「あなたは、三人のマイと、会ってるわ。」
「え?」
 質問の仕方が分からないマインに、アイが前持って答える。
「今のマイが、三人目って事ね。」
「三人目。」
 マインはつぶやく。
 昔のマイを思い出した時に、思い出したマイ。
 その他にも、もうひとり居るのだろうか。記憶にない。

「再召喚が必要な召喚者が死んだ時、その召喚者に対する記憶は、薄れるわ。」
 もうひとりのマイを思い出そうとするマインに対して、アイはひとつの事実を告げる。
 マインにとって、丁度次の疑問が生じた頃への、アイの解答。
 そのタイミングの良さに、マインは少しいらだつ。

「そう。
 ならばいずれ、ユアとケイの記憶も薄れていくのね。」
「いいえ、そのふたりは再召喚されないわ。
 だから記憶も、そのまま残る。
 あなたが忘れない限り、ね。」
 このアイの即答には、マインもピキる。

「ふーん、まるでこのふたりは、どうでもいい様な言い方ね。」
「ええ、実際必要なのは、マイとマイン、あなた達ふたりだけだから。」
「なんですって!」
 今度のアイの即答に、マインは思わず激怒。
「あのふたりは、どうでもよかったって事?
 ふざけないでよ!」
 マインはそのままアイにつめよる。
 そんなマインを、ミサはとめようとはしない。

「ふざけてないわ。だって本当の事だから。」
「それがふざけてると言ってるのよ!」
 パシん。
 マインは思わずアイを平手打ち。
 アイはマインの平手打ちを、微動だにせず受け止める。
「少しは気が晴れたかしら。」
「う。」
 マインはアイに恐怖を感じる。
 後ずさりたいところを、ぎりぎり踏みとどまる。
 数話前、マインのジャッジメントウイップで傷ついたアイとは、同一人物とは思えなかった。

「それに、あなたはそんなに、仲間思いだったかしら。」
「そんな事、」
 アイの発言に、マインの反論は途切れる。
 実際今のマイと仲良くなる前なら、なんとも思ってなかった。
 たまに任務で一緒になっても、仲間意識はなかった。

「現に、過去のマイの事も、思い出せないみたいね。」
「ぐ。」
 これには何も言い返せなかった。
 マインの会った過去のマイは、ふたり。
 そのうちひとりは、全然記憶にない。
 アイのその言葉に、マインの心は折れる。
 マインは後ずさり、そのままメディカルルームの扉に背中をあずける。

「確かに、らしくなかったわね。
 ごめんなさい。」
 マインはうつむいたままつぶやく。
 アイの言う通り、自分は仲間思いではない。
 そのアイの発言を認め、反発した事を謝罪する。
 目を閉じたまま一部始終を聴いているミサは、表情をゆがめる。

「ねえ、私もマイと同じなら、今の私は何人目なの。
 私は何回、召喚されたのよ。」
 マインは顔を上げて、アイに問う。
 マインの瞳には、いつしか涙がにじんでいる。

「それは、私からは答えられない。」
 アイは目を閉じる。
 呼応するように、ミサが目を開ける。
「おまえは、ひとり目だし、おまえに代えはない。
 再召喚出来るなら、あんな長期間、液体漬けで治療してるかよ。」

「そう、私はひとり目。」
 メディカルルームの扉に寄りかかったままのマインは、そのまま背中がすべり落ち、扉の前に腰を落とす。
 マインは両膝を両手でかかえ、その両手に顔をふせる。
 マインは、涙が止まらない。
 今の自分が死んでも、誰の記憶にも残らない。
 その自覚があったからだ。

「マイン、そこに居るの。」
 メディカルルームの扉が少し開かれ、マイの声がする。
 しゃがんだままのマインは、声のする方を見上げる。
 マイと目があったかと思うと、マインはマイに腕を引っ張られる。
 マインをメディカルルームに引き込むと、扉は閉ざされた。
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