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地球へ

第181話 あんま痛めつけるのはよくない

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 これは西暦9980年のはるか未来のお話し。
 この時代に召喚されたマインは、極度の男嫌いだった。
 それはマインの生い立ちに関係があった。
 そんなマインは、自分が気心許したマイが、実は男ではないかと、確信を持った。
 疑念ではない。確信である。
 それは、マインが液体漬けで眠りに付いてた時、繰り返し見た悪夢が、そうさせた。
 そしてマイが男ではないかとの疑念は、以前からあった。
 マインの部屋でお泊り会をした頃から。
 しかし、その日を境に、マイに男を感じなくなっていったのも、また事実。
 マインは真相を探るべく、マイのパートナーであるアイを、厳しく問いただす。
 マインの繰り出すジャッジメントウイップの前に、アイの命は風前の灯だった。


「落ち着け、マイン!」
 パシん。
 思わずミサは、マインの頬をはたく。それも強めに。
「な、何するのy」
「おまえ達の時代の言葉など、この時代の者達は知らん!」
 マインが怒鳴り返す前に、ミサが怒鳴りつける。
 マインは何も言い返せない。
 そんなマインを見て、ミサは説明を続ける。
「この時代に無い単語や概念は、その時代の魂が召喚された後でしか、分からないんだ。
 だから女々しいと言われても、おまえ達が来るまで、普通に女だと思ってた。」

「ちょっと待ってよ。」
 ミサの説明に、マインは引っかかる。
「私が召喚されたのは、マイよりずっと前よね。
 だったら、分かってたんじゃないの?」
「ぐっ。」
 マインは少し鞭に力を込める。
「やめろ、マイン。」
 ミサは鞭を握るマインの手を、強く握る。
「く。」
 マインは少し鞭をゆるめる。
 相手のミサはサポートAI。
 生身に近いアバター体であるマインの力では、対抗出来ない。
「そう言った単語や概念は、使われて初めて分かる。
 現におまえが怒るまで、私は女々しいの意味を知らなかった。」
「そう、分かったわ。」
 マインは、ようやく納得する。

「で、その事は、マイは知ってたのかしら。」
 マインは質問を続ける。
「その事?」
 アイは聞き返す。
「女々しいからって、女性のアバター体にされた事よ!」
「ぐっ。」
 答えないアイに苛立ち、マインは鞭に力を込める。
 アイは立っていられなくなり、膝から崩れ落ちる。
 そして前のめりに倒れる。

「ぎゃあ!」
 アイの上体が跳ね起きる。
 今まで均等に身体を痛めつけてた鞭が、地面に倒れた事により、地面に近い面の鞭が、その分痛みを増したのだ。
「早く答えないから、そうなるのよ!」
 そんなアイを見て、マインは怒鳴る。
 流石にこれ以上、鞭に力を込める事は出来なかった。
 しかし、力をゆるめる事も、しなかった。

 アイは、ミサに視線を向ける。
 その視線の意味を、ミサは理解する。
 そう、これはアイの命乞い。
 このままだと、遠からずアイは死ぬ。
 マインの言う真実に辿り着く前に。

「もうよせ、マイン。」
 ミサは、マインを止めに入る。
「出来る訳ないでしょ!」
 マインも反発する。
「あ、あなたの聞きたい事は、おそらくあとふたつ。」
 ここでアイが口を挟む。
「マイがあのアバター体にされた理由を知ってたのか、
 そして、マイ自身、自分をどう思ってたのか。」
「ええ、そうよ。答えなさい!」
「答えるなよ、アイ!」
 答えさせようとするマインに、答えさせないミサ。

「なんで邪魔するのよ!」
 マインは思わずもう一本のソウルブレイドのクダを手に取る。
「おい、私にも食らわすのか、この不誠実な鞭を。」
 思わずミサは、後ずさる。
「不誠実?これは司法の鞭よ!」
 パシん!
 マインはソウルブレイドを鞭に展開させ、素早く床を打つ。
「その司法の鞭が、人を殺そうとしてるのだぞ。
 真実に辿り着く前に。」
 ミサは、言葉を選んで反論する。
 これ以上マインを刺激したら、ミサまで殺されかねない。

「殺す?司法の鞭が?」
 ここで初めて、マインは気づく。
 膝立ち状態のアイが、すでに虫の息である事に。
 今鞭を握る手を少しひねるだけで、アイは死ぬだろう。
 これに気づいた時、マインの瞳から涙があふれる。
 そう、かつて自分がされた最低の行い。
 その最低の行いを、マイン自らやってしまってるのだ。
 そして、マインはジャッジメントウイップをソウルブレイドのクダに戻す。

 鞭が消え、前のめりに倒れるアイ。
 そんなアイの身体を、ミサが支える。
「大丈夫か、アイ。しっかりしろ。」
「ええ、大丈夫、よ。」
 ミサの呼びかけに、アイは虫の息で答える。
「ジャッジメントウイップ。
 文字通り、裁き手の意思次第で、冤罪でも殺す、悪魔の武器だったわ。」
 解放されたアイは、皮肉を込めて強がりを言う。
「それは、あなたが余計な事ばかりで、真実を語らないからでしょ。」
 マインもこの一線は、あくまでも譲らない。

「そうね、マイもあなたと同じく、怒ったわ。」
「そうよ。最初から事実だけを述べればいいのよ。」
 アイは軽く舌打ちする。
 マインが余計な事言うなと言うので、少し省いて言ってみたのだが、マインは普通に理解しやがった。
 そう、上記のアイの台詞は、マイが女々しいからと言う理解で女性のアバター体にされて、どう思ったか。
 アイは、マインが戸惑うのを期待したが、甘かった。

「マイが怒ったって事は、マイは自分の性別が違うって事に、気がついていたって事よね。」
 アイに問いかけるマインの声は、氷よりも冷たかった。
「ええ、マイもその事を気にかけていたわ。」
 アイの答えに、マインの身体が震える。
「そう、マイは自分がお、男だと、自覚していたのね。」

 マインは自分の両肩を鷲掴み。
 身体の震えを押さえ込もうとするが、恐怖の感情が身体の奥底から湧き上がり、押さえきれない。
 自分と仲良く行動していたマイには、男だという自覚があったのだ。
 マインは、それが耐えられなかった。

「ちょうど、あなたの部屋にお泊まりした頃まで、マイは思い悩んでた。
 なぜ自分だけ、召喚前と違うのか。性別も含めて、ね。」
「ひっ。」
 アイの言葉は、自分を痛めつけたマインへの、反逆のヤイバとなって、マインの心に突き刺さる。

 楽しかったマイとの一夜。
 でもその時のマイは、男だったのだ!
 確かにあの時、マイに男を感じたのも事実。
 しかしそれは、単なる勘違いと、自分に言い聞かせていたのだ。
 そしてあの時も、アイははぐらかしていた!

 そんな恐怖の表情を浮かべるマインを見て、痛めつけられたアイの溜飲も下がる。
「あの日以来、マイは悩むのをやめたわ。」
 遠くを見つめる様な目で、アイは少し笑みを浮かべる。

「あの日以来、」
 とマインは釣られてつぶやくが、後が続かない。
 あの日以来、マイは変わったのだろうか。
 変わるとしたら、何が変わったのか。
 マイのアバター体の中身が男である事は、変わりないはず。

「今のマイに男かって聞いたら、分からないって答えるかもね。」
 そう言ってアイは、ミサに支えられたまま、機能を停止する。

「それは、私自身で確かめろって事ね。」
 マインはアイの言葉をそう理解して、上体を起こしたままの状態から、ベッドから降りようとする。

「待ちな。」
 ミサは右腕にアイを抱えたまま、左手をマインの額にかざす。
「はあ!」
 ミサが左手に気合いを込めると、マインの意識が遠のく。
「今のマインを、ひとりでマイに会わせる訳には、いかないんだよ。」
 サポートAIには、パートナーである召喚者の機能を一時停止させる機能があった。

「それに、こんなアイを、マイに会わせる訳にもいかんしな。」
 ミサはサポートAI用の治療カプセルに、アイを入れる。
「ここがメディカルルームで助かったぜ。」
 ミサは再び眠りについたマインを見る。

「起きて早々、これか。
 一体どんな夢をみたんだか。
 まあ、想像はつくけれど。」
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