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第3話 昼下がりの異世界

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 暖かい日差しの中、ユウトは眠りこける。
 激しい閃光に目が眩んで、目が開けられないでいたら、そのまま寝落ちした。

 ユウトは19歳の浪人生。
 普段は百貨店の中にある本屋でバイトしている。
 夜中は妖精のサーファに連れ出され、魔獣退治。
 はっきり言って、疲れが溜まっていた。
 ユウトは若さからその実感は無かったが、その疲労はユウトの身体を確実に蝕んでいた。

「ユウト、起きなさい。」
 眠るユウトの身体を、誰かがゆさぶる。
 まだまどろみ状態のユウトには、それが普通に心地良かった。
「うん、もうちょっと寝かせて。」
 ユウトは夢か現実か分からない状態で、声の主に甘えだす。

「ふざけてないで、起きなさい!」
 声の主は、いきなりユウトの頬を平手打ち。
 その一撃が、ユウトの記憶を呼び覚ます。
 そう、今は戦闘中!
 ユウトははね起き、右手に刀を握る。

 そんなファイティングポーズを決めるユウトだが、肝心の敵が見当たらない。
 ユウトは公園にいたはずだが、辺りは草原だった。
「やっと起きた。」
 ユウトの後ろから声がして、ユウトは後ろを振り返る。

 そこには、ひとりの美少女が立っていた。
 長い髪の毛は青く、頭の後ろに大きな青いリボンを結んでいる。
 ぱっちりとした瞳の色も、青かった。
 そしてファンタジー世界のコスプレを思わせるその衣装も、青を基調にしている。

 一瞬心を奪われかけたが、ユウトはすぐに冷静さを取り戻す。
 この人、関わってはいけないタイプの人だ。

 ユウトは露骨に目を逸らす。
「あれ、ユウト?どったの?」
 ユウトの突然の行為に、美少女は呆気に取られる。
「おい、ユウトー。」
 美少女はそむけたユウトの顔を覗き込む。
「く。」
 ユウトは美少女に背中を向ける。
「ちょっとお、何無視してんのよ、ユウトのくせにぃ!」
 美少女はユウトの背中を、ぽこぽこ叩く。
「や、やめて下さい。」
 ユウトは振り向き、ぽこぽこ叩く美少女の両手を掴む。

 ユウトは美少女と目があう。
 美少女の瞳は、涙で潤んでいる。
 ユウトは照れて、視線を落とす。
 したら、美少女の両手を、がっちり握ってる。
「わ、ご、ごめんなさい!」
 ユウトは握ってた両手を離す。
 そして美少女から、目をそらす。

「あれ、ユウト?」
 ここにきて、美少女は気がつく。
「ひょっとして、私の事、分かってない?」
 美少女は右手を口もとに持ってきて、少しニヤける。
「し、知りませんよ、あ、あなたの事なんて。」
 ユウトは、その美少女から離れようと歩きだす。
 ここがどこだか分からないが、歩いてればそのうち何とかなるだろう。

「ちょっとぉ、そっちじゃないよ、ユウトぉ。」
 歩き出すユウトに、美少女は声をかける。
 だけどユウトは振り返らない。
 はっきり言って、この美少女はユウトの好みどストライクだ。
 しかし、だからこそヤバい。
 髪を青く染め、瞳も青のカラーコンタクト。
 そしてファンタジー衣装のコスプレだなんて、どこかおかしい。
 関わっては駄目だと、ユウトの本能が警鐘を鳴らしている。

「だから待ってってば、私だよ私。」
 美少女はユウトの後を追いかける。
「フィーナだよ!」
 と美少女は自分の名を名乗る。
 だけどユウトは、その名に心当たりはない。
 ユウトはそのまま歩き続ける。
「あ、間違えた。サーファだよ!」
 その名を聞いて、ユウトは何もない所でつまずく。
 転びそうになる所を、軽くジャンプして、しゃがみ込む様に着地して、転倒を回避する。
 そしてしゃがんだ状態で後ろを振り返る。

「おー。」
 美少女は転ばなかったユウトに、拍手していた。
「さ、サーファだって?」
 ユウトは自分の記憶の中に居るサーファを思い出す。
 体長10センチくらいの妖精さんで、えと、顔はよく覚えてない。
 あ、あんなちっこい顔なんて、じっくり見るかよ。こっ恥ずかしい。
 でも言われてみれば、雰囲気と言うか、声と言うか、なんか似てる気は、しないでもない。
 信じてみたい気もするが、この服装は無いだろう。
 いかにもオタク趣味丸出しの、ファンタジーなコスプレ。
 これは関わってはいけない、頭のおかしい別人だ。
 普通にしてれば、嘘でも信じるのにな。

「そ、サファイア・ジュエラル・レスフィーナ。
 こっちではフィーナで通ってるから、間違えちゃった。」
 と美少女は、照れた笑みを浮かべる。

 か、かわいい。
 ユウトは美少女に見惚れてしまう。

 ユウトの本能は、この美少女に関わるなと警鐘をガンガン鳴らしている。
 しかしこの美少女がサーファなら、すでに関わってしまっている。
 この警鐘は、最早意味をなさないとも言える。

「ご、ごめん。サーファだと分からなかったから。」
 しゃがんだままだったユウトは立ち上がり、美少女に謝る。
「もう、あんなに一緒にいたのに、分かってくれないなんて、ひどいよ。」
 美少女はふくれる。
「だからごめんって。」
 謝るユウトだが、ちとフに落ちない。
「つか、元はこんななのに、分かる訳ないじゃん。」
 と言ってユウトは、握った右拳の、親指と人差し指を広げて見せる。

「それ、本気で言ってるの。」
「え。」
 美少女の顔から、表情が消える。
 今まではそれなりに、愛想をふりまいていたが、ユウトの言葉がシャクに触れたらしい。
「あ」
 それを見て、ユウトは膝から崩れて両手を地面につく。
 今の美少女の雰囲気に、覚えがあった。
 倒した魔獣の魔石が気に入らない時、サーファはよくこんな雰囲気になった。
 そう、目の前の美少女は、まさしくサーファ。
 ここに来てユウトは、そう直感する。
 出来れば別人であってほしいと、心のどこかで思ってたユウト。
 しかしその願いは、儚く砕け散る。

「きゅ、急にどうした。」
 サーファは、突然崩れるユウトに驚く。
「いや、ほんとにサーファなんだなと思って。」
 ユウトは立ち上がり、目を閉じて右拳を目の近くで握りしめて震える。
「こんな美少女が、あの、あの、あの、、、サーファだなんて。」
 ユウトの閉じた目尻に、涙がにじむ。
「それ、どう言う意味かしら!」
 パシごつん。
 サーファはユウトの頭をはたき、はたかれたユウトの頭は、右拳にぶつかる。
「いったぁ。」
 ユウトは左手で、右拳がぶつかった箇所を押さえる。

「あ、ごめん、大丈夫?
 って、悪いのはあんたじゃない。」
 サーファは一瞬謝るが、すぐに思い直す。
「分からず屋の、ユウトが悪いんだからね。」
 と言ってサーファはそっぽを向く。
「俺もちょっとは動揺してしまったが、もう大丈夫だ。」
 ユウトはまっすぐサーファに視線を向ける。

 好みのタイプの美少女に動揺していたが、この美少女はサーファだった。
 サーファ相手に、ユウトが動揺する事は無かった。

「ところで、ここはどこなんだ?」
 この美少女への認識をサーファと改めたユウトは、ここで初めてサーファに問う。
「ここ?ジュエガルドだよ。」
「ジュエガルド?」
「そ、ジュエガルド。」
 さも当然に答えるサーファ。
「だから、ジュエガルドってどこだよ。」
 ユウトは少しいらだつ。
「ジュエガルドは私の出身地なんだけど、言ってなかったっけ?」
「初めて聞いたよ。」
 サーファの言葉に、ユウトはピクつく。
「たくぅ、しょうがないな、もう一度説明しますか。」
 一瞬やっちまった感のある表情を見せるサーファだが、すぐに誤魔化した。

「ここジュエガルドにあるマスタージュエルがね、何者かに砕かれて、破片が世界中に飛び散ってしまったの。」
「それが、あの魔石獣の魔石な訳か。」
 ユウトの理解に、サーファはうなずく。
「そう、ここジュエガルド以外に飛び散った欠けらを集めるのが、私の役目。」
「なるほど、その欠けらが集め終わったから、ジュエガルドに戻って来たんだな。」
 今度のユウトの理解には、サーファは首をふる。
「いいえ、まだ欠けらは、集め終わってないわ。」
「なら、なんで戻って来たんだよ。
 つか、魔石獣はまだ居るって事だよな。」
 ユウトの言葉に、サーファの表情がくもる。
「それは、ルビーのパートナーが、帰還レベルに達したから、私達は巻き込まれてしまったのよ。」
「ルビー?それは、俺と同じ様に、魔石獣と戦ってた奴?」
「ええ。向こうは効率良く、魔石を回収していたようね。」

 ここでユウトは考え込む。
 自分と共闘した、フルフェイスのヘルメットを被ったライダースーツの女性。
 彼女も自分と同じ様に、ここジュエガルドのごたごたに巻き込まれたって事か。
 そして彼女は魔石回収のノルマを達成し、こちらは達成していない。
 その分の魔石回収は、どうなるのだろう。

「なあ、地球に魔石回収に来たのは、サーファとルビーだけなのか?」
 ユウトは上記の内容が気になり、サーファに質問する。
 自分が回収するはずだった魔石を、回収する者は居るのだろうか。
「うーん、どうだろう。」
 サーファは少し考えこむ。
「一応、ジュエガルドの七つの国の王女が、魔石回収に向かったけど、その行き先は、ユウトの世界以外もあるからね。」
「なるほど、他にも異世界はある訳か。」
 とユウトは返すが、何か引っかかる。

「ええ、赤の国のルビーは同じ世界に来てたけど、他の王女は、別の世界に行ったのかも知れないわ。」
「ふーん、赤の国か。
 で、ここは何の国かな。」
「ここは、青の国よ。
 他の国は、緑の国、黄の国、白の国、紫の国よ。」

 言われてユウトは、数を数える。
 赤、青、緑、黄色、白、紫。
「六色しか無いんだけど、七色目は?」
「で、私は青の国の王女って訳。」
「まじかよ、全然王女には見えないんだけど。」
 ユウトはまじまじとサーファを見つめる。
 確かにサーファはかわいいが、王女という気品は、全く感じない。
 それにユウトは、妖精だったサーファを覚えている。
 魔石の魔素を、美味そうに食していたサーファ。
 あれから王女を連想するのは、難しかった。

「ああ、ひっどーい。」
 サーファはふくれる。
「それより、六色しか無いんだけど、七色目は?」
 ユウトはサーファが王女であるかより、そっちが気になっていた。

「とりあえず、青の城に向かいましょう。
 今の現状を把握する必要があるわ。」
 サーファはユウトの疑問に、答えなかった。
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