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Episode4 京子

315 ホルスの戦闘員Aの話

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 キーダーやバスクのような力はないが、ホルスの戦闘員として黒いスーツ姿で幾度となく修羅場を駆け抜けてきた。
 法に触れる事をしている自覚はあるが、一度そこに踏み込むと辞めるには相当な覚悟がいる。
 上からの圧力がある訳ではなく、法外な報酬に頭が理性など吹き飛ばしてしまうからだ。

 仕事の時はいつも先払いで金を貰い、終われば成功報酬が上乗せされる。
 自分がやらなければ他の奴にその額が回ってしまうと考えれば、皆手を抜くような事はしない。

 ただ、金は使ってこそ価値があるのも事実だ。
 やばいと思ったら高跳びすればいい──そんな心構えが試される矢面やおもてに立たされて、戦闘員Aは拳銃を握る手に汗をにじませた。

 今の状況はあまりにも分が悪い。
 正攻法でいどんでも勝てる見込みのない相手が暗闇から姿を現したのだ。
 死を覚悟させられる敵は、長い経験でつちかった肌感覚で分かる。飛び道具やら武器をかき集めてホルスの戦闘員が束で掛かっても、一瞬で終わりが来るだろう。

 毎夜まいよの女遊びで溜め込んだツケを一括で払う絶好のチャンスだと思っていたが、欲を出して死んだら元も子もない。

 相手のキーダーは、細身で眼鏡をかけた男だ。一見大人しそうに見えるのに、ホルスが遠距離から一斉に放った弾が彼を襲う手前で放射状に跳ね返ってしまう。バズーカの弾でさえ空へと軌道修正きどうしゅうせいされてしまう始末だ。
 カンと鳴った金属音が、死を誘う死神の鎌の音のようだった。武器などまるで意味がない。

 足の震えを押さえつけながら、Aは相手の出方を見張る。
 幸運にも眼鏡のキーダーから放たれた攻撃は、自分の所には飛んでこなかった。次々と攻撃を仕掛ける戦闘員がバタバタと地面に倒れていく。

 とても勝てる相手じゃない──絶望がよぎったその時、ふと救いの神が現れた事に気付く。いつも忍の側にいる男が、後ろで傍観ぼうかんしていたのだ。
 彼の強さはホルス内では有名で、大昔はキーダーだったという話を耳にした事がある。

「松本さん! あの男を倒して下さい!」

 立っているだけで貫禄かんろくがあり、側にいるだけで安心してしまう。
 松本は長く垂らした髪の隙間からAを睨み、「はぁ?」と眉間に皺を刻む。安堵するこちらの気持ちとは裏腹に、彼の返事は冷たかった。

「忍に金貰ってここに来てるんだろ? まずはアンタが働けよ。何の為の金か分からないだろ?」
「いやでも俺には勝ち目のない相手なんですよ。絶対敵わない相手に挑むほど、俺は馬鹿じゃないんです!」
小賢こざかしい事言いやがって。いいか、戦わない奴はホルスに要らねぇんだ。キーダーだってどんな敵を前にしても戦うんだぞ?」
「だったらまず貴方が見せて下さい。貴方なら勝てるでしょう? お願いしますよ」

 死んでも良いから戦えと言われているのは、最初から分かっている。
 けれどそれを納得している奴なんて誰もいない。
 松本の態度に込み上げる怒りを必死にこらえて、Aはすがるように声を上げる。
 前に出れば全てを失う。ののしられてもなぐられても命が最優先だ。

「松本さん」

 眼鏡のキーダーが困惑顔で松本を呼ぶ。気付けばそこに居た筈の戦闘員は、自分以外全員が地面に転がっていた。
 「よぉ」と答えた松本は彼を知っているらしい。
 松本はAを振り返り、溜息を漏らした。

「相手が敵だっていう先入観は判断を鈍らせる。確かにそいつは俺たちの敵だ。けど、別にお前たちの命を奪おうなんてしてないだろ?」
「……え?」
「俺に助けを求めたのが運の付きだな」

 地面に転がる黒服たちがまだ動いている事に気付いたが、もう引き返すことはできない。

「こいつらはキーダーと戦ったんだよ。お前とは違ってな」

 視界が白い光に包まれる。松本の攻撃で、Aの意識は闇へと吸い込まれた。







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