スラッシュ/キーダー(能力者)田母神京子の選択

栗栖蛍

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Episode4 京子

290 もうないんですよ

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「助けて……」

 戦いのフィールドと中立地帯の境界線をまたぐように倒れた男が誰なのか、龍之介はすぐに気付くことが出来なかった。聞き覚えのある声に一度立ち止まって、恐る恐る近付いていく。

 キーダーでも施設員の制服でもなく、長袖のシャツにジーパンというありふれた格好の彼は、明らかに敵側だろう。
 頬をべったりと地面に貼りつけた横顔は、草に隠れて良く見えなかった。

「大丈夫……ですか?」
「うぅ……」

 こういう時、どうするべきなのだろうか。上手く会話が出来ず、怪我の状態も良く分からない。
 もし本当に敵ならば、薬で能力を得ていると考えるのが妥当だ。
 倒れたフリをして攻撃してくるかもしれない──警戒しながら、龍之介はスマホのライトを照らして男の顔を覗きこむ。

「──あれ、お前もしかして長谷川?」
「え?」

 閉じていた瞼が眩しさに震え、薄く目を開いた顔に確信する。クラスメイトの長谷川だ。
 数日前から学校に来ておらず、銀次ぎんじが日直をやらされたと文句を言っていた。

「俺だよ、相葉あいば龍之介」
「相葉?」

 うつろな顔でぼんやりと見上げ、長谷川はハッと目をいた。

「そうだよ。お前、こんなトコで何やってんの? 中で戦ってたのか?」
「…………」
「おい」

 そうだろうとは思っているが、返事がないのは当たりという事なのだろう。
 大して仲が良い訳じゃないが、身近な人間が敵に混ざっているという事に愕然がくぜんとしてしまう。

「何でホルスの仲間になんてなるんだよ。薬飲んだって事だろ? 死ぬつもりか?」
「死のうなんて思ってないよ。ほ、ホルスって何だよ」
「そんな事も分かんないでここに居るのかよ!」

 あきれてものが言えないというのはこの事だとしみじみ思う。敵はそんな奴ばかりなのか。
 少し話せるようになった長谷川は、地面に身体を伏せたまま続けた。

「能力者になれる薬をくれるって言うから来たんだよ。キーダーと戦わされるなんて知らなかったんだ」
「やられたのか?」
「雨みたいに光が降って来て、腹に当たって……くぅっ」
「腹?」

 長谷川は悲痛な声を上げて背中を丸める。
 患部は見えないが、重症なのだろうか。彼が敵側の人間であることに変わりはないが、見捨てる事も出来ず、龍之介はスマホを手早く操作した。

 状況を伝えると、颯太そうたが『待ってろよ』と言って白衣姿で駆け付ける。

「お前、銀次ぎんじが言ってた奴だな?」
「銀次……小出こいでのことか?」

 「そうだよ」と龍之介が答えると、颯太は「ふん」と鼻を鳴らして長谷川を仰向けに転がす。

「この間医務室でテレビ見てたら、失踪者が複数出てるってニュースやってたんだよ。そん時にアイツがクラスにも居なくなった奴が居るって話してな。とりあえず動かすぞ」

 颯太は腹の傷を確認して、長谷川の背中に手を差し込んだ。
 土だらけのシャツには所々血が滲んでいるが、龍之介にはそれが大きな傷に見えない。颯太も「かすり傷だ」と言って一気に境界線の内側へ引きずり込んだ。

「今のが痛くないなら骨も大丈夫だろ。それより薬飲んだよな? 解毒剤はねぇのか?」
「解毒剤……」

 その言葉に長谷川の顔がみるみると青ざめて、颯太が「どうした?」と眉をひそめた。

「能力の薬は毒が強いんだ。ホルスは解毒剤を持ってる筈だぜ?」
「それが、もう……ないんですよ」

 解毒剤は、しのぶが全て灰にしたという。
 「ふざけんなよ」と吐いた颯太の声が、急に吹いた風に掻き消された。


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