スラッシュ／キーダー（能力者）田母神京子の選択

Ｅｐｉｓｏｄｅ４ 京子

２８３ 気になる桃也

　「失礼します」と入口を潜くぐった所で、龍之介は簡易ベッドに横たわる怪我人に気付く。

「修司しゅうじさん！」

　まさかの相手に驚いた声が、テント内に響いた。
　修司は虚うつろに目を開いて「うるせぇよ」と龍之介を睨む。意識がある事にホッとするが、頭に巻いた包帯は見ているだけで痛々しかった。

「修司くん、大丈夫なの？」
「大したことはないんですよ。ちょっと転び方が悪かっただけで、軽い脳震盪のうしんとうです」

　平気だという修司に、側に居た颯太そうたが「脳震盪なめんなよ」とピシャリと突き付ける。
　颯太は修司の伯父でずっと一緒に暮らしてきた相手だ。心配も相当らしく、いつもの余裕が見えない。

「松本さんとやり合ったんだとよ。無茶するなとは言わねぇけど、自分の事大事にしろよ。桃也とうやが見つけてくれなかったら他の奴に殺されてたかもしれねぇだろ？　暫しばらく大人しくしとけよ」
「……うん」

　桃也が外に居るのは、そういう理由だったらしい。
　「それで、戦闘区域の中はどんな感じなんですか？」と久志ひさしが尋ねた。

「向こうが素人ばかりで目も当てられない状態だ。キーダーは死人を最低限に抑えようとしてるみたいだが、その分手こずってる。面倒なことする必要なんてないと思うけどな」
「相手は一般人みたいなものですからね。質たちが悪い」

　颯太は「だな」と溜息を零した顔をハッと持ち上げる。

「そういや京子ちゃんが見当たらないって桃也が慌ててたぜ」
「京子？」

　朱羽がテントの外に飛び出て、桃也本人に呼び掛けた。

「ちょっと桃也くん、京子居なくなったの？」
「暫く見てないだけなんですけどね。アイツ最近気配も隠せるから杞憂きゆうだとは思うんですけど、敵の空間隔離かくりに取り込まれたら面倒だなと思って」
「あの子、敵のトップの男と面識あるんでしょ？　挑発されたら自分から飛び込んでいくんじゃないかしら」

　能力者の特殊能力である空間隔離を使えるのは、ホルスのトップである忍しのぶと律りつだ。
　朱羽の意見に、そこに居る全員が「あぁ」と納得してしまう。
　桃也は「くそぅ」と前髪をかき上げた。

　京子と桃也は元恋人同士だ。別れたとはいえ仕事仲間である彼の不安が伝わってくるが、『大丈夫です』と軽はずみな発言をする訳にはいかない。銀環ぎんかんのＧＰＳ機能も佳祐けいすけの件から止まったままだ。

　久志は俯うつむいたまま何か考えているようなそぶりを見せるが、桃也をチラと見て「とりあえず」と会話を進めた。

「先に朱羽ちゃんの銀環をいじらせて」

　抑制よくせい機能の解除だ。テントの奥を指差す久志に、朱羽が「お願いします」と頭を下げる。

「伯父さん、俺も早く向こうへ戻らせて」

　気を急いて起き上がろうとした修司は、颯太に「駄目だ」と押し戻された。