571 / 660
Episode4 京子
274 最後のひと押し
しおりを挟む
ホルスとの戦闘が始まる。
本部から連絡が入り、朱羽が事務所に待機できたのは15分だけだった。
──『朱羽は行かなきゃなんて思わなくて良いから、来たくなったら来て』
ついこの間京子にそんなことを言われた。キーダーとして戦う意思が固まった訳じゃない。
なのに開戦を聞いてじっとしてなんかいられなかった。
龍之介が淹れた紅茶を飲み干して、部屋のクローゼットを開く。銀次の件があった時から、制服はここに入れたままだ。
衝動のままに着替えて部屋を出ると、龍之介がさすまたを手に困惑顔で待ち構えた。
ゴクリと音の聞こえそうな程に息を飲み込んで、彼は強い目で訴える。
「俺も行ける所まで行かせて下さい」
「いいよ。けど、まだ迷ってるの」
「それでも構いません」
彼を付き放そうとは思わない。自分の優柔不断さに嫌気を感じながら「行くわよ」と夜の街へ飛び出した。
10メートル程走った所で一度足を止め、事務所の入口を振り返る──またここに帰って来るだろうか。
少しの寂しさを背負いながら通りでタクシーを拾い、湾岸地区へ渡る橋の手前で車を降りた。
ホルスから提示されたという戦いのルールは把握済みだ。戦闘の境界線ギリギリに張ったというアルガスのテントまで行こうかと思ったが、対岸に見える観覧車の光を見た途端気持ちにブレーキが掛かってしまう。
「朱羽さんは、向こうで何が起きているか分かりますか?」
「分かるわよ。もう戦いが始まっているわ」
「そうですか」と目を凝らす龍之介は、まだ高校生のノーマルだ。
「私はもっと、自分がキーダーだって自覚しないといけないわね」
冷えた風に紛れて感じる能力の気配に、深呼吸したその時だった。ポケットに入れていたスマホが高い音を鳴らす。
何だろうと確認したモニターには、想像もしなかった相手の名前が表示されていた。
「はい、矢代です……」
途端に緊張を走らせるが、相手は「よぉ」といつもの調子だ。耳元で彼の息遣いを感じて、両手でぎゅっとスマホを握り締める。
マサは今、海の向こうの戦場に居る筈だ。
「お前今どこに居るんだ? 事務所か?」
「…………」
すぐに返事できない朱羽を待たずに、マサは話を続ける。
「なぁ朱羽、キーダーとして復帰する覚悟があるなら、お前もこっちに来い」
「────」
「待ってるぜ」
一方的に話して通話は途切れた。
ひと呼吸分余韻に浸ってスマホを耳から離すと、龍之介が「朱羽さん?」と不安げに顔を伺う。
「龍之介……私、アルガスに戻ろうと思う」
この所、ずっと考えていた事だ。龍之介を理由にはしたくないけれど、龍之介が理由の一つであることは嘘じゃない。
一瞬だけ寂しさを垣間見せた彼に、朱羽は「けど」と今の想いを吐き出す。
「龍之介が前に言ったでしょ? アルガスに来たいって。私、それを待ってても良いのかしら」
「朱羽さん……勿論です!」
「恋愛感情じゃないかもしれないわよ?」
「それでも追い掛けさせて下さい!」
きっぱりと言い切る彼を「ありがとう」と抱き締めて、朱羽は橋の向こうへと走り出した。
本部から連絡が入り、朱羽が事務所に待機できたのは15分だけだった。
──『朱羽は行かなきゃなんて思わなくて良いから、来たくなったら来て』
ついこの間京子にそんなことを言われた。キーダーとして戦う意思が固まった訳じゃない。
なのに開戦を聞いてじっとしてなんかいられなかった。
龍之介が淹れた紅茶を飲み干して、部屋のクローゼットを開く。銀次の件があった時から、制服はここに入れたままだ。
衝動のままに着替えて部屋を出ると、龍之介がさすまたを手に困惑顔で待ち構えた。
ゴクリと音の聞こえそうな程に息を飲み込んで、彼は強い目で訴える。
「俺も行ける所まで行かせて下さい」
「いいよ。けど、まだ迷ってるの」
「それでも構いません」
彼を付き放そうとは思わない。自分の優柔不断さに嫌気を感じながら「行くわよ」と夜の街へ飛び出した。
10メートル程走った所で一度足を止め、事務所の入口を振り返る──またここに帰って来るだろうか。
少しの寂しさを背負いながら通りでタクシーを拾い、湾岸地区へ渡る橋の手前で車を降りた。
ホルスから提示されたという戦いのルールは把握済みだ。戦闘の境界線ギリギリに張ったというアルガスのテントまで行こうかと思ったが、対岸に見える観覧車の光を見た途端気持ちにブレーキが掛かってしまう。
「朱羽さんは、向こうで何が起きているか分かりますか?」
「分かるわよ。もう戦いが始まっているわ」
「そうですか」と目を凝らす龍之介は、まだ高校生のノーマルだ。
「私はもっと、自分がキーダーだって自覚しないといけないわね」
冷えた風に紛れて感じる能力の気配に、深呼吸したその時だった。ポケットに入れていたスマホが高い音を鳴らす。
何だろうと確認したモニターには、想像もしなかった相手の名前が表示されていた。
「はい、矢代です……」
途端に緊張を走らせるが、相手は「よぉ」といつもの調子だ。耳元で彼の息遣いを感じて、両手でぎゅっとスマホを握り締める。
マサは今、海の向こうの戦場に居る筈だ。
「お前今どこに居るんだ? 事務所か?」
「…………」
すぐに返事できない朱羽を待たずに、マサは話を続ける。
「なぁ朱羽、キーダーとして復帰する覚悟があるなら、お前もこっちに来い」
「────」
「待ってるぜ」
一方的に話して通話は途切れた。
ひと呼吸分余韻に浸ってスマホを耳から離すと、龍之介が「朱羽さん?」と不安げに顔を伺う。
「龍之介……私、アルガスに戻ろうと思う」
この所、ずっと考えていた事だ。龍之介を理由にはしたくないけれど、龍之介が理由の一つであることは嘘じゃない。
一瞬だけ寂しさを垣間見せた彼に、朱羽は「けど」と今の想いを吐き出す。
「龍之介が前に言ったでしょ? アルガスに来たいって。私、それを待ってても良いのかしら」
「朱羽さん……勿論です!」
「恋愛感情じゃないかもしれないわよ?」
「それでも追い掛けさせて下さい!」
きっぱりと言い切る彼を「ありがとう」と抱き締めて、朱羽は橋の向こうへと走り出した。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活
まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開?
第二巻は、ホラー風味です。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
【連載中】は、短時間で読めるように短い文節ごとでの公開になります。
(お気に入り登録いただけると通知が行き、便利かもです)
その後、誤字脱字修正や辻褄合わせが行われて、合成された1話分にタイトルをつけ再公開されます。
(その前に、仮まとめ版が出る場合もある、かも、しれない、可能性)
物語の細部は連載時と変わることが多いので、二度読むのが通です。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております
ナマズの器
螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。
不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる