スラッシュ/キーダー(能力者)田母神京子の選択

栗栖蛍

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Episode4 京子

251 遊びでできるものじゃない

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 ホルスの提示した10月7日まで残り9時間を切った。
 戦いの時が迫って、各々がコンディションを整えて行く。今もがいた所で体力を削ぐだけだと分かってはいるのに、じっと休んでなどいられなかった。

 「ちょっとだけ」とホールへ行くと、久志ひさしの順番待ちをする綾斗あやとが一人で調整を続けていた。
 「お疲れ様」と声を掛けると、彼は伸ばしていた趙馬刀ちょうばとうの刃を消して構えを解く。ホールに満ちた能力の気配が、スゥと薄まったのが分かった。

「お疲れ。もう終わったんだ。力が解放されてどんな気分?」
「実感は沸かないかな。気持ち悪くなるかもって言われてるけど、大丈夫みたい」
「なら良いけど、無茶しないように」
「ありがと」

 ついさっきも久志から無理するなと言われたばかりだ。それなのに『もう少し』が重なってここへ来てしまった。

「綾斗は緊張してる?」
「それゃあね」
「だよね。体力温存って言われても、普段動いてる時間にじっとなんてできないよ」
「俺もおんなじ」

 京子はクールダウンする綾斗の横で、軽くストレッチをする。
 先の事を考えれば考える程、つい身体が動いてしまう。訓練は積み上げて来たし、実戦も経験しているつもりだが、数で言えば乏しさは否めない。

「全然足りない顔してる」
「なら綾斗が相手してくれる?」
「いいよ。俺も相手が欲しいと思ってたとこ。けど、その前にちょっといい?」
「ん?」
 
 綾斗が握り締めていた趙馬刀のつかを、京子の前に差し出した。

「京子のと交換して欲しいなと思って」
「私の? 綾斗の趙馬刀、調子悪いの?」
「そうじゃないよ。気合入れる感じかな」

 ジンクスのようなものだろうか。彼がそんなものに関心があるとは初耳だが、占い好きの美弦みつるの入れ知恵かもしれない。
 嬉しいと思う反面、自分以外の趙馬刀で戦うなど経験がなく、少々戸惑ってしまう。

「けど、自分のじゃなくても平気なのかな?」
「元々は同じものだから、問題ない筈だよ。使う人間の能力に合わせて刃が生成される仕組みだからね」

 京子は「そっか」と受け取って、腰から抜いたもう一本を顔の前に並べた。馬の頭の形をしたつかは手彫りだと言うが、殆ど変わりはない。ただそれぞれに細かい傷がついていて、どちらかの区別はついた。
 京子は自分のものを綾斗に渡し、彼の趙馬刀を背中の方向へ構える。体温の感触が残る柄は、普段と変わらず手に馴染んだ。
 試しに力を加えると、いつもより少し大きめの刃が現れる。久志の所へ行った効果だろうか。

「出力が上がってる」
「いいね。じゃあ俺はこっちを使わせてもらうね」

 ふと、彼が何か隠してるような気がした。ただの直感だけれど、それが悪い事に繋がるとは思えない。
 聞いてみようかと思って首を傾げてみたものの、とぼけているのかいつも通りなのか、綾斗は「ありがと」と笑顔を見せるばかりだ。

「分かった。私もこれが綾斗だと思って戦うよ」

 綾斗は「どこかに置いてこないように」と笑って、京子の趙馬刀に刃を付けて見せた。彼の生成する刃はストレートではなく大きく弧を描いている。
 
「じゃあ、軽く手合わせしてみる?」
「うん、軽くね」

 そこから少しアップして、京子は綾斗と打ち合いを始めた。
 『軽く』やるはずだった。けれど、それが本気モードへ変わる事なんて最初から幾らでも予想できた。
 久志に銀環の抑制を外された京子を相手に、綾斗も出力を増す。
 遊びの範疇はんちゅうで戦うなんて、お互いに出来るわけがなかった。


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