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Episode4 京子

241 解放前の松本の事

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 今回の戦いに桃也とうやが加わる事は分かっていたが、先発隊の中に彼と自分の名前があると言うのは、京子にとってあまり好ましくない状況だ。

「どうして私を選んだんだろう?」
「血の気が多いからじゃろ。勢いのある奴が先に行くのは当然じゃ」
「私ってそんな感じ?」
「分からんか?」

 大舎卿だいしゃきょうはフンと鼻を鳴らす。
 私情を挟むべき時じゃない事は理解しているつもりだが、妙に気不味きまずく感じてしまう。

「小僧の事はもう長官じゃと思え。長官の命令は素直に聞いておくのがキーダーの務めじゃぞ」
「うん──」

 桃也はアルガス長官への未来を控えている。『大晦日の白雪おおみそかのしらゆき』を起こした彼が周りに認めて貰う為、この戦いで指揮をとる意味は大きい。
 だから応援したいとは思うけれど、今回の選出に他意はないのかと余計な事を考えてしまう。

「そういえば前に噂で聞いたんだけど、爺もサードなんだよね?」

 サードと言えばキーダーの中でも更に格上の肩書きだ。内容もメンバーも秘密の多い組織だが、大舎卿は隠す素振りも見せず「一応な」と返事する。桃也や佳祐けいすけもメンバーの一人だ。

「凄いなぁ。爺はアルガスのキーダーで一番在籍が長いんだよね? 松本さんはどんな人だったの?」
「ヒデは良く喋るヤツじゃった。前向きな男でな」
「へぇ、そうなんだ」

 少し前に会った彼は薬漬けで病的な印象だったせいで、大舎卿の言うイメージとはどうしても繋がらない。

「キーダーとしてアルガスに来たことを地獄のように言っておった奴もいるが、ヒデはいつも自分のペースで好き勝手にやってたぞ。あれだけの力がヤツの自信に繋がっていたんじゃろうな」

 颯太そうたに同じ事を聞いた時は、松本が苦手だと言っていた。
 アルガスを出たがっていた颯太と松本は真逆の存在だったのかもしれない。

「松本さん、悪い人には聞こえないね」
「アイツは悪い人間なんかじゃない。アイツなりの考えで向こうへ行ったんじゃろうな」
「爺は松本さんと戦える?」
「無論じゃ、ワクワクする。いいか、お前もお前が正しいと思えるように戦えばいいんじゃからな?」
「分かった。ありがとね」

 アルガス襲撃で浩一郎と戦った時も、大舎卿はどこか楽しそうに見えた。
 キーダーとして、あの時浩一郎の力を縛った大舎卿は、松本に対して今度はどんな選択を想定しているのだろうか。

 京子はえてそれを大舎卿には聞かなかった。
 ホールではずっとやり合っていた二人が、美弦みつるの勝利で幕を閉じる。ぐったりした修司が「くっそぉ」と悔しがるが、まだ体力を持て余しているようにも見える。
 「お疲れ様」と声を掛けて、京子はドリンクのボトルを足元に放した。

「爺、戻って来てくれてありがとうね」
「おぅ」

 大舎卿は薄く笑んで「やるぞ」と京子を中央へ促した。




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