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Episode4 京子

227 カッコつけたい気持ち

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 制服から着替えていつもの居酒屋に入ると、週末という事もあり店は満席状態だった。
 カウンターの一番奥が一席だけ空いていて、馴染みの店員が「どうぞ」と予備の椅子をねじ込ませる。席と席の距離が狭いが、騒々しい店内で話をするには都合が良かった。
 渡された熱々のおしぼりを受け取って、彰人あきひとが「生で」とビールを注文する。

「俺もそれで。あと串盛りと刺身を適当にお願いします」
「いつもありがとうございます」

 店員が注文を繰り返して厨房へ入った所で、彰人が「いいの?」と綾斗を振り向いた。

「京子ちゃんも誘って良かったのに」
「今日は美弦みつると出掛ける予定が入ってたんですよ」
「そっか。女子同士なんて楽しそうだね」

 すぐに運ばれて来たビールとお通しの枝豆で、とりあえず乾杯をする。
 彰人と二人で飲むのは初めてだ。

「何かこういうの久しぶり。綾斗くんが声掛けてくれなかったら、食堂で一人ご飯食べてたよ。ありがとう」
「いえ。相談に乗って欲しかったんで」

 彰人とはあまり親しい訳ではないが、仕事の相談をすることは多かった。近すぎない距離感と物腰の柔らかさが話しやすい理由なんだと思っている。
 「そっか」と目を細めて、彰人はビールをグイグイと飲んだ。想像よりもいける口だ。
 顔色一つ変えずに一杯目を飲み干して、彼はハイボールを追加する。

「彰人さん、京子さん並みに飲みますね」
「そう? けどあんまり変わらないんだよね。京子ちゃんはすぐ酔っぱらうって聞くけど、綾斗くんと居る時はどんな感じなの?」
「どんな……ですか? 真っ赤になってテンション上げて、気付くと寝てますね」

 京子は酒を飲むといつもそんな感じだ。ありのままを伝えると、彰人が「そうだね」と笑う。

平野ひらのさんの店に行った時も寝てたっけ。けど、僕の前じゃ大人しかったよ?」
「緊張、してたんじゃないですか?」

 彼は京子の初恋相手だ。それがどんな状況だったのか手に取るように分かって、言葉の端が嫉妬を含んだ音になってしまう。
 けれど彰人はそんな事気にもせず、店員からグラスを受け取る。

「綾斗くんには気を許してるって事でしょ。緊張──確かに彼女、そういう所あるよね」
「────」
「今日、桃也とうやの顔見て気まずそうにしてたし、綾斗くんもそれ見てずっと難しい顔してたよ?」
「俺はそんな──」

 否定の言葉が喉に引っ掛かってしまう。
 モニターの桃也が話すたびに京子はソワソワと視線をあちこちに飛ばしていた。そんな彼女が気になってしまったのは事実だ。
 会話の間を埋めるようにジョッキを口に運んでしまったせいで、いつもより早く酔いが回って来る。
 綾斗はジョッキをテーブルに放して、彰人へ身体を向けた。

「あの、話聞いて貰っても良いですか?」
「相談?」
「──はい。ちょっと、行き詰ってて」

 ビールの二杯目と、最初に頼んだ料理が運ばれてくる。
 綾斗は串盛りの皿に顔を落としたまま、ここ最近の心境を吐露とろした。

「能力を生かしきれないって言うか、どうするのがベストなのかなと思って」

 今まではずっと一般のキーダーとして訓練してきたが、バーサーカーだと公表して鍛錬や心構えが180度変わってしまった。

「答えが見つからないんです」

 同じ力を持った人間に聞ければベストなのだろうが、今それに当てはまるのは敵である松本しかいない。前例のない訓練は孤独だった。

「今までやってきたことはどうしても攻撃が中心で、防御については習っていません。膨大な力が使えると言っても、それだけでいいのかどうなのか」
「悩んでるんだ」
「彰人さんみたいに盾を張ろうなんて咄嗟とっさに頭は回らないし、そういうのも必要なんじゃないかって思うんです。いずれにせよ自己流じゃ間に合いそうにないんで、相談させて貰いました」
「そうだね。盾も必要だと思うし、バーサーカーなんだからそれ以上も出来る筈だよ。特殊能力は個性だって考えもあるからね、力のベクトルを攻撃とは別の方向に持って行くのは可能だと思う」
「別の方向──ですか」

 頭ではずっと色々考えていた。ただ、現実として考える事に躊躇ちゅうちょしてしまう。今からの時間がどれだけあるかも分からない中、中途半端に終わらせてしまう結果にはならないだろうか。

「相当悩んでるね。京子ちゃんにはその事話したの?」
「いえ。カッコつけたいだけだと思います」

 普段なかなか口にできない事も、彰人にはすんなりと話すことが出来た。それが余程珍しかったのか、彰人は「意外」と眉を上げる。

「綾斗くんってクールなタイプだと思ってたけど、結構熱くなるタイプなんだ」
「……どうでしょう」
「いいよ、アドバイスなら幾らでもしてあげる。僕はさ──」

 真顔で告げた彼の提案は、思いもよらぬ事だった。

「本気ですか?」

 グラスの氷をカラリと回して、彰人は「まぁね」と笑んだ。


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