513 / 597
Episode4 京子
218 バーサーカーとバーサーカー
しおりを挟む
外は土砂降りの雨だった。
東京駅まで車を走らせ、八重洲口に近い駐車場から中へ駆け込む。慌てて着替えた首元のボタンが大きく開いたままで、傘を持ったまま片手で留めた。
広い駅のどこに京子が居るかなんて、調べなくてもすぐに分かった。
「何だよ、これは」
まるで戦闘でも起きたかのような濃い能力の気配に、思わず手の甲で鼻を押さえた。けれど人の流れはいつも通りで、目立った騒ぎが近くで起きた様子はない。
京子が相手との接触に成功したとなれば、空間隔離の発動で出たものと考えるのが妥当だろう。
田中のスマホは依然として不通のままだ。
どうか無事で──そう祈りながら透明の傘を閉じると、突然現れた別の気配が行く手を阻む。極々小さな薄いものだ。
行き交う人々の流れを無視して、綾斗を迎えるように正面に立ちはだかるのは、長身で初老の男だった。
彼に会うのは二度目だ。
5年以上も前に底へ沈み込んだ記憶を、一気に掘り起こされた気分だった。
──『福岡で、お前をさらったのはヒデさんだ』
佳祐に言われても実感が湧かなかった記憶を、今はっきりと確信している。
「松本さんですね」
男は綾斗の目の前で足を止めた。
真っ白なTシャツにパンツというラフなスタイルだが、鍛えられた筋肉が服の上からもはっきりと分かった。
長髪で面長の、タレ目の泣きボクロ──その一つ一つが京子からの情報に一致する。
「バーサーカーか」
松本がのっそりと眉を上げる。ぼそりと呟く声はカサカサと枯れていた。
こちらの情報もある程度握られているのかもしれないが、嗅ぐ力の強さはお互いバーサーカー故のことなのかもしれない。
仕掛けるか──と悩んで、松本に「やめろ」と阻まれる。
「戦う気はないという事ですか?」
「キーダーがこんな所で戦うなよ」
「貴方は──?」
「ホルスだって、こんなトコじゃ戦わないんだよ」
ホルスの松本秀信は元キーダーだ。大舎卿や浩一郎と同じ世代だが、もう少し若く見える。
彼の言葉を100%信じようとは思わないが、綾斗は「信じますよ」と念を押して鋭い目つきで彼を見上げた。
「うちのキーダーは無事ですか?」
「女なら無事なんじゃないの? 忍のお気に入りみたいだけどな」
そんなのは分かっている。奴が京子を見る目は興味の域を超えている。
ただ今回は『大丈夫』だという京子の言葉と『仕事』だという事情に割り切っただけだ。
綾斗は衝動を堪えて、気配の立つ駅の奥を一瞥する。
「向こうに居るんですか? これだけの気配は、空間隔離を発動させているって事ですよね?」
「あぁ。そろそろ出て来るんじゃないの? あとチョロチョロしてた男は救護室運んどいたよ。ちょっと脅かしたらぶっ倒れたからね」
「……分かりました」
綾斗は浅く頭を下げる。先を急ごうと駆け出すが、すれ違った所で足を止めた。地面を擦り付けるように踵を返すと、すぐ側にある松本の身体をやたら大きく感じた。
「貴方はどうしてホルスなんですか? キーダーだった貴方がホルスを正しいと思えたんでしょうか」
「思えねぇよ。けど、アルガスが正しいとも思えない。だから俺はアイツの側に居るって決めたんだ」
「アイツ……?」
「戦うって事は組織の為じゃねぇ。誰かを守る為だろ? そん時は全力で行くから覚悟しときな」
松本は顔の前に流れた髪をかき上げると、土砂降りの雨の中へ消えて行った。
「あれが俺たちの敵なのか──?」
ふと湧いた疑問に胸を押さえて、綾斗は京子の元へと急いだ。
東京駅まで車を走らせ、八重洲口に近い駐車場から中へ駆け込む。慌てて着替えた首元のボタンが大きく開いたままで、傘を持ったまま片手で留めた。
広い駅のどこに京子が居るかなんて、調べなくてもすぐに分かった。
「何だよ、これは」
まるで戦闘でも起きたかのような濃い能力の気配に、思わず手の甲で鼻を押さえた。けれど人の流れはいつも通りで、目立った騒ぎが近くで起きた様子はない。
京子が相手との接触に成功したとなれば、空間隔離の発動で出たものと考えるのが妥当だろう。
田中のスマホは依然として不通のままだ。
どうか無事で──そう祈りながら透明の傘を閉じると、突然現れた別の気配が行く手を阻む。極々小さな薄いものだ。
行き交う人々の流れを無視して、綾斗を迎えるように正面に立ちはだかるのは、長身で初老の男だった。
彼に会うのは二度目だ。
5年以上も前に底へ沈み込んだ記憶を、一気に掘り起こされた気分だった。
──『福岡で、お前をさらったのはヒデさんだ』
佳祐に言われても実感が湧かなかった記憶を、今はっきりと確信している。
「松本さんですね」
男は綾斗の目の前で足を止めた。
真っ白なTシャツにパンツというラフなスタイルだが、鍛えられた筋肉が服の上からもはっきりと分かった。
長髪で面長の、タレ目の泣きボクロ──その一つ一つが京子からの情報に一致する。
「バーサーカーか」
松本がのっそりと眉を上げる。ぼそりと呟く声はカサカサと枯れていた。
こちらの情報もある程度握られているのかもしれないが、嗅ぐ力の強さはお互いバーサーカー故のことなのかもしれない。
仕掛けるか──と悩んで、松本に「やめろ」と阻まれる。
「戦う気はないという事ですか?」
「キーダーがこんな所で戦うなよ」
「貴方は──?」
「ホルスだって、こんなトコじゃ戦わないんだよ」
ホルスの松本秀信は元キーダーだ。大舎卿や浩一郎と同じ世代だが、もう少し若く見える。
彼の言葉を100%信じようとは思わないが、綾斗は「信じますよ」と念を押して鋭い目つきで彼を見上げた。
「うちのキーダーは無事ですか?」
「女なら無事なんじゃないの? 忍のお気に入りみたいだけどな」
そんなのは分かっている。奴が京子を見る目は興味の域を超えている。
ただ今回は『大丈夫』だという京子の言葉と『仕事』だという事情に割り切っただけだ。
綾斗は衝動を堪えて、気配の立つ駅の奥を一瞥する。
「向こうに居るんですか? これだけの気配は、空間隔離を発動させているって事ですよね?」
「あぁ。そろそろ出て来るんじゃないの? あとチョロチョロしてた男は救護室運んどいたよ。ちょっと脅かしたらぶっ倒れたからね」
「……分かりました」
綾斗は浅く頭を下げる。先を急ごうと駆け出すが、すれ違った所で足を止めた。地面を擦り付けるように踵を返すと、すぐ側にある松本の身体をやたら大きく感じた。
「貴方はどうしてホルスなんですか? キーダーだった貴方がホルスを正しいと思えたんでしょうか」
「思えねぇよ。けど、アルガスが正しいとも思えない。だから俺はアイツの側に居るって決めたんだ」
「アイツ……?」
「戦うって事は組織の為じゃねぇ。誰かを守る為だろ? そん時は全力で行くから覚悟しときな」
松本は顔の前に流れた髪をかき上げると、土砂降りの雨の中へ消えて行った。
「あれが俺たちの敵なのか──?」
ふと湧いた疑問に胸を押さえて、綾斗は京子の元へと急いだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
植物人間の子
うてな
キャラ文芸
体が植物で覆われた、【植物人間】という未確認生命体が現れた街。
街は巨大植物に覆われ、植物人間は人間を同種へと変えていく。
植物人間に蝕まれ始めた人類には、まだ危機意識などなく…
この植物が、地球にどれほどの不幸を呼ぶものかも知らずに。
この物語には犠牲者がいる。
非道な実験で、植物人間にされてしまった子達
植物人間に人生を壊された、罪のない子達
運命の鍵を握る、植物人間の子
植物人間の驚異が迫る時、彼等は動き出すのだ。
どんなに傷を背負っても…
それでも子供達は、親に愛を注ぐ。
※この物語には暴力、心無い描写等が含まれます。
+*+*+*+*+*+*+*+*+
※公開日
第一章『精神病質―サイコパシー―』 2021/12/29~2022/01/16 一日置きの22時に投稿
第二章『正体―アイデンティティ―』 2022/01/20~2022/02/15 一日置きの22時に投稿
第三章『平穏―ピースフル―』 2022/02/19~2022/03/03 一日置きの22時に投稿
第四章『侵食―エローション―』 2022/03/07~2022/04/06 一日置きの22時に投稿
第五章『大絶滅―グレートダイイング―』 2022/04/10~2022/04/26 一日置きの22時に投稿
番外編(章が終わる毎に投稿)
第一章番外編 五島麗奈―植物人間の妻― 2022/01/18 22時投稿
第二章番外編 九重芙美香―毎日が楽しい理由― 2022/02/17 22時投稿
第三章番外編 奈江島喜一郎―傍人は踏み込まない― 2022/03/05 22時投稿
第四章番外編 セオーネ・バーリン―遺恨のプラズマ― 2022/04/08 22時投稿
第五章番外編 高倉夢月―育んでいたもの― 2022/04/28 22時投稿
天満堂へようこそ
浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..
『寂れた商店街にある薬屋、天満堂。
昼夜を問わずやって来る客は、近所のおばぁちゃんから、妖怪、妖精、魔界の王子に、天界の王子まで!?
日常と非日常の境界に存在する天満堂にようこそ!しっとりほのぼのファンタジー!』
エブリスタにて。
2016年10月13日新作セレクション。
2018年9月28日SKYHIGH中間発表・優秀作品100に入りました。
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..
*薬の材料高価買い取り
*秘密厳守
*お代金は日本円でお願いします。
*返品お断りいたします。
四葩の華獄 形代の蝶はあいに惑う
響 蒼華
キャラ文芸
――そのシアワセの刻限、一年也。
由緒正しき名家・紫園家。
紫園家は、栄えると同時に、呪われた血筋だと囁かれていた。
そんな紫園家に、ある日、かさねという名の少女が足を踏み入れる。
『蝶憑き』と不気味がる村人からは忌み嫌われ、父親は酒代と引き換えにかさねを当主の妾として売った。
覚悟を決めたかさねを待っていたのは、夢のような幸せな暮らし。
妾でありながら、屋敷の中で何よりも大事にされ優先される『胡蝶様』と呼ばれ暮らす事になるかさね。
溺れる程の幸せ。
しかし、かさねはそれが与えられた一年間の「猶予」であることを知っていた。
かさねにだけは不思議な慈しみを見せる冷徹な当主・鷹臣と、かさねを『形代』と呼び愛しむ正妻・燁子。
そして、『花嫁』を待っているという不思議な人ならざる青年・斎。
愛し愛され、望み望まれ。四葩に囲まれた屋敷にて、繰り広げられる或る愛憎劇――。
※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。
ニャル様のいうとおり
時雨オオカミ
キャラ文芸
――優しさだけでは救えないものもある。
からかい癖のある怪異少女、紅子と邪神に呪われたヘタレな青年令一。両片想いながらに成長していく二人が絶望に立ち向かう、バトルありな純愛伝奇活劇!
邪神の本性を見て正気を失わず一矢報いてしまった青年、令一は隷属させられ呪われてしまった! 世間から忘れ去られ、邪神の小間使いとしてこき使われる毎日。
諦めかけていた彼はある日夢の中で一人の怪異少女と出会う。
赤いちゃんちゃんこの怪異、そして「トイレの紅子さん」と呼んでくれという少女と夢からの脱出ゲームを行い、その日から令一の世界は変わった。
*挿絵は友人の雛鳥さんからのファンアートです。許可取得済み。
※ 最初の方は後味悪くバッドエンド気味。のちのち主人公が成長するにつれてストーリーを重ねていくごとにハッピーエンドの確率が上がっていきます。ドラマ性、成長性重視。
※ ハーメルン(2016/9/12 初出現在非公開)、小説家になろう(2018/6/17 転載)、カクヨム、ノベルアップ+にてマルチ投稿。
※神話の認知度で生まれたニャル(もどき)しか出てきません。
※実際のところクトゥルフ要素よりあやかし・和風要素のほうが濃いお話となります。
元は一話一万くらいあったのを分割してます。
現行で80万字超え。
『非正規社員 石田三成』~ショートストーリー集~
坂崎文明
キャラ文芸
『非正規社員 石田三成』がチートなスキルで現場を切り拓く。短編連作ものですが、最後に真相が浮かび上がってきます。諸般の都合でタイトル変更です。noteなどに書いた300文字ほどのショートストーリー集です。
https://note.mu/sakazaki_dc
毎日1話ぐらい更新中。
彡(゚)(゚)あれ?ワイは確かにマリアナ沖で零戦と共に墜とされたはずやで・・・・・?(おーぷん2ちゃんねる過去収録のSS)
俊也
キャラ文芸
こちらは、私が2015年、おーぷん2ちゃんねるのなんでも実況J(おんJ)
にて執筆、収録された、いわゆるSSの再録です。
当時身に余るご好評を頂いた、いわば架空戦記の処女作と申しますか。
2ちゃん系掲示板やなんJ、おんJの独特の雰囲気が色々ありましょうが、お楽しみ頂ければ幸いです。
お後、架空戦記系としては姉妹作「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」も目をお通し頂ければ幸いです。
お時間なくば取り急ぎ「お気に入り登録」だけでも頂けましたらm(_ _)m
【完結】モフモフたちは見てる〜アリスのぬいぐるみ専門店〜
トト
キャラ文芸
『大切にされたものには魂が宿る』
ぬいぐるみたちの声を聞く少女アリスは、ぬいぐるみネットワークを使い様々な事件を解決する。
【一章】
一人暮らしを始めた圭介は、毎日夢で泣き叫ぶクマのぬいぐるみのせいで寝不足になっていた。心配した友だちの紹介で、「アリスのぬいぐるみ専門店」に相談することに。
【二章】
久しぶりにぬいぐるみ店を訪れた圭介は、流れでアリスたちの仕事の手伝いをすることに、そこで血の繋がりのない三人がぬいぐるみ店を始めた訳を知る。
そしてぬいぐるみを届けるだけの手伝いは、目の前で受取人が誘拐されたことで、事件へと変わっていく。
カクヨムで掲載してる『アリスのぬいぐるみ専門店』改稿版
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる