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Episode4 京子
199 金色の視線
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綾斗たち学生組や単身の施設員が暮らす寄宿舎は、アルガス本部の東側に併設されている。解放前の時代は壁の内側にあったらしいが、今はプライベートなど考慮して外側へ建て替えられたらしい。
京子も今のマンションへ越す前はそこで生活していた。
本部の食堂で夕食を済ませ、シャワーを浴びたいという綾斗と一度別れる。
何か甘いものをと京子はコンビニへと足を延ばした。彼の好きなモンブランがあればと期待したが、流石に夏では季節外れらしく、クリームのたっぷり乗ったプリンをカゴに入れた。
買い物袋をぶら提げてアルガスへ戻る途中で、京子はふと足を止める。
彼の部屋へ行くというのは、どういう事なのだろうか。
「泊まるって事──?」
薄暗くなってきた空に呟いて、首を捻る。
今更そんな事を気にするような仲でもないが、改めて聞くのも恥ずかしい気がして、アレと思ったままになってしまった。ただ、泊まるとなれば女子には色々準備がある。
困ったなと少し悩んで、京子はまぁいいかと彼の住む寄宿舎へ向かった。
入口を潜ると、護兵上がりで白髪の管理人が「お疲れ様です」と横の小部屋から挨拶をくれた。京子が住んでいた頃とは代替わりしてしまったが、仕事では面識のある相手だ。
「こんにちは」
ぺこりと挨拶して靴を脱ぐ。ここへ来たことが美弦たちにバレなければいいなと思いながら、下駄箱の最下段の端へ突っ込んだ。
キーダーの部屋は最上階の三階にある。聞いていた部屋番号を目指すと、その隣室に書かれていた名前に「あ」と眉間の皴を寄せた。修司の部屋だったからだ。
そっと足音を忍ばせて綾斗の部屋のブザーを鳴らすが、返事はなかった。
キーダーの部屋には個々にシャワーが付いているが、一階の大浴場に行っているのだろうか。もう一度鳴らしても返事はなく、試しにドアノブを握ると鍵は掛かっていなかった。
「綾斗……?」
几帳面な彼が施錠しないまま部屋を出るだろうか。勝手に入って良いか迷うが、廊下の奥から足音が響いて、京子は慌てて扉の中へ飛び込んだ。
程なくして隣室の扉が閉まる音がする。修司が帰って来たらしい。
エアコンの効いた部屋に、シャワー後の匂いが漂っている。京子は心拍数の上がる胸を押さえながら、「綾斗」と部屋の奥へそっと声を掛けた。
「いるの……?」
入口の脇にシャワールームとトイレがあって、短い通路の奥にある部屋はここからは見えなかった。キッチンなどは共同で、水場はシャワーの横に洗面台がある。ホテルのシングルルームを少し広くした感じだ。
彼の気配が殆どないのはいつもの事だが、何だろうと不安になってしまう。
けれど、「お邪魔します」と声を掛けながら奥へ進むと耳に小さく寝息が届いた。
部屋着姿で髪も半乾きのまま、うつ伏せでベッドに倒れている。相当疲れているのか京子にも気付いていない様子だ。
穏やかな寝顔にホッと荷物を下ろして、京子はベッドの空いたスペースに腰を下ろす。その振動にも目覚めないのは相当だろう。
「無防備だぞ」
興味本位で彼の頬を指で突くと、「うん……」と目元がくしゃりと歪む。
起こさないまま帰った方が良いだろうか──と思いつつ初めて入った彼の部屋をぐるりと眺めた所で、ぎゅうぎゅうに本が詰まった本棚の上から大きな瞳がこちらを見下ろしている事に気付いた。
シンプルな彼の部屋で一際異彩を放つ金のだるまと目が合って、思わず「ひっ」と高い声が出る。
驚いた衝動と声で、流石の綾斗も目を覚ました。
「京子さん?」
京子を見てハッとする綾斗に、京子は「ごめん」と手を合わせた。
「何回か呼んだんだけど返事なくて。鍵空いてたから入っちゃった」
「気にしないで、そのために空けといたんだから」
綾斗はグシャグシャの前髪をかき上げて体を起こす。裸眼を細めて京子を覗き込むと、込み上げた欠伸に目を細めた。
「綾斗疲れてるなら、このままお開きでも良いよ?」
「駄目」
短い二文字で、抱き締められる。
「俺が二人で居たかったから呼んだんだし」
シャワーのせいだろうか。綾斗の身体が熱かった。
「じゃあ、朝まで居てあげる」
京子は悪戯っぽく笑って、彼の背をぎゅっと掴んだ。
帰るつもりなんて最初からない。
「やった」と笑顔を広げる綾斗は、珍しく『年下』の顔をしている。
「ところで綾斗、あのだるまは何?」
ふと顔を上げて本棚の上に鎮座する金色のだるまを指差すと、綾斗は「あれは」と困ったように笑って、その理由を話した。
「本部に来る時、久志さんから貰った餞別」
「えっ、久志さん……?」
「そういう反応になるよね。けど、カメラとかは付いていないみたいだから」
久志の技術と綾斗へ対する想いを鑑みれば、カメラや通信機が仕込んであっても何も不思議な事はない。
「大丈夫かな?」
「平気だよ」
けれど警戒する間もなく再び綾斗に抱き締められて、京子の不安も霧散してしまった。
京子も今のマンションへ越す前はそこで生活していた。
本部の食堂で夕食を済ませ、シャワーを浴びたいという綾斗と一度別れる。
何か甘いものをと京子はコンビニへと足を延ばした。彼の好きなモンブランがあればと期待したが、流石に夏では季節外れらしく、クリームのたっぷり乗ったプリンをカゴに入れた。
買い物袋をぶら提げてアルガスへ戻る途中で、京子はふと足を止める。
彼の部屋へ行くというのは、どういう事なのだろうか。
「泊まるって事──?」
薄暗くなってきた空に呟いて、首を捻る。
今更そんな事を気にするような仲でもないが、改めて聞くのも恥ずかしい気がして、アレと思ったままになってしまった。ただ、泊まるとなれば女子には色々準備がある。
困ったなと少し悩んで、京子はまぁいいかと彼の住む寄宿舎へ向かった。
入口を潜ると、護兵上がりで白髪の管理人が「お疲れ様です」と横の小部屋から挨拶をくれた。京子が住んでいた頃とは代替わりしてしまったが、仕事では面識のある相手だ。
「こんにちは」
ぺこりと挨拶して靴を脱ぐ。ここへ来たことが美弦たちにバレなければいいなと思いながら、下駄箱の最下段の端へ突っ込んだ。
キーダーの部屋は最上階の三階にある。聞いていた部屋番号を目指すと、その隣室に書かれていた名前に「あ」と眉間の皴を寄せた。修司の部屋だったからだ。
そっと足音を忍ばせて綾斗の部屋のブザーを鳴らすが、返事はなかった。
キーダーの部屋には個々にシャワーが付いているが、一階の大浴場に行っているのだろうか。もう一度鳴らしても返事はなく、試しにドアノブを握ると鍵は掛かっていなかった。
「綾斗……?」
几帳面な彼が施錠しないまま部屋を出るだろうか。勝手に入って良いか迷うが、廊下の奥から足音が響いて、京子は慌てて扉の中へ飛び込んだ。
程なくして隣室の扉が閉まる音がする。修司が帰って来たらしい。
エアコンの効いた部屋に、シャワー後の匂いが漂っている。京子は心拍数の上がる胸を押さえながら、「綾斗」と部屋の奥へそっと声を掛けた。
「いるの……?」
入口の脇にシャワールームとトイレがあって、短い通路の奥にある部屋はここからは見えなかった。キッチンなどは共同で、水場はシャワーの横に洗面台がある。ホテルのシングルルームを少し広くした感じだ。
彼の気配が殆どないのはいつもの事だが、何だろうと不安になってしまう。
けれど、「お邪魔します」と声を掛けながら奥へ進むと耳に小さく寝息が届いた。
部屋着姿で髪も半乾きのまま、うつ伏せでベッドに倒れている。相当疲れているのか京子にも気付いていない様子だ。
穏やかな寝顔にホッと荷物を下ろして、京子はベッドの空いたスペースに腰を下ろす。その振動にも目覚めないのは相当だろう。
「無防備だぞ」
興味本位で彼の頬を指で突くと、「うん……」と目元がくしゃりと歪む。
起こさないまま帰った方が良いだろうか──と思いつつ初めて入った彼の部屋をぐるりと眺めた所で、ぎゅうぎゅうに本が詰まった本棚の上から大きな瞳がこちらを見下ろしている事に気付いた。
シンプルな彼の部屋で一際異彩を放つ金のだるまと目が合って、思わず「ひっ」と高い声が出る。
驚いた衝動と声で、流石の綾斗も目を覚ました。
「京子さん?」
京子を見てハッとする綾斗に、京子は「ごめん」と手を合わせた。
「何回か呼んだんだけど返事なくて。鍵空いてたから入っちゃった」
「気にしないで、そのために空けといたんだから」
綾斗はグシャグシャの前髪をかき上げて体を起こす。裸眼を細めて京子を覗き込むと、込み上げた欠伸に目を細めた。
「綾斗疲れてるなら、このままお開きでも良いよ?」
「駄目」
短い二文字で、抱き締められる。
「俺が二人で居たかったから呼んだんだし」
シャワーのせいだろうか。綾斗の身体が熱かった。
「じゃあ、朝まで居てあげる」
京子は悪戯っぽく笑って、彼の背をぎゅっと掴んだ。
帰るつもりなんて最初からない。
「やった」と笑顔を広げる綾斗は、珍しく『年下』の顔をしている。
「ところで綾斗、あのだるまは何?」
ふと顔を上げて本棚の上に鎮座する金色のだるまを指差すと、綾斗は「あれは」と困ったように笑って、その理由を話した。
「本部に来る時、久志さんから貰った餞別」
「えっ、久志さん……?」
「そういう反応になるよね。けど、カメラとかは付いていないみたいだから」
久志の技術と綾斗へ対する想いを鑑みれば、カメラや通信機が仕込んであっても何も不思議な事はない。
「大丈夫かな?」
「平気だよ」
けれど警戒する間もなく再び綾斗に抱き締められて、京子の不安も霧散してしまった。
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