479 / 597
Episode4 京子
187 急な呼び出しに、彼は
しおりを挟む
「私もそろそろ考えなきゃね」
朱羽がそんな言葉を吐いた瞬間、キッチンスペースでコーヒーミルを回していた龍之介の手がピタリと止まった。けれどまた何事もなかったようにガリガリと音が響く。
「どういう意味?」
京子に聞かれて、朱羽は「こっちのこと」とはぐらかした。
京子は「えぇ?」と眉を顰めるが、それ以上を聞く事もなく龍之介の淹れた花の絵のカフェラテを満足げに飲んで本部へと戻って行った。
「考えるってどういうことですか?」
テーブルの片付けをしながら、龍之介もその質問をして来る。断片的な言葉が彼の不安を煽るのは分かっているつもりだ。
太い眉を寄せたままじっと見つめる彼の前に立って、朱羽は「もぅ」と苦笑する。
「そんな顔しないで。勿体ぶったように言ったつもりはないんだけど、本当に大した事じゃないのよ。龍之介を解雇しようなんて話じゃないから安心して」
「俺にできる事なら言って下さいね?」
この事務所が無くなる時なんて、一瞬の事のような気がする。まさかこんなに長い間ここに居るとは思っていなかったし、上から『終わり』だと言われれば、それで呆気なく終了してしまう。
龍之介もそれは感じているようで、この所のアルガスの状況に過敏になっているのは側で見ていてよく分かった。
「ありがとう、龍之介。申し訳ないんだけど、今日はそれ片付けたら終わりにして貰ってもいいかしら。ちょっと行かなきゃならない所があるのを思い出しちゃって」
「えぇ」
片付けに戻った龍之介が、天から突き落とされたような顔で悲痛の声を上げる。
学校が午前に終わっていつもより早く事務所に来た彼だが、まだいつもの出勤時間にもなっていない。
「本当にごめんなさい」
手を合わせる朱羽に、龍之介は「わかりました」とがっくり肩を落とした。
☆
それから15分程で龍之介が事務所を出て、朱羽は個人情報が並ぶパソコンのデータ画面を開きながら目的の相手の番号を自分のスマホに打ち込んだ。
自分から彼に連絡するのは初めてだ。
けれど発信の音が鳴った途端、こんな事をしても良いのかと躊躇って指が『切』のボタンを押してしまう。
ツーと鳴る音に溜息をついて、朱羽はスマホの画面を睨みつけた。
「いいのよね?」
問いかけるように呟いて、飲みかけの紅茶を流し込む。
向こうに履歴はついてしまっただろうが、折り返しの連絡はすぐに来なかった。まだ気付いていないのか、それとも見知らぬ番号に怪しませてしまったのか。
想像していた以上に緊張している。意を決してリダイヤルボタンを押すと、呼び出し音に連動するように心臓がドキドキと脈打った。
『はい』
数コール後に彼が出て、朱羽はぎゅっとスマホを握り締める。まだ聞き慣れないその声に急に頭が真っ白になった。
けれど返事するよりも先に、相手が朱羽を呼んだのだ。
『朱羽さん?』
ビックリして目を見開く。どうして分かるのだろう。
けれどその疑問を尋ねる余裕もなく、朱羽は「はい」と返事した。
「矢代です。あの、もしお時間あれば……今夜会って頂けませんか?」
それは京子の言葉を聞いた朱羽が衝動的に起こした再会だ。
私用ではなく仕事のつもりなのに、相手はそんな事情に気付く事もなく、
『デートのお誘い? 俺は構わないけど?』
「えっ? ちょっと、違います!」
『照れなくても良いよ。楽しい夜にしようぜ』
保科颯太は用件も聞かぬままに『喜んで』と返事したのだ。
朱羽がそんな言葉を吐いた瞬間、キッチンスペースでコーヒーミルを回していた龍之介の手がピタリと止まった。けれどまた何事もなかったようにガリガリと音が響く。
「どういう意味?」
京子に聞かれて、朱羽は「こっちのこと」とはぐらかした。
京子は「えぇ?」と眉を顰めるが、それ以上を聞く事もなく龍之介の淹れた花の絵のカフェラテを満足げに飲んで本部へと戻って行った。
「考えるってどういうことですか?」
テーブルの片付けをしながら、龍之介もその質問をして来る。断片的な言葉が彼の不安を煽るのは分かっているつもりだ。
太い眉を寄せたままじっと見つめる彼の前に立って、朱羽は「もぅ」と苦笑する。
「そんな顔しないで。勿体ぶったように言ったつもりはないんだけど、本当に大した事じゃないのよ。龍之介を解雇しようなんて話じゃないから安心して」
「俺にできる事なら言って下さいね?」
この事務所が無くなる時なんて、一瞬の事のような気がする。まさかこんなに長い間ここに居るとは思っていなかったし、上から『終わり』だと言われれば、それで呆気なく終了してしまう。
龍之介もそれは感じているようで、この所のアルガスの状況に過敏になっているのは側で見ていてよく分かった。
「ありがとう、龍之介。申し訳ないんだけど、今日はそれ片付けたら終わりにして貰ってもいいかしら。ちょっと行かなきゃならない所があるのを思い出しちゃって」
「えぇ」
片付けに戻った龍之介が、天から突き落とされたような顔で悲痛の声を上げる。
学校が午前に終わっていつもより早く事務所に来た彼だが、まだいつもの出勤時間にもなっていない。
「本当にごめんなさい」
手を合わせる朱羽に、龍之介は「わかりました」とがっくり肩を落とした。
☆
それから15分程で龍之介が事務所を出て、朱羽は個人情報が並ぶパソコンのデータ画面を開きながら目的の相手の番号を自分のスマホに打ち込んだ。
自分から彼に連絡するのは初めてだ。
けれど発信の音が鳴った途端、こんな事をしても良いのかと躊躇って指が『切』のボタンを押してしまう。
ツーと鳴る音に溜息をついて、朱羽はスマホの画面を睨みつけた。
「いいのよね?」
問いかけるように呟いて、飲みかけの紅茶を流し込む。
向こうに履歴はついてしまっただろうが、折り返しの連絡はすぐに来なかった。まだ気付いていないのか、それとも見知らぬ番号に怪しませてしまったのか。
想像していた以上に緊張している。意を決してリダイヤルボタンを押すと、呼び出し音に連動するように心臓がドキドキと脈打った。
『はい』
数コール後に彼が出て、朱羽はぎゅっとスマホを握り締める。まだ聞き慣れないその声に急に頭が真っ白になった。
けれど返事するよりも先に、相手が朱羽を呼んだのだ。
『朱羽さん?』
ビックリして目を見開く。どうして分かるのだろう。
けれどその疑問を尋ねる余裕もなく、朱羽は「はい」と返事した。
「矢代です。あの、もしお時間あれば……今夜会って頂けませんか?」
それは京子の言葉を聞いた朱羽が衝動的に起こした再会だ。
私用ではなく仕事のつもりなのに、相手はそんな事情に気付く事もなく、
『デートのお誘い? 俺は構わないけど?』
「えっ? ちょっと、違います!」
『照れなくても良いよ。楽しい夜にしようぜ』
保科颯太は用件も聞かぬままに『喜んで』と返事したのだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)
幻田恋人
恋愛
夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。
でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。
親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。
童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。
許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…
僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる