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Episode4 京子
185 お兄ちゃんだった
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綾斗が足を止めて、スマホの画面を京子へ向ける。
そこに写る真っ青なビルと同じ色を視界の端に見つけて、京子は頭上を仰いだ。地図の青い建物が目の前にそびえている。
「窓から見たのはコレだと思う。だから、俺が居たのは──」
一本向こうの通りまでは人も多く賑やかだったのに、海側に入り込んだ途端急に辺りが静かになった。
綾斗がくるりと踵を返した先に、朽ちた廃倉庫がある。箱型であまり大きくはないが、錆びた壁に所々穴が空いていて、中を覗いても現役で使われている様子はなかった。
『貸倉庫』というプレートがはめ込まれているが、黒々と埃がたかっている状態だ。
「ここだよ」
言い切る綾斗の視線を追うと、逆光で陰った倉庫の壁には、白いペンキで消された文字が薄っすらとその痕跡を残していた。
『鮫島倉庫』──その言葉を口にして、京子はぐっと息を呑む。
「サメジマ製薬と関係あるのかな」
「多分ね、そういう事なんだと思う」
サメジマ製薬は、ホルスの幹部だった高橋洋がかつて働いていた製薬会社だ。
ホルスと何らかの関りがあると考えれば、その息の掛かった施設が使われていても不思議じゃない。
人の気配はまるでないが、京子は入口のノブに手を触れて首を横に振った。
「気配を感じるわけないか」
「ここまで時間が経ってると、俺でも分からないよ」
綾斗は京子の横に手を置いて、「帰ろう」と町の方を振り返る。
「俺はここに閉じ込められた事をずっと恥だと思ってた。けど、ここに入ったから得られた物もたくさんあるから後悔はもうないよ。やよいさんと佳祐さんが亡くなってホルスの内情が見え始めた今、アルガスは厳しい局面に立ってる。過去がどうのなんて言ってる場合じゃないしね」
「綾斗……」
「バーサーカーの自分とも向き合って行かなきゃ」
「うん。私も、出来る事は幾らでもあるよね」
戦いが迫っている。
そんな空気を感じながら、京子は「そうだ!」と声を上げて綾斗の手を握り締めた。
ふと頭を過ったのは、佳祐と二人で海に行った記憶だ。
「ちょっと待って」
少しずつ辺りが暗くなっていく。
彼の言葉が蘇った途端、吐き出さずにはいられなくなった。
京子は綾斗の手を引いて、海が見える場所までの数十メートルを早足で歩く。
──『久のヤロウが良く海に向かって、俺らの悪口叫んでんだよ。丸聞こえだってぇのに独り言だとかぬかしやがって。無礼講もなにもあったもんじゃねぇぜ』
色々と裏の顔が潜んでいた佳祐だけれど、京子の記憶には優しい彼しか浮かんでは来ない。
「佳祐さんは私にとって優しいお兄ちゃんだった。たまに会う位だったけど、もう会えないなんて信じたくないよ」
防波堤の端に立って、めいっぱいの声を張り上げた。
「佳祐さんの馬鹿ぁ!!」
込み上げた怒りは涙を孕む。
衝動のままに泣き出した京子を、綾斗が胸に抱き締めた。
エピソード4京子【05九州編・後悔】-END
エピソード4京子【06関東編・陰謀】へ続く
そこに写る真っ青なビルと同じ色を視界の端に見つけて、京子は頭上を仰いだ。地図の青い建物が目の前にそびえている。
「窓から見たのはコレだと思う。だから、俺が居たのは──」
一本向こうの通りまでは人も多く賑やかだったのに、海側に入り込んだ途端急に辺りが静かになった。
綾斗がくるりと踵を返した先に、朽ちた廃倉庫がある。箱型であまり大きくはないが、錆びた壁に所々穴が空いていて、中を覗いても現役で使われている様子はなかった。
『貸倉庫』というプレートがはめ込まれているが、黒々と埃がたかっている状態だ。
「ここだよ」
言い切る綾斗の視線を追うと、逆光で陰った倉庫の壁には、白いペンキで消された文字が薄っすらとその痕跡を残していた。
『鮫島倉庫』──その言葉を口にして、京子はぐっと息を呑む。
「サメジマ製薬と関係あるのかな」
「多分ね、そういう事なんだと思う」
サメジマ製薬は、ホルスの幹部だった高橋洋がかつて働いていた製薬会社だ。
ホルスと何らかの関りがあると考えれば、その息の掛かった施設が使われていても不思議じゃない。
人の気配はまるでないが、京子は入口のノブに手を触れて首を横に振った。
「気配を感じるわけないか」
「ここまで時間が経ってると、俺でも分からないよ」
綾斗は京子の横に手を置いて、「帰ろう」と町の方を振り返る。
「俺はここに閉じ込められた事をずっと恥だと思ってた。けど、ここに入ったから得られた物もたくさんあるから後悔はもうないよ。やよいさんと佳祐さんが亡くなってホルスの内情が見え始めた今、アルガスは厳しい局面に立ってる。過去がどうのなんて言ってる場合じゃないしね」
「綾斗……」
「バーサーカーの自分とも向き合って行かなきゃ」
「うん。私も、出来る事は幾らでもあるよね」
戦いが迫っている。
そんな空気を感じながら、京子は「そうだ!」と声を上げて綾斗の手を握り締めた。
ふと頭を過ったのは、佳祐と二人で海に行った記憶だ。
「ちょっと待って」
少しずつ辺りが暗くなっていく。
彼の言葉が蘇った途端、吐き出さずにはいられなくなった。
京子は綾斗の手を引いて、海が見える場所までの数十メートルを早足で歩く。
──『久のヤロウが良く海に向かって、俺らの悪口叫んでんだよ。丸聞こえだってぇのに独り言だとかぬかしやがって。無礼講もなにもあったもんじゃねぇぜ』
色々と裏の顔が潜んでいた佳祐だけれど、京子の記憶には優しい彼しか浮かんでは来ない。
「佳祐さんは私にとって優しいお兄ちゃんだった。たまに会う位だったけど、もう会えないなんて信じたくないよ」
防波堤の端に立って、めいっぱいの声を張り上げた。
「佳祐さんの馬鹿ぁ!!」
込み上げた怒りは涙を孕む。
衝動のままに泣き出した京子を、綾斗が胸に抱き締めた。
エピソード4京子【05九州編・後悔】-END
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