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Episode4 京子
170 クロの返事
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銀環のGPS機能は、元アルガス技術員で久志の師匠でもある藤田が組み込んだものだ。それを久志たち技術部が引き継いで、今も運用されている。
キーダーのプライベートを考え、敢えて性能を落としている分、受信側のポインタの動きや位置情報の精度については若干の癖があった。
一見すると差はないように見えるが、他とは違うコンマ数秒のズレが久志に違和感を覚えさせたのだ。
「誰がシステムを書き換えたのか知らないけど、オリジナルと殆ど差がなくて驚いたよ。他のキーダーと同じようにデータとしてきちんと上がってたしね。注意して見なきゃ僕だって気付けなかった。だから今、佳祐の能力値が正常レベルを振り切ったとしても僕は驚かないよ」
銀環と言えば、GPSよりも能力の制御機能が大きな役割を占める。そこには何重にも制限が掛かっていて、簡単に外せるものではない。けれど、GPSをここまで書き換える相手ならと覚悟はしてきたつもりだ。
ポインタが一つだけ光るスマホの画面を見せつけて、久志は真顔で黙る佳祐に口調を強めた。
「ここまで精巧に作り替えてあるなら、さっきGPSをダウンさせた時、一緒に落ちるかもしれないって思ってた。ちょっとした賭けだったんだけど、ちゃんと残ってくれた。甘かったね」
「…………」
「中身を書き換えた銀環で位置情報を偽造することが出来るなら、佳祐が北陸に行っていないアリバイは幾らでも作れるでしょ?」
銀環のシステムを書き換えられるなんて思いもよらぬ事態だが、それだけで佳祐がクロだという証明になる。佳祐の腕に銀環はあるが、中身はキーダーのそれとは別物だと考えて良いだろう。
久志にとって、佳祐がホルスかどうかは問題じゃない。
やよいを殺したのが佳祐かどうか──それを彼の口から聞きたかった。
佳祐が犯人なら、粛清対象だ。
長官に真実を伝えれば、すぐに執行命令が下るだろう。ここでそれをきっちり終わらせる事が出来れば、京子たちまで指示が回る事はない。
「先輩ってのは、真っ先に手を汚さなきゃならないからね」
決意表明のように呟いて、久志は押さえつけていた力を緩めた。
抑制を解かれた気配が、辺りに満ちていく。
アルガス所有の演習場は、一般人が入って来る心配もない。『大晦日の白雪』で失われた範囲よりも広い土地は、一対一で戦うには十分な広さだ。
「ここでやる気か?」
「まだ仲間のフリをするの? 佳祐がやよいを殺したんでしょ?」
「やめろ」
興奮する久志の腕を、佳祐が掴む。怒りと焦りが入り混じった顔だ。
「俺はお前まで手に掛けたくねぇんだよ!」
「やっぱり……そういう事なんだよね? だったら余計に、僕がやらなきゃいけない」
久志の目に溜まった涙がボタリと落ちる。
佳祐が敵かもしれない──マサが力を無くした時の違和感を感じてから、いつかこんな日が来るかもしれないと思っていた。
諦めと絶望にかられる久志の前で、佳祐は呆れたように溜息を零す。
「知らなくて良い事まで知ろうとするな。お前等はどうしてそうやって俺を抉ろうとする?」
「抉ろうなんて思っちゃいないよ。仲間だなんてアオハルな事も言わない。ただ一緒に居る時間が長いと、何気ない事に興味が湧くんだ」
「それが余計なんだよ」
「余計って何だよ! 自分の罪を僕たちのせいにしないでよ! やよいがお前の正体を知ったって言うのか? そんなんで殺す事なんてなかっただろ!!」
まっすぐに目を合わせた佳祐の後悔に叫び付ける。
久志は全身を震わせて、彼の腕を振り切った。
「マサの力が消えた事に、佳祐は関わってるんだろう?」
「そうだ。アイツはアンロックだからな」
「アンロック? って……冗談言うなよ」
「信じろとは言ってねぇよ」
アンロックは特殊能力だ。
第三者が操作した記憶や意識を元に戻すことが出来るというが、実際にそれを持つ人間を見た事はない。
「もし本当なら、アンロックが居て都合が悪いのは、彰人の父親みたいな意識に踏み込む能力者って事だよね。佳祐の仲間にもそんな奴が居るの? それとも──佳祐がマサの力を奪った?」
特殊能力と呼ばれてはいるが、実際それは能力者の個性だ。昔は稀だと思っていたのに、今『特別』だと主張する能力者は少なくない気がする。
佳祐は表情のない顔をして、やがて安堵するように笑った。
「アイツの力を消したのは俺だよ」
「佳祐!」
噛みつくように声を上げる久志に、佳祐は気配を強める。
「お前もやよいもマサも、みんな甘ぇんだよ。俺は最初からお前らの敵だ」
言葉の最後で佳祐の手から光が噴き出る。
気を捕られた一瞬を狙われて、久志の手にしていたスマホがボンと火を噴いて粉砕した。
「無駄だよ、佳祐」
何かあったら連絡するようにと誠から言われている。
通信機でも仕込んでおけば良かったか──来る前にそんな事も考えたが、他に誰か辺りに潜んでいないとも限らない。銀環を操作するような人物が敵側に居れば、傍受される可能性もあるだろうと思った。
だからこんな事も予測の範疇でしかない。
「先に決着をつけても構わないよね」
それがキーダー殺しだと言われても良い。
久志は腰から趙馬刀を抜いて光を灯した。
他のどのキーダーよりも大きな刃は、久志の力量を示す。
「お前は俺に勝てねぇよ」
だが佳祐は失笑して同じ武器を構えた。趙馬刀はキーダーの武器だ。
跳ね上がる気配が混じり合って光を鳴らす。
戦闘はほぼ互角──けれど、数分後先に地面に倒れたのは久志だった。
キーダーのプライベートを考え、敢えて性能を落としている分、受信側のポインタの動きや位置情報の精度については若干の癖があった。
一見すると差はないように見えるが、他とは違うコンマ数秒のズレが久志に違和感を覚えさせたのだ。
「誰がシステムを書き換えたのか知らないけど、オリジナルと殆ど差がなくて驚いたよ。他のキーダーと同じようにデータとしてきちんと上がってたしね。注意して見なきゃ僕だって気付けなかった。だから今、佳祐の能力値が正常レベルを振り切ったとしても僕は驚かないよ」
銀環と言えば、GPSよりも能力の制御機能が大きな役割を占める。そこには何重にも制限が掛かっていて、簡単に外せるものではない。けれど、GPSをここまで書き換える相手ならと覚悟はしてきたつもりだ。
ポインタが一つだけ光るスマホの画面を見せつけて、久志は真顔で黙る佳祐に口調を強めた。
「ここまで精巧に作り替えてあるなら、さっきGPSをダウンさせた時、一緒に落ちるかもしれないって思ってた。ちょっとした賭けだったんだけど、ちゃんと残ってくれた。甘かったね」
「…………」
「中身を書き換えた銀環で位置情報を偽造することが出来るなら、佳祐が北陸に行っていないアリバイは幾らでも作れるでしょ?」
銀環のシステムを書き換えられるなんて思いもよらぬ事態だが、それだけで佳祐がクロだという証明になる。佳祐の腕に銀環はあるが、中身はキーダーのそれとは別物だと考えて良いだろう。
久志にとって、佳祐がホルスかどうかは問題じゃない。
やよいを殺したのが佳祐かどうか──それを彼の口から聞きたかった。
佳祐が犯人なら、粛清対象だ。
長官に真実を伝えれば、すぐに執行命令が下るだろう。ここでそれをきっちり終わらせる事が出来れば、京子たちまで指示が回る事はない。
「先輩ってのは、真っ先に手を汚さなきゃならないからね」
決意表明のように呟いて、久志は押さえつけていた力を緩めた。
抑制を解かれた気配が、辺りに満ちていく。
アルガス所有の演習場は、一般人が入って来る心配もない。『大晦日の白雪』で失われた範囲よりも広い土地は、一対一で戦うには十分な広さだ。
「ここでやる気か?」
「まだ仲間のフリをするの? 佳祐がやよいを殺したんでしょ?」
「やめろ」
興奮する久志の腕を、佳祐が掴む。怒りと焦りが入り混じった顔だ。
「俺はお前まで手に掛けたくねぇんだよ!」
「やっぱり……そういう事なんだよね? だったら余計に、僕がやらなきゃいけない」
久志の目に溜まった涙がボタリと落ちる。
佳祐が敵かもしれない──マサが力を無くした時の違和感を感じてから、いつかこんな日が来るかもしれないと思っていた。
諦めと絶望にかられる久志の前で、佳祐は呆れたように溜息を零す。
「知らなくて良い事まで知ろうとするな。お前等はどうしてそうやって俺を抉ろうとする?」
「抉ろうなんて思っちゃいないよ。仲間だなんてアオハルな事も言わない。ただ一緒に居る時間が長いと、何気ない事に興味が湧くんだ」
「それが余計なんだよ」
「余計って何だよ! 自分の罪を僕たちのせいにしないでよ! やよいがお前の正体を知ったって言うのか? そんなんで殺す事なんてなかっただろ!!」
まっすぐに目を合わせた佳祐の後悔に叫び付ける。
久志は全身を震わせて、彼の腕を振り切った。
「マサの力が消えた事に、佳祐は関わってるんだろう?」
「そうだ。アイツはアンロックだからな」
「アンロック? って……冗談言うなよ」
「信じろとは言ってねぇよ」
アンロックは特殊能力だ。
第三者が操作した記憶や意識を元に戻すことが出来るというが、実際にそれを持つ人間を見た事はない。
「もし本当なら、アンロックが居て都合が悪いのは、彰人の父親みたいな意識に踏み込む能力者って事だよね。佳祐の仲間にもそんな奴が居るの? それとも──佳祐がマサの力を奪った?」
特殊能力と呼ばれてはいるが、実際それは能力者の個性だ。昔は稀だと思っていたのに、今『特別』だと主張する能力者は少なくない気がする。
佳祐は表情のない顔をして、やがて安堵するように笑った。
「アイツの力を消したのは俺だよ」
「佳祐!」
噛みつくように声を上げる久志に、佳祐は気配を強める。
「お前もやよいもマサも、みんな甘ぇんだよ。俺は最初からお前らの敵だ」
言葉の最後で佳祐の手から光が噴き出る。
気を捕られた一瞬を狙われて、久志の手にしていたスマホがボンと火を噴いて粉砕した。
「無駄だよ、佳祐」
何かあったら連絡するようにと誠から言われている。
通信機でも仕込んでおけば良かったか──来る前にそんな事も考えたが、他に誰か辺りに潜んでいないとも限らない。銀環を操作するような人物が敵側に居れば、傍受される可能性もあるだろうと思った。
だからこんな事も予測の範疇でしかない。
「先に決着をつけても構わないよね」
それがキーダー殺しだと言われても良い。
久志は腰から趙馬刀を抜いて光を灯した。
他のどのキーダーよりも大きな刃は、久志の力量を示す。
「お前は俺に勝てねぇよ」
だが佳祐は失笑して同じ武器を構えた。趙馬刀はキーダーの武器だ。
跳ね上がる気配が混じり合って光を鳴らす。
戦闘はほぼ互角──けれど、数分後先に地面に倒れたのは久志だった。
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