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Episode4 京子

138 強制連行

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 電車でアルガスの最寄り駅に着いて、修司しゅうじの足取りは更にズッシリと重くなった。
 空はすっかり夜モードに入っていて、通り沿いにある店の明かりが正門までの道を照らしている。

「ほら。修司の家はあそこなんだから、覚悟決めて!」
「決めてるつもりなんですけど……」
「隠してたのは良くないけど、別に悪い事してたわけじゃないんだから」

 ジャスティのライブに行ったことを修司は美弦みつるに隠し通すつもりだったらしいが、今回の出動要請で銀環ぎんかんのGPSを探られ、呆気なくバレてしまったようだ。
 京子は「ほら」と発破はっぱをかけて、修司の背中をドンと叩く。

「はぁ。今もこうして歩いてるってアイツは分かってんのかな」
「見てるかも。そっか、そういう事だよね」

 京子はハッとして修司と顔を見合わせる。
 やよいの件でキーダーの位置情報がアルガスのシステムから検索できるようになったのは、ついこの間の事だ。それまでは地下にある『核』と呼ばれるコントロールルームでしか探ることができず、人の目に触れる機会は殆どなかった。

「大まかな位置しか読み取れないって言うけど、見られてるって思うとちょっと生き辛いかも」
「ですよねぇ。京子さんも、綾斗あやとさんにバレたくないようなトコ行ったりしますか?」
「私? えっと……そういうのはないかな? 私、隠し事できないタイプだから言っちゃうと思う」

 「確かに」と修司はこくんとうなずく。

「でしょ? けど、アルガスがもう少し落ち着くまでは我慢しなきゃね」
「仕事だから、仕方ないとは思ってます。けどなぁ……」

 やよいを殺した犯人が特定できない今、第二の犯行が起きる可能性はゼロじゃない。そうしたらきっと、この銀環が示す情報が役に立つ筈だ。

「ほら元気出して。いつ北陸に呼ばれるか分からないんだし、こっちに居れる時間は大切にしなきゃ。美弦はちゃんと話せば分かってくれるよ。そんなに背中丸めてたら、伝わるものも伝わらないって」
「……やってみます」

 半ばやけくそ気味に返事して、修司は門までの足取りを速める。
 あっという間にアルガスに着いて、案の定階段の下で待ち構えた美弦に連行されていった。

「お疲れ様、京子さん」
 
 一瞬の嵐が去って、時間差で降りてきた綾斗が京子を迎える。

「ただいま綾斗。報告ありがとね、長官何か言ってた?」
「先にレポート送るようにって。来週中には戻るから、その時に話を聞かせて欲しいってね」
「レポートかぁ」

 毎度の事ながら、京子はレポートを書くのが苦手だ。
 パソコンを開く作業だけで気が重くなってしまう。

「事実が分かれば良いんだから、箇条書きで構わないよ。けど、本当にその人だったの?」

 長官へのことづけは、松本の事だった。
 
「グレー……なのかな。私は黒だと思うけど。って、あれ?」

 綾斗の背後に見慣れないツーショットを見つけて、京子は顔を上げる。
 階段から下りてきたのは、私服姿の颯太そうたとマサだ。

「お疲れ様です」
「やっと帰って来たな? どうだった、京子ちゃん」

 水死体の確認に出た時、屋上にヘリはなかった。どうやら銀次ぎんじは憧れのマサとニアミスしてしまったらしい。

「やっぱり水死体は能力者でした。検死に回して貰ってます」
「そっか。銀次は役に立った?」
「はい。彼、ああいうの見ても動じないっていうか、そうしてくれてたんで有難かったです」
「なら良かった。どざえもんなんて凄かっただろ?」
「……はい」

 脳裏によぎりそうになった遺体の顔を追い払って、京子はブンと頭を振る。
 そんな京子を見て、マサがニヤリと綾斗を覗き込んだ。

「残念だったな」
「仕事ですから」

 綾斗は冷やかすマサを冷たくあしらって、

「マサさんは何かあるんですか? こっちに来る予定入れてませんでしたよね?」
「大した用事でもないからな。それでさっき颯太さんに会って、外で夕飯食おうって話になったんだ」

 マサは「それよりさ」と階段の上を振り返る。

「凄ぇ剣幕けんまくで部屋に引きずり込まれてたけど、修司は何かやらかしたのか?」
「あれは、痴話喧嘩ちわげんか……ですかね」
「痴話? あれがか?」

 美弦の怒りは本気モードだと思うが、それがきっかけで悪い方向に行くとは思えない。
 傍から見れば険悪だが、明日になればきっといつものように戻っているだろう。

「乙女心を傷つけたんなら、仕方ねぇよな」

 逆に颯太は甥を心配することもなく、呆れ顔を浮かべるばかりだ。
 じゃあそろそろと階段を下りた颯太を、京子は「あの」と引き留めた。

「ちょっと颯太さんに言っておきたい事があって」
「何? どざえもんの話?」
「いえ。松本さんの事で」

 今から出掛けるという相手にぶつける話題ではないと思ったが、彼に伝えずにはいられなかった。ここで会わなかったら、記憶の冷めないうちに医務室へ向かうつもりだった。

「何かあったのか?」

 颯太も途端に真面目な顔で食い付いて来る。

「さっき、似てる人に会ったんです。それで、もう一度写真を見たいなと思って」
「マジか。それならスマホで撮っといたから詳しく聞かせて。二人も一緒にメシ行くぞ」
「えっ」

 京子は綾斗と顔を見合わせる。今日はこのまま二人で過ごしたいと思っていたところだ。
 けれど、「拒否権はねぇよ」とマサが笑う。
 二人が返事する隙もないまま、いつもの居酒屋へ行く運びとなった。





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