上 下
373 / 571
Episode4 京子

88 同期組の男子

しおりを挟む
佳祐けいすけ

 入口で声がして、久志ひさしが足音を鳴らしながら佳祐に詰め寄った。
 今日最初に会った時の憔悴しょうすいした様子とは違い、怒りをはらんだ目が真っ赤に染まっている。そんな彼の様子に、部屋の外に居た綾斗あやとも慌てて飛び込んで来た。

 久志は乱れた黒タイを片手で解き、扇ぐように佳祐を睨みつける。

「久しぶりだってのに、僕やマサには挨拶もなし?」
「さっきは話す暇もなかっただろうが」

 返事する佳祐も、何処か好戦的だ。
 京子はそんな二人を交互に見つめ、そっと綾斗の側へ移動した。

「佳祐は一昨日の夜、どこで何してたんだよ」

 やよいが居なくなった夜の事を、久志はストレートに尋ねる。

「俺を疑ってんのか?」

 佳祐は太い眉をねじり上げる。
 久志の言葉は、疑うというよりも彼が犯人だと決めつけているようだった。導火線に火でもつけたように、久志はヒートアップしていく。

「疑ってるよ。けど、疑いたくないんだ。だから、僕のこのモヤモヤした気持ちを晴らしてくれない?」
「俺じゃねぇよ。そういうお前だってシロだとは言い切れないんじゃねぇのか?」
「僕を疑うの?」
「やよいの死因が能力死だってんなら、数百キロ離れた俺より、一番近くに居たお前を疑うのが普通じゃねぇのか?」
「お前ら、やめろ!」

 険悪な空気を嗅ぎ取ったマサが駆け込んできて、二人の腕を掴んだ。
 マサがいなかったら、このまま取っ組み合いになりかねない状況だった。

「やよいの前だぞ? 今はそんな言い合いしてる時じゃないだろ!」

 普段見せないような形相で短く怒鳴って、マサが京子たちを肩越しに振り返る。

「お前らは外に出てろ。俺たちの問題だ」
「はい……」

 押し黙る久志と佳祐に頭を下げて、京子は綾斗と部屋を出た。
 やよいの遺影と棺を前に同期組の三人が険しい顔で話しているが、その内容を聞き取ることはできなかった。

 ロビーに出た京子は窓寄りの椅子に腰を下ろし、深い溜息を吐き出す。周りにはポツリポツリと参列者や護兵ごへいの姿があった。

 いつも仲が良く見える三人の争いを前に、何もすることができなかった。

「こんなの嫌だよ。久志さんは本当に佳祐さんを疑ってるのかな」
「冗談であんなことを言う人じゃないから、何か気になる事があるのかもしれませんね。けど、それが事実だと確定したわけじゃない。俺たちも協力して真相を突き止めなければですね」
「うん、そうだよね」

 真実が宙に浮いたままだと、良くない考察ばかりが頭を支配してしまう。
 今回の件は謎だらけで、久志と佳祐がお互いを疑ってしまうのも無理がないように思えた。

 ここに来て仕入れた情報でただ一つだけ分かっているのは、やよいが敵である相手と接触することを初めから分かっていたという事だ。
 当日、彼女は非番にも関わらず当直だと家族に話していたらしい。
 だから、最初から夜に帰るつもりはなかったようだ。

「やよいさんは、どうして──」

 頭を殴り付けられたような不安にさいなまれて、京子は重くなる額を両手で押さえた。


   ☆
 金沢に着いた最初の夜、綾斗は京子がシャワーへ行ったタイミングを見計らって彰人あきひとへ電話を掛けた。今日から本部の留守を頼んでいる彼への定期報告だ。
 部屋が狭く、シャワーの音をもどかしく感じながら今日の事を一通り話す。

『そっか、お疲れ様。こっちは不気味なくらい平和だよ。京子ちゃんはどう?』
「あまり元気はないですね」
『まぁ仕方ないよね。僕も結構ショックだったし。綾斗くんもやよいさんと仲良いもんね』
「……ですね」

 平常心を装っていたつもりだが、先に弱音を吐かれてしまうと強がる理由も消えてしまう。

『二人が無事ならそれで良いから。僕もこの数日は空いてるし、帰りに一泊くらいなら気分転換して来ても構わないよ?』
「えっ、けど今はそんな時じゃ……」
『すぐにどうのって話ではないよ』

 留守を頼んでいる立場で申し訳ないと思うけれど、少し休みたいのも本音だ。
 彰人の計らいに甘えてしまいたくなるが、京子は同意してくれるだろうか。

『いいよ、ゆっくりしてきて。ところでさ、君は誰が犯人だと思う?』

 彰人の穏やかな口調が少しだけ鋭く尖って、綾斗は息を呑んだ。
 さっき見たばかりの光景が頭に浮かんで、佳祐を疑ってしまう。けれど敢えて口にはしなかった。

「俺の知っている人なんですか?」
『分からないよ。可能性があるって事。だから、京子ちゃんの側に居てあげて』

 久志と同じことを言われた。
 やはり監察もそう見ているのだろうか。

「分かりました」

 綾斗はスマホをきつく握り締めた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

親戚のおじさんに犯された!嫌がる私の姿を見ながら胸を揉み・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
親戚のおじさんの家に住み、大学に通うことになった。 「おじさん、卒業するまで、どうぞよろしくお願いします」 「ああ、たっぷりとかわいがってあげるよ・・・」 「・・・?は、はい」 いやらしく私の目を見ながらニヤつく・・・ その夜。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

処理中です...