363 / 620
Episode4 京子
78 風音に混じるメロディ
しおりを挟む
やよいが近くに居ると聞いてホッとしたが、不安が晴れる事はなかった。
じっとしている事も出来ず、久志は白衣を羽織る。
「ちょっと探してくるよ」
「私も行きます」
キイが同行を名乗り出ると、キッチンでコーヒーを淹れていたメイが「私も」と顔を覗かせる。
「メイは留守番してて。行き違いになるかもしれないから」
「はぁい」と残念がる彼女を置いて、久志はキイと部屋を出た。
支部の北側にはヘリポートがあり、その向こうは鬱蒼とした緑の風景が広がっている。元々農地だった場所を買い取って建てた支部の周りは、訓練用にと殆ど整地もされていない状態だ。
荒れた風景のどこにやよいが居るのかなんて想像もできないし気配もないが、GPSを無視はできない。銀環の指し示す場所に彼女は居るのだ。
昨夜の雨でぬかるんだ泥が白衣に弾いて、久志は眉を顰めた。
「やよい」
遠くへと呼び掛けながら草の中へ踏み込んでいく。闇雲に探している訳ではないが、そう思わざるを得ない状況に苛立ちが募った。
200メートルほど移動した所で、踏み込んだ足が異質な気配を捕らえる。
頭のてっぺんまでビリと駆け抜ける衝撃は、電流に近かった。
「なにこれ。えっ……まさか、空間隔離?」
数歩退いて、気配のあった方向へ目を凝らす。一見変化のない風景だが、透明な薄い膜が視界を遮っているのが分かる。勿論、ノーマルのキイには見えないものだ。
空間隔離は建物や一般人への被害を防ぐ為に、能力で別次元を作り出す。もう殆ど消えかかっているが、一定の範囲を囲った幕が、中の気配を内側に留めていた。
ここで戦闘が起きたというのか。
燻ぶった隔離壁の範囲は広い。広範囲の空間隔離は特殊能力で、今これを使えるキーダーなど久志は知らなかった。
「だとしたらバスク? いや……実は、って事もあるのか?」
やよいはそんな事するだろうか。
それに、こんな草だらけの場所で空間隔離を使う必要があるとすれば、気配を隠すため──他の能力者に気付かれない為にという事だろう。
「それって、僕にって事だよね?」
この中に答えはあるはずだ。
久志は汗を握り、後方で立ち止まるメイを呼ぶ。
彼女を中に入れるか迷ったが、一人にさせるリスクが大きいと踏んだ。もし何かあっても、彼女一人なら守ることができる。
「僕から離れないでね」
「……はい」
「行くぞ」と気合を入れて、久志は消えかかる隔離空間の中へと踏み込んだ。
風の音が遠ざかって、耳が少し痛い。同時に激しい気配に煽られて、久志は胸を押さえた。
やはりここで戦闘が起きたらしい。
「やよい」
相変わらず返事はなかった。
久志はもう一度彼女の名前を呼んで、ポケットのスマホを掴む。
彼女にもう一度電話を掛ける──鳴らないで欲しいと思った。
けれど、聞き覚えのある着信音が遠くで音を響かせる。
「やよい!」
久志は衝動のまま地面を蹴る。
この先に待ち受ける現実など、考えたくなかった。
悪い予感は杞憂だったねと笑いたかった。
音のすぐ側まで来て、つんのめるように足を止める。視界に飛び込んだ光景に、現実を受け入れられず目を逸らした。
やがてコールは留守録に切り替わって、再び静寂が広がる。
「久志さん?」
追い掛けてきたキイに「来るな!」と叫ぶ。
「えっ?」
「駄目だ、そこに居て」
彼女を数メートル後ろに留めた。
どうすればいいのか分からなかったが、腹を括る。
草むらに隠れた両足があった。ピンと伸びた先に、見覚えのある靴を履いている。
「嫌だ、何で……こんな事あってたまるかよ」
仰向けになった身体は所々を血の色に染めているが、肌はもうその色を失っていた。
「僕はこんな事受け入れないからな?」
暗い朝の空を眺める目がもう戻って来れない状態だと理解して、久志は狂乱のままに叫んだ。
「やよいぃぃい!!」
じっとしている事も出来ず、久志は白衣を羽織る。
「ちょっと探してくるよ」
「私も行きます」
キイが同行を名乗り出ると、キッチンでコーヒーを淹れていたメイが「私も」と顔を覗かせる。
「メイは留守番してて。行き違いになるかもしれないから」
「はぁい」と残念がる彼女を置いて、久志はキイと部屋を出た。
支部の北側にはヘリポートがあり、その向こうは鬱蒼とした緑の風景が広がっている。元々農地だった場所を買い取って建てた支部の周りは、訓練用にと殆ど整地もされていない状態だ。
荒れた風景のどこにやよいが居るのかなんて想像もできないし気配もないが、GPSを無視はできない。銀環の指し示す場所に彼女は居るのだ。
昨夜の雨でぬかるんだ泥が白衣に弾いて、久志は眉を顰めた。
「やよい」
遠くへと呼び掛けながら草の中へ踏み込んでいく。闇雲に探している訳ではないが、そう思わざるを得ない状況に苛立ちが募った。
200メートルほど移動した所で、踏み込んだ足が異質な気配を捕らえる。
頭のてっぺんまでビリと駆け抜ける衝撃は、電流に近かった。
「なにこれ。えっ……まさか、空間隔離?」
数歩退いて、気配のあった方向へ目を凝らす。一見変化のない風景だが、透明な薄い膜が視界を遮っているのが分かる。勿論、ノーマルのキイには見えないものだ。
空間隔離は建物や一般人への被害を防ぐ為に、能力で別次元を作り出す。もう殆ど消えかかっているが、一定の範囲を囲った幕が、中の気配を内側に留めていた。
ここで戦闘が起きたというのか。
燻ぶった隔離壁の範囲は広い。広範囲の空間隔離は特殊能力で、今これを使えるキーダーなど久志は知らなかった。
「だとしたらバスク? いや……実は、って事もあるのか?」
やよいはそんな事するだろうか。
それに、こんな草だらけの場所で空間隔離を使う必要があるとすれば、気配を隠すため──他の能力者に気付かれない為にという事だろう。
「それって、僕にって事だよね?」
この中に答えはあるはずだ。
久志は汗を握り、後方で立ち止まるメイを呼ぶ。
彼女を中に入れるか迷ったが、一人にさせるリスクが大きいと踏んだ。もし何かあっても、彼女一人なら守ることができる。
「僕から離れないでね」
「……はい」
「行くぞ」と気合を入れて、久志は消えかかる隔離空間の中へと踏み込んだ。
風の音が遠ざかって、耳が少し痛い。同時に激しい気配に煽られて、久志は胸を押さえた。
やはりここで戦闘が起きたらしい。
「やよい」
相変わらず返事はなかった。
久志はもう一度彼女の名前を呼んで、ポケットのスマホを掴む。
彼女にもう一度電話を掛ける──鳴らないで欲しいと思った。
けれど、聞き覚えのある着信音が遠くで音を響かせる。
「やよい!」
久志は衝動のまま地面を蹴る。
この先に待ち受ける現実など、考えたくなかった。
悪い予感は杞憂だったねと笑いたかった。
音のすぐ側まで来て、つんのめるように足を止める。視界に飛び込んだ光景に、現実を受け入れられず目を逸らした。
やがてコールは留守録に切り替わって、再び静寂が広がる。
「久志さん?」
追い掛けてきたキイに「来るな!」と叫ぶ。
「えっ?」
「駄目だ、そこに居て」
彼女を数メートル後ろに留めた。
どうすればいいのか分からなかったが、腹を括る。
草むらに隠れた両足があった。ピンと伸びた先に、見覚えのある靴を履いている。
「嫌だ、何で……こんな事あってたまるかよ」
仰向けになった身体は所々を血の色に染めているが、肌はもうその色を失っていた。
「僕はこんな事受け入れないからな?」
暗い朝の空を眺める目がもう戻って来れない状態だと理解して、久志は狂乱のままに叫んだ。
「やよいぃぃい!!」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~
みつまめ つぼみ
キャラ文芸
ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。
彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。
そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!
彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。
離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。
香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる