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Episode4 京子
74 出発前日、嵐の前の静けさ
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四月に入って、いよいよ修司が北陸へ発つ前日となった。
桃也や彰人、そして平野がそうしたように、バスクがキーダーになると北陸支部に併設された訓練施設で1年間を過ごす決まりになっている。
本来ならば去年の五月に銀環を結んでから1,2か月の準備期間を経て異動という流れだが、高校三年生という時期を鑑みて卒業後の出発となった。
「異動って言っても一年だからな、所属もとりあえずは本部のままだ。見られたくないものがあるなら、ちゃんと隠しとけよ?」
「いえ、俺はそういうのは……」
デスクルームの机を片付ける修司に、マサが声を掛ける。数ヶ月前に北陸支部の『訓練室長』という肩書を与えられた彼が、修司の迎えを兼ねて本部を訪れていた。
優雅に鼻歌を歌いながら、手元の資料に目を通している。
「マサさんも暇ならあの部屋片付けてよ。ずっとグチャグチャのままなんだから」
「京子、俺は良いんだよ。あんなの手ぇ付けてたら仕事ができねぇだろ?」
「そうやって何もしないから、部屋がずっと空かないんだよ」
正式に所属が北陸へ移ったマサだが、残された大量の荷物の行き場がなく部屋がそのままになっている。本来ならば力を失った時点で個人部屋の待遇もなくなるが、長官の恩情とやらで強制退去されずにいた。
けれど全く使用されていない現状に、いよいよ施設員たちからも不満の声が出始めている。
「何なら部屋のプレートを『荷物置き場』に変えてくれても良いんだぜ?」
「勝手な事言わないで!」
片付けをしたくないから物を増やさない京子と、物があっても気にしないマサのバトル勃発に、綾斗が「仕事してください」と目を光らせた。
京子たちはお互い文句言いたげに睨み合って、やがて諦めたように顔を逸らす。
春休み中という事もあって、平日のデスクルームにはいつものメンバーが揃っていた。
修司の出発を前に、いつも真面目な美弦が書類仕事も手に着かない様子で周りのやり取りをぼんやりと見つめている。
京子もさっきからずっと手が止まっていた。
美弦を昔の自分に重ねて、食堂から運んできたコーヒーを啜る。初めて北陸へ発った桃也を見送った頃が懐かしい。
「マサさん、修司の事ビシビシ鍛えてやってね」
「まぁ俺や久志はそこそこだろうが、やよいは容赦ねぇからな? 覚悟しとけよ?」
「は、はい」
修司は緊張を走らせる。
「俺、やよいさんに会ったことないんですよ。色々噂には聞いてますけど……綺麗な人ですよね?」
『綺麗』という単語に反応して、美弦が一瞬グッと眉間にシワを寄せる。ハッとした修司がそれを見ないフリしたのに気付いて、マサが大笑いした。
「お前ら面白ぇな。やよいが綺麗だなんて幻想だぜ? 見せかけだけで中身は鬼だからな」
北陸支部にはマサの同期四人組のうち、佳祐以外の三人が在籍している。
四人ともそれぞれに癖が強いが、何故か調和がとれているように見えた。お互いに辛辣な態度をとることも多いが、他人が見るよりも仲が良い。
「鬼なんてことないよ。子供もいて、ちゃんと仕事と子育てを両立してる……私は憧れちゃうな」
「京子があぁなったら腰抜かすけどな。ま、せいぜい鬼教官に扱かれると思っとけば問題ねぇよ」
「鬼……」
ぼそりと呟いた修司の顔がみるみると青ざめて、綾斗が「そんなことないよ」と宥めた。
「マサさん、出発前に怖がらせないで下さい。そりゃやよいさんは厳しいところありますけど、だからこそ頼りになるし。俺はやよいさんや久志さんが居たから、今ここに居れると思ってます」
綾斗は中学の時に起きた事件をきっかけに、高校三年の秋までを北陸で過ごした。三つ年上の京子よりも、彼が二人と過ごした時間は長い。
「それに修司はキーダーになってからあっという間に強くなっただろ? 自信持って」
「確かに美弦がライバル視してたお陰で、二人揃って随分伸びたもんね」
「私は、修司になんて負けませんよ!」
「おい!」
強気な美弦に、修司は一言文句をつける。
「一年後、どっちが強くなってるか勝負だからな?」
ハハと笑ったマサが「そういや」と京子を振り返った。
「桃也は先週から海外だってな。暫く戻らないらしいけど、金髪姉ちゃんと盛り上がってんじゃねぇの?」
デリカシーのかけらもないマサに、部屋の空気がヒヤリとする。
京子はチラと視線を送って来た美弦に「大丈夫だよ」と返して、マサをじっと睨んだ。これでも桃也の話題には平常心で返事できるまでになったつもりだ。
気にしないかと言われれば気にはなるけれど、嫉妬とは少し違う。
「桃也が誰と何しようが、私には関係ないもん」
「そうか。じゃ、俺はそろそろオッサンたちのとこに行ってくるわ」
マサは無自覚に気まずい空気を残して、そのまま部屋を出て行った。
静まり返ったデスクルームに四人の安堵が広がって、京子は「ごめんね」と頭を下げる。
☆
その頃、遠く北陸支部では同期四人組の1人・空閑久志が、同じく四人組の1人である如月やよいを探していた。
桃也や彰人、そして平野がそうしたように、バスクがキーダーになると北陸支部に併設された訓練施設で1年間を過ごす決まりになっている。
本来ならば去年の五月に銀環を結んでから1,2か月の準備期間を経て異動という流れだが、高校三年生という時期を鑑みて卒業後の出発となった。
「異動って言っても一年だからな、所属もとりあえずは本部のままだ。見られたくないものがあるなら、ちゃんと隠しとけよ?」
「いえ、俺はそういうのは……」
デスクルームの机を片付ける修司に、マサが声を掛ける。数ヶ月前に北陸支部の『訓練室長』という肩書を与えられた彼が、修司の迎えを兼ねて本部を訪れていた。
優雅に鼻歌を歌いながら、手元の資料に目を通している。
「マサさんも暇ならあの部屋片付けてよ。ずっとグチャグチャのままなんだから」
「京子、俺は良いんだよ。あんなの手ぇ付けてたら仕事ができねぇだろ?」
「そうやって何もしないから、部屋がずっと空かないんだよ」
正式に所属が北陸へ移ったマサだが、残された大量の荷物の行き場がなく部屋がそのままになっている。本来ならば力を失った時点で個人部屋の待遇もなくなるが、長官の恩情とやらで強制退去されずにいた。
けれど全く使用されていない現状に、いよいよ施設員たちからも不満の声が出始めている。
「何なら部屋のプレートを『荷物置き場』に変えてくれても良いんだぜ?」
「勝手な事言わないで!」
片付けをしたくないから物を増やさない京子と、物があっても気にしないマサのバトル勃発に、綾斗が「仕事してください」と目を光らせた。
京子たちはお互い文句言いたげに睨み合って、やがて諦めたように顔を逸らす。
春休み中という事もあって、平日のデスクルームにはいつものメンバーが揃っていた。
修司の出発を前に、いつも真面目な美弦が書類仕事も手に着かない様子で周りのやり取りをぼんやりと見つめている。
京子もさっきからずっと手が止まっていた。
美弦を昔の自分に重ねて、食堂から運んできたコーヒーを啜る。初めて北陸へ発った桃也を見送った頃が懐かしい。
「マサさん、修司の事ビシビシ鍛えてやってね」
「まぁ俺や久志はそこそこだろうが、やよいは容赦ねぇからな? 覚悟しとけよ?」
「は、はい」
修司は緊張を走らせる。
「俺、やよいさんに会ったことないんですよ。色々噂には聞いてますけど……綺麗な人ですよね?」
『綺麗』という単語に反応して、美弦が一瞬グッと眉間にシワを寄せる。ハッとした修司がそれを見ないフリしたのに気付いて、マサが大笑いした。
「お前ら面白ぇな。やよいが綺麗だなんて幻想だぜ? 見せかけだけで中身は鬼だからな」
北陸支部にはマサの同期四人組のうち、佳祐以外の三人が在籍している。
四人ともそれぞれに癖が強いが、何故か調和がとれているように見えた。お互いに辛辣な態度をとることも多いが、他人が見るよりも仲が良い。
「鬼なんてことないよ。子供もいて、ちゃんと仕事と子育てを両立してる……私は憧れちゃうな」
「京子があぁなったら腰抜かすけどな。ま、せいぜい鬼教官に扱かれると思っとけば問題ねぇよ」
「鬼……」
ぼそりと呟いた修司の顔がみるみると青ざめて、綾斗が「そんなことないよ」と宥めた。
「マサさん、出発前に怖がらせないで下さい。そりゃやよいさんは厳しいところありますけど、だからこそ頼りになるし。俺はやよいさんや久志さんが居たから、今ここに居れると思ってます」
綾斗は中学の時に起きた事件をきっかけに、高校三年の秋までを北陸で過ごした。三つ年上の京子よりも、彼が二人と過ごした時間は長い。
「それに修司はキーダーになってからあっという間に強くなっただろ? 自信持って」
「確かに美弦がライバル視してたお陰で、二人揃って随分伸びたもんね」
「私は、修司になんて負けませんよ!」
「おい!」
強気な美弦に、修司は一言文句をつける。
「一年後、どっちが強くなってるか勝負だからな?」
ハハと笑ったマサが「そういや」と京子を振り返った。
「桃也は先週から海外だってな。暫く戻らないらしいけど、金髪姉ちゃんと盛り上がってんじゃねぇの?」
デリカシーのかけらもないマサに、部屋の空気がヒヤリとする。
京子はチラと視線を送って来た美弦に「大丈夫だよ」と返して、マサをじっと睨んだ。これでも桃也の話題には平常心で返事できるまでになったつもりだ。
気にしないかと言われれば気にはなるけれど、嫉妬とは少し違う。
「桃也が誰と何しようが、私には関係ないもん」
「そうか。じゃ、俺はそろそろオッサンたちのとこに行ってくるわ」
マサは無自覚に気まずい空気を残して、そのまま部屋を出て行った。
静まり返ったデスクルームに四人の安堵が広がって、京子は「ごめんね」と頭を下げる。
☆
その頃、遠く北陸支部では同期四人組の1人・空閑久志が、同じく四人組の1人である如月やよいを探していた。
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