上 下
341 / 620
Episode4 京子

57 初恋の幼馴染

しおりを挟む
綾斗あやとさん、最近京子さんと距離置いてます?」

 デスクルームで見送った京子の足音が遠退とおのいたタイミングで、横に並んだ美弦みつるが綾斗を見上げた。

「そんなことないけど、そう見える?」
「何となく。それとも余裕ってことですか? そんなに落ち着いていられるなんて」

 美弦の目が意味深な雰囲気を醸し出しているが、綾斗はすぐにその意味を理解することができなかった。

「京子さんが帰省するくらい何てことないだろ?」
「中学の同窓会に行くんですよね? それって彰人あきひとさんが居るかもって事じゃないですか?」
「あ──」

 その事実を忘れていた訳ではないが、同窓会と聞いて繋げることができなかった。
 京子にとって彰人は同郷の幼馴染であり、初恋の相手だ。彼女にとっては過去の事だけれど、前に初詣で話をした時『顔を見るとドキドキする』と言っていた言葉が頭の片隅にずっと貼り付いている。

「今日は北で会議の予定入ってますけど、福島なら終わってから行けない距離じゃないと思います」
「……そうだろうね」

 北海道支部とはいえ、所在地は函館だ。そこからは新幹線で移動できるし、彼の仕事によってはヘリの使用も可能だろう。

「京子さんは今フリーなんですから。のんびりしてると誰かに取られちゃいますよ?」

 そんなことを言う美弦は、彰人や桃也とも仲が良い。必死に応援してくれるのは有難いが、だからと言って今何かをすることもできず、綾斗は溜息をついた。

「彰人さんと京子さんが向こうで会ったとしても、そこからどうするかは本人次第。答えを出すのは京子さんだから」
「答え?」
「美弦には俺が距離置いてるように見えるんだろ? それって、俺が保留期間中だから無意識に受け身がちになってるのかも」

 彼女に話すつもりはなかったが、話しても良いと思ったらするりと声に出た。

「俺、京子さんに好きだって言ったんだ。今は返事待ち」
「ええっ、ホントですか?」

 飛びつくように声を上げて、美弦は興奮を抑えるように両手で口元を抑え付けた。何故か彼女の顔が真っ赤になっている。

「京子さん、バレンタインの時何も言ってくれなかったのに……あれより後ですか?」
「ううん、前だよ。けど女子ってそういうのいちいち報告し合うものなの?」
「そういう訳じゃないです。けど、脈のない相手を保留扱いなんて絶対にしませんから!」

 少しくらい期待してもいいのだろうか。
 京子と桃也が別れて、正直嬉しいとは思わなかった。京子を好きなことに変わりはないが、彼女の気持ちがわかる分、最初は元気に振る舞う姿を見ているのが辛かった。
 それでも、久志に背中を押されて想いを伝えた事は良かったと思う。そのお陰で、それまでずっとあった焦りは消えている。

「私、アルガスに来てずっと綾斗さんや京子さんの側に居たんですよ? 綾斗さんが居なかったら、京子さんは桃也さんと別れていなかったと思います」
「そんなことないと思うけど?」
「綾斗さんが居たから、京子さんは今の京子さんで居られるんですからね?」

 突然泣き出しそうに顔を歪めて、美弦はそう訴えた。
 彼女の言う事が本当かどうかは分からないけれど、綾斗は「分かったよ」とポジティブにその言葉を受け止める。

「美弦も四月の事で不安だと思うけど、大丈夫だから」
「──はい」

 今日修司がここに居ないのは、来月から北陸へ移動する準備のためだ。
 高校からそのまま東黄とうおう大へ進学する美弦は、本部在籍のまま訓練施設に入る彼と一年を離れて過ごす予定だ。
 たった一年だと思うけれど、三年前の京子もこの直前の期間を大分落ち込んで過ごしていた。今考えると、そんなに前の事なのかと驚いてしまう。

「彰人さんは、京子さんの事好きだと思います」

 三年前京子とあの夜を過ごした街で、今度は彼女が彰人と会うのだろうか。

「……分かってるよ」

 普段通りに答えたつもりの声がとげを含む。
 自分が思った以上に苛立っているのが分かって、綾斗は右手に拳を握り締めた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

処理中です...