上 下
337 / 620
Episode4 京子

54 予定外の行動

しおりを挟む
 夕方、案の定綾斗あやとがたくさんのチョコをぶら提げて帰って来た。
 窓辺で彼を待ち構えた京子は、空に近いバスケットを手に自室へ戻る彼を呼び止める。
 義理チョコを配るだけなのに、今年は何だか色々と忙しい。

「お帰りなさい」
「ただいま、京子さん」
「今年も凄い量だね」

 修司と美弦みつるはまだ帰ってきていない。シンと静まる廊下に声が響いた。
 改めて近くで見ると、大きな紙袋に入ったチョコレートは隙間なくぎゅうぎゅう詰めになっている。去年までは『モテモテだ』と冷やかしていたのに、今年はそんなテンションが込み上げては来なかった。
 一つ一つのチョコを渡されたシーンを想像して、京子はぎゅっと唇を強く結ぶ。

「どうしました?」

 黙る京子に、綾斗が首を傾げる。
 いつも通りの彼に、いつも通りの返事ができない。

「何か怒ってます?」
「……怒ってない」
「俺、美弦が京子さんとチョコ作るって聞いて、楽しみにしてたんですよ?」

 期待されているのだろうか。彼は手作りチョコと聞いて、どんなものを想像しているのだろう。
 紙袋に入ったチョコはどれも華やかな包装紙に包まれていて、自分の用意したチョコが颯太そうたの言うような『特別』にはどうしても見えなかった。

「そんなに貰ったなら、もう要らないんじゃない?」
「何でそういう事言うんですか。京子さんのは特別です」
「義理でも?」
「義理でも。それに、これだって義理ですからね?」
「えぇ? そんな風に見えないよ。けど本命のは……貰ってないの?」
「好きな人が居るからって断りました」
「いたんだ」

 これだけの量を毎年貰っていたら、何も不思議なことはない。
 本命じゃないと言った中にだって、義理でないチョコは隠れているだろう──そんなモヤモヤした気持ちが、あからさまに顔に出てしまう。

「京子さん、もしかして──嫉妬してます?」
「嫉妬なんてしてないよ!」

 思った以上のボリュームが出て、京子はすぐに「ごめん」と謝った。
 昨日は普通に話していたのに、チョコを渡すというだけでこんなにも意識してしまうのは、やはり告白されたせいなのだろうか。

「……私は綾斗にちゃんと返事してないのに」
「俺はいつでもいいって言いましたよ? 急いだ返事なんていりませんから、京子さんの中で答えが出た時に教えて下さい」

 期限がないと言われても、いつまでも待たせていいものではない。本命のチョコを用意した女子にも申し訳ないと思ってしまう。
 けれど、綾斗とは毎日のように顔を合わせているのに、今の気持ちをうまく言葉にすることができなかった。

「綾斗はどうして私の事好きなの? 前からだって言ってくれたよね? 私は桃也とうやしか見てなかったのに」
「どうして好きかなんて、言葉にしたら嘘っぽく聞こえそうだから言いません」
「そうなの?」
「ただ、諦めようと思うタイミングがなかったから」
「それって、私が桃也と居て幸せそうに見えなかったって事?」
「解釈は任せます。けど、俺は桃也さんにずっと嫉妬してたし、羨ましいと思ってる」
「今も?」
「少しだけ」

 綾斗は寂しそうに笑った。
 そうさせているのが自分だという事は分かる。

「……馬鹿」

 京子は自分のチョコを一つ掴んで、俯いたまま綾斗に尋ねた。

「綾斗は、私が作ったチョコだって聞いても、マズそうだって思わないの? 食堂で施設員の男子に配ったら、凄い顔されたよ?」
「そこ悩んでたんですか? まぁ普段の京子さんを知ってたら、手作りなんて想像できませんからね。けど、だからこそ価値があるんじゃないですか? どんな味かなんて関係ないですよ」

 ジリジリと差し出したチョコを、綾斗は「有難うございます」と受け取る。

「正直言うと、保留期間中は義理さえ貰えないかもって覚悟してたんで、めちゃくちゃ嬉しいです」
「義理……だからね? 味は平次へいじさんに手伝って貰ったから大丈夫だと思う」

 京子はそれを繰り返して、腕にぶら下がるバスケットを睨んだ。
 たくさん作ったチョコレートも残り一つ。そういえばまだ修司に渡していない。

 ──『他と違う事されたって思ったら、心臓射貫いぬいちまうかもな』

 義理だと思って作ったこのチョコレートに、特別な意味を込めたとは思っていない。
 綾斗に本命チョコを渡す予定なんてないけれど、彼を他の人と同じにしたくないと思ってしまうのはどうしてだろう。

 いつも側に居るから? それとも──

「綾斗」

 改めて彼を見上げて、京子はもう一つチョコを掴んだ。
 思わせぶりな態度をとることが良くないのは分かっているけれど。

「もう一個あげる。お世話になってるから」

 突き付けるようにそれを渡して、京子は「じゃあね」と自室に駆け込んだ。
 だから、二つも義理チョコを掴まされた彼が、喜んだのか困惑したのかは分からない。

 京子は扉に張り付いたままズルズルと床にへたり込んだ。
 どうしてこんなことをしたのか。自分でも予定外の行動だった。

「私……ドキドキしてる?」

 ことりと音がして、扉の向こうに綾斗が居るのが分かった。彼もきっと京子がここに居る事に気付いているだろう。

「ご馳走様です」

 壁越しに彼の声が小さく聞こえて、足音が遠ざかって行った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

処理中です...