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Episode4 京子
54 予定外の行動
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夕方、案の定綾斗がたくさんのチョコをぶら提げて帰って来た。
窓辺で彼を待ち構えた京子は、空に近いバスケットを手に自室へ戻る彼を呼び止める。
義理チョコを配るだけなのに、今年は何だか色々と忙しい。
「お帰りなさい」
「ただいま、京子さん」
「今年も凄い量だね」
修司と美弦はまだ帰ってきていない。シンと静まる廊下に声が響いた。
改めて近くで見ると、大きな紙袋に入ったチョコレートは隙間なくぎゅうぎゅう詰めになっている。去年までは『モテモテだ』と冷やかしていたのに、今年はそんなテンションが込み上げては来なかった。
一つ一つのチョコを渡されたシーンを想像して、京子はぎゅっと唇を強く結ぶ。
「どうしました?」
黙る京子に、綾斗が首を傾げる。
いつも通りの彼に、いつも通りの返事ができない。
「何か怒ってます?」
「……怒ってない」
「俺、美弦が京子さんとチョコ作るって聞いて、楽しみにしてたんですよ?」
期待されているのだろうか。彼は手作りチョコと聞いて、どんなものを想像しているのだろう。
紙袋に入ったチョコはどれも華やかな包装紙に包まれていて、自分の用意したチョコが颯太の言うような『特別』にはどうしても見えなかった。
「そんなに貰ったなら、もう要らないんじゃない?」
「何でそういう事言うんですか。京子さんのは特別です」
「義理でも?」
「義理でも。それに、これだって義理ですからね?」
「えぇ? そんな風に見えないよ。けど本命のは……貰ってないの?」
「好きな人が居るからって断りました」
「いたんだ」
これだけの量を毎年貰っていたら、何も不思議なことはない。
本命じゃないと言った中にだって、義理でないチョコは隠れているだろう──そんなモヤモヤした気持ちが、あからさまに顔に出てしまう。
「京子さん、もしかして──嫉妬してます?」
「嫉妬なんてしてないよ!」
思った以上のボリュームが出て、京子はすぐに「ごめん」と謝った。
昨日は普通に話していたのに、チョコを渡すというだけでこんなにも意識してしまうのは、やはり告白されたせいなのだろうか。
「……私は綾斗にちゃんと返事してないのに」
「俺はいつでもいいって言いましたよ? 急いだ返事なんていりませんから、京子さんの中で答えが出た時に教えて下さい」
期限がないと言われても、いつまでも待たせていいものではない。本命のチョコを用意した女子にも申し訳ないと思ってしまう。
けれど、綾斗とは毎日のように顔を合わせているのに、今の気持ちをうまく言葉にすることができなかった。
「綾斗はどうして私の事好きなの? 前からだって言ってくれたよね? 私は桃也しか見てなかったのに」
「どうして好きかなんて、言葉にしたら嘘っぽく聞こえそうだから言いません」
「そうなの?」
「ただ、諦めようと思うタイミングがなかったから」
「それって、私が桃也と居て幸せそうに見えなかったって事?」
「解釈は任せます。けど、俺は桃也さんにずっと嫉妬してたし、羨ましいと思ってる」
「今も?」
「少しだけ」
綾斗は寂しそうに笑った。
そうさせているのが自分だという事は分かる。
「……馬鹿」
京子は自分のチョコを一つ掴んで、俯いたまま綾斗に尋ねた。
「綾斗は、私が作ったチョコだって聞いても、マズそうだって思わないの? 食堂で施設員の男子に配ったら、凄い顔されたよ?」
「そこ悩んでたんですか? まぁ普段の京子さんを知ってたら、手作りなんて想像できませんからね。けど、だからこそ価値があるんじゃないですか? どんな味かなんて関係ないですよ」
ジリジリと差し出したチョコを、綾斗は「有難うございます」と受け取る。
「正直言うと、保留期間中は義理さえ貰えないかもって覚悟してたんで、めちゃくちゃ嬉しいです」
「義理……だからね? 味は平次さんに手伝って貰ったから大丈夫だと思う」
京子はそれを繰り返して、腕にぶら下がるバスケットを睨んだ。
たくさん作ったチョコレートも残り一つ。そういえばまだ修司に渡していない。
──『他と違う事されたって思ったら、心臓射貫いちまうかもな』
義理だと思って作ったこのチョコレートに、特別な意味を込めたとは思っていない。
綾斗に本命チョコを渡す予定なんてないけれど、彼を他の人と同じにしたくないと思ってしまうのはどうしてだろう。
いつも側に居るから? それとも──
「綾斗」
改めて彼を見上げて、京子はもう一つチョコを掴んだ。
思わせぶりな態度をとることが良くないのは分かっているけれど。
「もう一個あげる。お世話になってるから」
突き付けるようにそれを渡して、京子は「じゃあね」と自室に駆け込んだ。
だから、二つも義理チョコを掴まされた彼が、喜んだのか困惑したのかは分からない。
京子は扉に張り付いたままズルズルと床にへたり込んだ。
どうしてこんなことをしたのか。自分でも予定外の行動だった。
「私……ドキドキしてる?」
ことりと音がして、扉の向こうに綾斗が居るのが分かった。彼もきっと京子がここに居る事に気付いているだろう。
「ご馳走様です」
壁越しに彼の声が小さく聞こえて、足音が遠ざかって行った。
窓辺で彼を待ち構えた京子は、空に近いバスケットを手に自室へ戻る彼を呼び止める。
義理チョコを配るだけなのに、今年は何だか色々と忙しい。
「お帰りなさい」
「ただいま、京子さん」
「今年も凄い量だね」
修司と美弦はまだ帰ってきていない。シンと静まる廊下に声が響いた。
改めて近くで見ると、大きな紙袋に入ったチョコレートは隙間なくぎゅうぎゅう詰めになっている。去年までは『モテモテだ』と冷やかしていたのに、今年はそんなテンションが込み上げては来なかった。
一つ一つのチョコを渡されたシーンを想像して、京子はぎゅっと唇を強く結ぶ。
「どうしました?」
黙る京子に、綾斗が首を傾げる。
いつも通りの彼に、いつも通りの返事ができない。
「何か怒ってます?」
「……怒ってない」
「俺、美弦が京子さんとチョコ作るって聞いて、楽しみにしてたんですよ?」
期待されているのだろうか。彼は手作りチョコと聞いて、どんなものを想像しているのだろう。
紙袋に入ったチョコはどれも華やかな包装紙に包まれていて、自分の用意したチョコが颯太の言うような『特別』にはどうしても見えなかった。
「そんなに貰ったなら、もう要らないんじゃない?」
「何でそういう事言うんですか。京子さんのは特別です」
「義理でも?」
「義理でも。それに、これだって義理ですからね?」
「えぇ? そんな風に見えないよ。けど本命のは……貰ってないの?」
「好きな人が居るからって断りました」
「いたんだ」
これだけの量を毎年貰っていたら、何も不思議なことはない。
本命じゃないと言った中にだって、義理でないチョコは隠れているだろう──そんなモヤモヤした気持ちが、あからさまに顔に出てしまう。
「京子さん、もしかして──嫉妬してます?」
「嫉妬なんてしてないよ!」
思った以上のボリュームが出て、京子はすぐに「ごめん」と謝った。
昨日は普通に話していたのに、チョコを渡すというだけでこんなにも意識してしまうのは、やはり告白されたせいなのだろうか。
「……私は綾斗にちゃんと返事してないのに」
「俺はいつでもいいって言いましたよ? 急いだ返事なんていりませんから、京子さんの中で答えが出た時に教えて下さい」
期限がないと言われても、いつまでも待たせていいものではない。本命のチョコを用意した女子にも申し訳ないと思ってしまう。
けれど、綾斗とは毎日のように顔を合わせているのに、今の気持ちをうまく言葉にすることができなかった。
「綾斗はどうして私の事好きなの? 前からだって言ってくれたよね? 私は桃也しか見てなかったのに」
「どうして好きかなんて、言葉にしたら嘘っぽく聞こえそうだから言いません」
「そうなの?」
「ただ、諦めようと思うタイミングがなかったから」
「それって、私が桃也と居て幸せそうに見えなかったって事?」
「解釈は任せます。けど、俺は桃也さんにずっと嫉妬してたし、羨ましいと思ってる」
「今も?」
「少しだけ」
綾斗は寂しそうに笑った。
そうさせているのが自分だという事は分かる。
「……馬鹿」
京子は自分のチョコを一つ掴んで、俯いたまま綾斗に尋ねた。
「綾斗は、私が作ったチョコだって聞いても、マズそうだって思わないの? 食堂で施設員の男子に配ったら、凄い顔されたよ?」
「そこ悩んでたんですか? まぁ普段の京子さんを知ってたら、手作りなんて想像できませんからね。けど、だからこそ価値があるんじゃないですか? どんな味かなんて関係ないですよ」
ジリジリと差し出したチョコを、綾斗は「有難うございます」と受け取る。
「正直言うと、保留期間中は義理さえ貰えないかもって覚悟してたんで、めちゃくちゃ嬉しいです」
「義理……だからね? 味は平次さんに手伝って貰ったから大丈夫だと思う」
京子はそれを繰り返して、腕にぶら下がるバスケットを睨んだ。
たくさん作ったチョコレートも残り一つ。そういえばまだ修司に渡していない。
──『他と違う事されたって思ったら、心臓射貫いちまうかもな』
義理だと思って作ったこのチョコレートに、特別な意味を込めたとは思っていない。
綾斗に本命チョコを渡す予定なんてないけれど、彼を他の人と同じにしたくないと思ってしまうのはどうしてだろう。
いつも側に居るから? それとも──
「綾斗」
改めて彼を見上げて、京子はもう一つチョコを掴んだ。
思わせぶりな態度をとることが良くないのは分かっているけれど。
「もう一個あげる。お世話になってるから」
突き付けるようにそれを渡して、京子は「じゃあね」と自室に駆け込んだ。
だから、二つも義理チョコを掴まされた彼が、喜んだのか困惑したのかは分からない。
京子は扉に張り付いたままズルズルと床にへたり込んだ。
どうしてこんなことをしたのか。自分でも予定外の行動だった。
「私……ドキドキしてる?」
ことりと音がして、扉の向こうに綾斗が居るのが分かった。彼もきっと京子がここに居る事に気付いているだろう。
「ご馳走様です」
壁越しに彼の声が小さく聞こえて、足音が遠ざかって行った。
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