321 / 620
Episode4 京子
38 小さな彼女の好奇心
しおりを挟む
「ちょっと……」
年末年始の移動で混雑は予想していたが、それを遥かに上回る人の波に京子は愕然とした。右を向いても左を向いてもという古典的な言葉が出てしまう程に構内は人が溢れていて、本来の目的を忘れてしまいそうになる。
とりあえず何をすれば良いか考えて、京子は頭上にある電光掲示板を見上げた。
空港は広いけれど、飛行機に乗るだけなら行動範囲は絞られるだろう。
「桃也……」
夜までに出発する福岡便が一つや二つでないことに絶望しながら、ダメ元で彼の気配を探る。けれど綾斗が言った通り、さっぱり掴むことはできなかった。
ここまで来たらと桃也のスマホへ電話するが、いつもと変わらず留守録へ切り替わってしまう。メッセージを入れないままオフにして、搭乗口のあるフロアを端から端まで歩いた。
大盛りのお祝いランチにケーキ二つを平らげたお腹もようやく落ち着いて、京子は腹を撫でながら、ふと足を止める。
「やっぱり向こうなのかな……」
入口のガラス扉の向こうに、もう一つのターミナルビルが見えた。
「どっち……?」
ここを離れるのは吉か凶か──そんなことを考えながらポケットに潜ませたお守りを握り締めると、急に視界に飛び込んできた小さな影が京子のスカートを握り締めた。
「ん?」と驚いて見下ろすと、小学校低学年くらいの少女が半べそをかきながら京子を見上げている。ハーフアップにリボンを付けた、可愛らしい少女だ。
「どうしたの?」
「お母さんが居ないの」
「迷子……ってこと?」
「違う。お母さんが迷子になったから探してほしいの」
「お母さんが?」
いやどうみても逆だろうと思いながら、京子は目を潤ませる彼女に眉をしかめた。
「迷子ならインフォメーションにお願いした方がいいんじゃないかな? 放送もしてくれるだろうし」
「だめ」
京子が近くのカウンターを指差すと、少女はその二文字を強めに訴えてくる。
そして思いもよらぬ一言を言い放ったのだ。
「お姉さんキーダーなんでしょ? キーダーは凄いってお母さんが言ってたもん!」
「えぇ?」
「手に銀色の環をしてる人はキーダーだって。違うの?」
「違……わないけど」
仕方なく答えると、少女の顔がぱあっと笑顔になった。
「じゃあ、本当にキーダー?」
「うん。けど、銀環だけで判断できるものでもないよ? 似てるものも多いし、それだけの理由で知らない人に付いて行くのは危険だよ」
「うん……」
彼女の視線がチラチラと銀環に向いている事に気付いた。
キーダーという名称を出されると無下に断る気にはなれず、
「いいよ、じゃあ私も一緒に探してあげる」
「ありがとう!」
京子は諦め気味に了承する。
自分も人探しの真っ最中なのだから、相手が一人でも二人でも変わらない気がしてきた。
しかし『いいよ』とは言ったものの見当がつかず、京子は通路に並んだベンチに空席を見つけて少女を座らせた。
「迷子になったら、動かない方が良い時もあるんだよ」
昔、京子が林間学校で迷子になった時は、やみくもに歩いたせいでどんどん林の奥へ入り込んでしまった。彰人が居なかったら発見は夜になっていたかもしれない。
「そうなんだ」と足をぶらぶらさせる少女にホッとして、京子はその横に並んだ。
彼女の中で『母親が迷子』という設定はどこかへ飛んで行ってしまったらしい。
「私の事は京子って呼んで貰えればいいけど、貴女の事は何て呼べばいい?」
「私は、カノ。小学三年生だよ」
「カノちゃん? うわぁ、今時の名前。可愛いね」
「うん、お母さんが付けてくれたんだ。お姉さんは京子さんね」
名前だけで時代の差を感じてしまう。
「そうだよ。カノちゃんは何で空港に来たの?」
「京子さんは?」
逆に聞き返されてしまい、答えに窮する。本当のことを言うか迷って、当たり障りのない返事をした。
「見送りかな」
「えっ? 誰の? 恋人?」
「そうじゃないよ。大切な……友達かな」
カノはキョロキョロと辺りを見回す。それらしき人物がいない事に小学生らしからぬ大人びた顔で「怪しい」と腕を組んだ。
「その人どこに居るの? 間に合う?」
「大丈夫だよ」
「なら良かったぁ。私はね、高松のばあばの家から帰って来たの。お父さんがお迎えに来てくれる予定なんだけど、まだ着かないんだって」
四国から戻ったばかりだという彼女は、到着ロビーから二階へ上がって来た所で母親とはぐれてしまったらしい。
「ねぇねぇ、キーダーは超能力が使えるんでしょ? 見たいなぁ」
両手をぎゅっと組み合わせておねだりしてくるカノの声の大きさに、辺りの好奇な視線が集まってしまう。
反射的に手首を袖で隠すが前途多難な空気を感じて、京子は網目のガラス天井を見上げ大きく溜息をついた。
年末年始の移動で混雑は予想していたが、それを遥かに上回る人の波に京子は愕然とした。右を向いても左を向いてもという古典的な言葉が出てしまう程に構内は人が溢れていて、本来の目的を忘れてしまいそうになる。
とりあえず何をすれば良いか考えて、京子は頭上にある電光掲示板を見上げた。
空港は広いけれど、飛行機に乗るだけなら行動範囲は絞られるだろう。
「桃也……」
夜までに出発する福岡便が一つや二つでないことに絶望しながら、ダメ元で彼の気配を探る。けれど綾斗が言った通り、さっぱり掴むことはできなかった。
ここまで来たらと桃也のスマホへ電話するが、いつもと変わらず留守録へ切り替わってしまう。メッセージを入れないままオフにして、搭乗口のあるフロアを端から端まで歩いた。
大盛りのお祝いランチにケーキ二つを平らげたお腹もようやく落ち着いて、京子は腹を撫でながら、ふと足を止める。
「やっぱり向こうなのかな……」
入口のガラス扉の向こうに、もう一つのターミナルビルが見えた。
「どっち……?」
ここを離れるのは吉か凶か──そんなことを考えながらポケットに潜ませたお守りを握り締めると、急に視界に飛び込んできた小さな影が京子のスカートを握り締めた。
「ん?」と驚いて見下ろすと、小学校低学年くらいの少女が半べそをかきながら京子を見上げている。ハーフアップにリボンを付けた、可愛らしい少女だ。
「どうしたの?」
「お母さんが居ないの」
「迷子……ってこと?」
「違う。お母さんが迷子になったから探してほしいの」
「お母さんが?」
いやどうみても逆だろうと思いながら、京子は目を潤ませる彼女に眉をしかめた。
「迷子ならインフォメーションにお願いした方がいいんじゃないかな? 放送もしてくれるだろうし」
「だめ」
京子が近くのカウンターを指差すと、少女はその二文字を強めに訴えてくる。
そして思いもよらぬ一言を言い放ったのだ。
「お姉さんキーダーなんでしょ? キーダーは凄いってお母さんが言ってたもん!」
「えぇ?」
「手に銀色の環をしてる人はキーダーだって。違うの?」
「違……わないけど」
仕方なく答えると、少女の顔がぱあっと笑顔になった。
「じゃあ、本当にキーダー?」
「うん。けど、銀環だけで判断できるものでもないよ? 似てるものも多いし、それだけの理由で知らない人に付いて行くのは危険だよ」
「うん……」
彼女の視線がチラチラと銀環に向いている事に気付いた。
キーダーという名称を出されると無下に断る気にはなれず、
「いいよ、じゃあ私も一緒に探してあげる」
「ありがとう!」
京子は諦め気味に了承する。
自分も人探しの真っ最中なのだから、相手が一人でも二人でも変わらない気がしてきた。
しかし『いいよ』とは言ったものの見当がつかず、京子は通路に並んだベンチに空席を見つけて少女を座らせた。
「迷子になったら、動かない方が良い時もあるんだよ」
昔、京子が林間学校で迷子になった時は、やみくもに歩いたせいでどんどん林の奥へ入り込んでしまった。彰人が居なかったら発見は夜になっていたかもしれない。
「そうなんだ」と足をぶらぶらさせる少女にホッとして、京子はその横に並んだ。
彼女の中で『母親が迷子』という設定はどこかへ飛んで行ってしまったらしい。
「私の事は京子って呼んで貰えればいいけど、貴女の事は何て呼べばいい?」
「私は、カノ。小学三年生だよ」
「カノちゃん? うわぁ、今時の名前。可愛いね」
「うん、お母さんが付けてくれたんだ。お姉さんは京子さんね」
名前だけで時代の差を感じてしまう。
「そうだよ。カノちゃんは何で空港に来たの?」
「京子さんは?」
逆に聞き返されてしまい、答えに窮する。本当のことを言うか迷って、当たり障りのない返事をした。
「見送りかな」
「えっ? 誰の? 恋人?」
「そうじゃないよ。大切な……友達かな」
カノはキョロキョロと辺りを見回す。それらしき人物がいない事に小学生らしからぬ大人びた顔で「怪しい」と腕を組んだ。
「その人どこに居るの? 間に合う?」
「大丈夫だよ」
「なら良かったぁ。私はね、高松のばあばの家から帰って来たの。お父さんがお迎えに来てくれる予定なんだけど、まだ着かないんだって」
四国から戻ったばかりだという彼女は、到着ロビーから二階へ上がって来た所で母親とはぐれてしまったらしい。
「ねぇねぇ、キーダーは超能力が使えるんでしょ? 見たいなぁ」
両手をぎゅっと組み合わせておねだりしてくるカノの声の大きさに、辺りの好奇な視線が集まってしまう。
反射的に手首を袖で隠すが前途多難な空気を感じて、京子は網目のガラス天井を見上げ大きく溜息をついた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~
みつまめ つぼみ
キャラ文芸
ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。
彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。
そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!
彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。
離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。
香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる