スラッシュ/キーダー(能力者)田母神京子の選択

栗栖蛍

文字の大きさ
上 下
315 / 660
Episode4 京子

32 ピンク色のガーベラ

しおりを挟む
 始発のバスを乗り継いで目的地が視界に入る頃、町はようやく朝の色に包まれる。

「ちょっと会わない間に、色々あったみたいね」
「そういう朱羽あげはは龍之介とどうなの? 仲良さそうだってみんな噂してるよ?」
「彼はアルバイト。期待した所で何もないわよ」
「そうなの? 私は──」

 諦めたように口を開く京子に、朱羽が後ろの席からシートを掴んだ。
 バスの乗客は二人だけで、京子はここ最近の出来事を彼女に話す。胸に溜まった想いは少し軽くなった気がした。

 今日はあの日から八年目の大晦日だ。
 桃也とうやに『仕事が終わったら帰る』と言われたまま一週間が過ぎて、音沙汰はない。
 去年も一昨年もその前も、この日に丘を登る相手は朱羽だった。今年もいつものように連絡をくれて、断る理由もなく待ち合わせをした。

「桃也、いつ帰ってくるのかな」

 一度決めた気持ちが有耶無耶うやむやになってしまう前に、きちんと返事をしたいと思う。

「何かあれば教えてあげたいけど、私も観察やサードの仕事までは把握できないのよ」
「分かってるよ。けど今日は特別な日だから、ちょっと期待しちゃう」

 『大晦日の白雪しらゆき』が起きたこの日に、桃也が毎年ここを訪れていたのかどうかは分からない。結局彼には遠慮したまま、そんな話も気軽にできる関係にはなれなかった。

「私、桃也が好きだよ」
惚気のろけてる?」
「うん。惚気てる」

 バスのアナウンスが鳴って停留所を降りると、空気の冷たさに白い息が湧き上がる。
 いつもの花屋には、いつものようにカサブランカが用意されていて、京子はそれを受け取った。朱羽も定番の青い花束をオーダーする。

「ねぇ京子」
 
 店を出た所で、朱羽がふと足を止めた。

「桃也くんを引き留める事は、全然悪い事じゃないと思うわよ。けど京子が決めた事なら、それがどんな答えであれ一番だと思うから」
「そう思う?」
「えぇ。私が今の事務所に行くって言った時、京子は反対したけど止めはしなかったでしょ? やってみたらって言ってくれたの、あれ結構刺さったんだから」
「そんな事もあったね」
 
 もう八年も前の話だ。何となく記憶にはあるが、はっきりとは覚えていない。

「私も京子を応援してる」
「ありがとう、朱羽」

 彼女からのはなむけの言葉だ。
 墓へ向けて歩き出したところで、京子は灰色の視界の奥に華やかなピンク色を見つけて「えっ」と声を震わせた。
 その色が何を示すのか直感的に理解できて、京子は走り出す。

「ちょっと、京子?」

 桃也の家族が眠る墓の前まで走って、京子はその色を前に膝を地面へと落とした。墓石の前にガーベラの花束が供えられていたのだ。

「桃也だ」

 ピンク色のガーベラは、墓に眠る桃也の姉が好きだった花だ。
 マサに呼ばれて東京を離れた彼が、始発のバスで来た京子よりも前にここを訪れていたというのか。タクシーを使ったとしても、昨日は既に近くに居たのかもしれない。

 京子は辺りを見回して、彼の気配を探った。

「感じないよね?」
「えぇ。けど、監察員の彼ならそんなの残さないでしょ? まだ近くに居るんじゃないかしら」

 能力者の気配はないが、それが冬の夜を越した花束には見えなかった。

「私、桃也に会わなきゃ」

 京子ははやる気持ちを抑えながら、カサブランカの花束をガーベラの横に添えて手を合わせる。

「桃也を守って下さい」

 墓に眠る三人に、それを伝えたかった。
 京子はゆっくりと目を開く。けれど一つだけ聞きたいことがあって、解きかけた手を再び閉じた。

「来年もここへ来て良いですか?」

 そっと尋ねた声は、朱羽の耳に届いてしまう。

「いいのよ、私だって来てるんだから」
「朱羽……」
「私の事はいいから、桃也くんの所へ行って」
「ごめん、そうさせてもらう」

 「ありがとう」と頷いて、京子は下り坂へと駈け出す。
 走りながらスマホで彼の番号に発信すると、二回目のコールで呼び出し音が途切れた。留守録じゃない彼の声を聞くのはどれくらい振りだろう。

『掛けてくると思ってた』
「桃也、何処に居るの?」

 声を聞いて泣きそうになる。
 彼はすぐそこに居たのだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

ナマズの器

螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。 不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。

パーフェクトアンドロイド

ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。 だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。 俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。 レアリティ学園の新入生は100名。 そのうちアンドロイドは99名。 つまり俺は、生身の人間だ。 ▶︎credit 表紙イラスト おーい

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

小説家の日常

くじら
キャラ文芸
くじらと皐月涼夜の中の人が 小説を書くことにしました。 自分達の周囲で起こったこと、 Twitter、pixiv、テレビのニュース、 小説、絵本、純文学にアニメや漫画など…… オタクとヲタクのため、 今、生きている人みんなに読んでほしい漫画の 元ネタを小説にすることにしました。 お時間のあるときは、 是非!!!! 読んでいただきたいです。 一応……登場人物さえ分かれば どの話から読んでも理解できるようにしています。 (*´・ω・)(・ω・`*) 『アルファポリス』や『小説家になろう』などで 作品を投稿している方と繋がりたいです。 Twitterなどでおっしゃっていただければ、 この小説や漫画で宣伝したいと思います(。・ω・)ノ 何卒、よろしくお願いします。

処理中です...