上 下
309 / 629
Episode4 京子

27 それが彼の決断なのか──?

しおりを挟む
 修司が『クリスマスイブイブ』だと話したその日の夜、帰宅したマンションに桃也とうやが居た。
 窓から漏れる灯りに彼の帰宅を想像する事など容易いのに、京子は全くその答えに辿り着くことができなかった。

 クリームシチューかグラタンか、そんなメニューを思わせるホワイトソースの匂いが玄関いっぱいに広がっている。
 暖かな空気の中で「お帰り」と迎えられる状況は三年前にタイムスリップしたようで、京子は「何で」と涙腺を緩ませた。

「俺の事、強盗か何かだと思っただろ」
「うん。だって……」

 握り締めた趙馬刀ちょうばとうを指で指摘されて、京子は「ごめん」と腰へしまう。
 戸惑った頭が少しずつ冷静になった。

「とりあえず中に入れよ」

 桃也が京子の腕を引いて、開いたままの扉に手を伸ばす。
 京子は靴を脱ぐと、改めて彼を見上げた。

「まさか桃也だとは思わなくて……いつからいたの?」
「羽田に着いたのが午前中だったから、昼過ぎくらいかな。一応、サプライズのつもりだったんだけど」

 言い切る前に、京子は桃也の胸に飛び込んだ。
 彼は安堵するように京子を抱き締める。

「迷惑だった?」
「ううん、嬉しい。けど急で……どうしよう、心の準備ができてないよ」
「そんなの要らねぇだろ。喜べばいいんじゃないのか?」

 去年もその前のクリスマスも、桃也は帰って来なかった。だから今年も一人が当たり前だと思っていた。

「いつまで居れるの?」

 いつも彼の帰宅には期限が付いている。夏に修司のトレーナーとして帰ってきた時は数週間居たが、いつもは一泊できれば良い位だ。
 元旦の京子の誕生日までとは言わない、せめて明日のクリスマスイブを過ごせたらと期待してしまう。
 不安を感じながら腕の中で彼を見上げると、

「俺、ずっとここに居ようと思う」
「……ずっと?」

 桃也は京子の思いもよらぬことを口にしたのだ。

「キーダーを辞めようと思うんだ」
「え? どういう事?」
「マサに辞表叩き付けてきた。一応、監察かんさつの俺から見て直属の上司だからな」

 彼の出した答えに困惑して、京子はその腕を離れる。
 咄嗟とっさに彼の手首を確認するが、まだ銀環ぎんかんは付いていた。

 『大晦日の白雪』で亡くなった桃也の両親の死因を初めて聞いた時もこんな感じだった気がする。

 頭が白くなるのは、こういう事だ。
 言葉を理解できても、彼が何を言っているのか京子にはさっぱり分からなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...