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Episode4 京子
26 クリスマスイブイブの夜に、彼は。
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気付くと何も進展がないまま年末になっていた。
「今日は、クリスマスイブの前日だからイブイブなんだってさ」
終業時刻が過ぎ、帰り支度をしながら修司が美弦にそんな話をしているのが聞こえてくる。
クラスメイトから仕入れた情報らしく、二人で過ごす初めてのクリスマスを彼なりに盛り上げようとしているらしい。けれど、美弦は「ふぅん」とあまり興味のない素振りを見せる。
「そんなことより早く食堂に行くわよ。平次さんに聞いたんだけど、夕飯はビーフカレーなんですって」
「お前、ほんとにカレーに目がないのな」
美弦が無類のカレー好きだというのは、最近アルガス内に浸透しつつある豆知識だ。
綾斗もそうだが、アルガスの敷地内にある宿舎に住む二人は、ここで朝夕と食事をとる。昼も弁当を支給され、ほぼ三食が平次の作るご飯だった。
美弦に強引に引っ張られながら、修司は部屋を後にする。
「あの二人、仲良いよね。高校生なんてちょっと羨ましいな」
小さくなっていく足音へ顔を向けると、思わず本音が零れた。
綾斗は「そうですね」と暗転したノートパソコンを閉じる。
「俺、来週まで来れませんけど、何かあったら連絡下さいね。すぐ帰ってきますから」
「帰省するんだもんね。大丈夫だよ、どうにかやっとくから」
正月に出勤日を詰め込んだ綾斗は、クリスマスからの数日を年末休暇に充てて実家へ帰るらしい。
「ついでに、北陸支部に顔出してきます。久志さんに蟹食べようってずっと言われてて」
「へぇ。いいなぁ、楽しんで来てね」
「ありがとうございます」
綾斗の実家は福井で、石川にある北陸支部までは車で二時間掛からないほどの距離にあるらしい。
毎年これと言ってクリスマスを盛大に祝っているわけではないが、今年は更に静かな聖夜になりそうだ。
☆
アルガスを出ると、外はもう真っ暗だった。
お昼にアルガスの食堂で冬至カボチャを食べたのは、ついこの間だ。だからまだまだ日の落ちる時間は早い。
一人で歩く帰り道、京子はぼんやりと桃也の事を考えていた。
『いいから、俺に任せて』
あれからまだ一度も連絡はない。
本当にそんな事を言われたのか疑ってしまいそうになるくらいに、遠い記憶になってしまう。あとどれだけ待てば状況が変わるのか、京子には想像もできなかった。
『任せて』と言われた時、嬉しいと思う反面『まただ』と絶望感に捕らわれてしまった。仕事柄仕方のない事はわかっているが、彼の示す期間は昔からいつも曖昧で、その度に京子はずっと彼を待っている。
一年と言った北陸の訓練の末、彼は監察員という選択をして未だに戻ってこない。
いつか一緒になりたいと言って今に至る──限界だった。
京子よりも少し背の高いクリスマスツリーの光るエントランスを通って、京子はマンションのエレベーターを五階まで上る。
家の前まで来た所で、ふと違和感を感じた。
玄関の横にある小さな窓に、光が見えたのだ。
消し忘れたのだろうか──誰も居ない筈の部屋に明かりが灯っている事を警戒してしまうのは、桃也の過去を何度も聞かされているからだ。
辺りに人気のないことを確認して、京子は腰の趙馬刀を抜く。セキュリティが万全なマンションでも、もしもがないとは言えない。
「相手が武器を持ってたら、まず動きを止めて……」
強盗へのシミュレーションは、桃也の乗った電車に飛び乗るよりも鮮明にイメージすることができた。
気配を鎮めてそっと解錠した瞬間、扉の奥でガタリと音がする。やはり誰かいるらしい。
「私の家に入ろうなんて、百年早いんだよ」
力の気配は感じないが、消している可能性は十分にある。
相手がもしバスクだとしても、今なら簡単に勝てる自信はあった。
ここ最近で溜めまくった鬱憤を晴らす勢いで、京子は中へと飛び込む。
何故中が明るかったのか。
その理由がすぐ分かって、京子は驚く。
「お帰り、京子」
桃也が居たのだ。
「今日は、クリスマスイブの前日だからイブイブなんだってさ」
終業時刻が過ぎ、帰り支度をしながら修司が美弦にそんな話をしているのが聞こえてくる。
クラスメイトから仕入れた情報らしく、二人で過ごす初めてのクリスマスを彼なりに盛り上げようとしているらしい。けれど、美弦は「ふぅん」とあまり興味のない素振りを見せる。
「そんなことより早く食堂に行くわよ。平次さんに聞いたんだけど、夕飯はビーフカレーなんですって」
「お前、ほんとにカレーに目がないのな」
美弦が無類のカレー好きだというのは、最近アルガス内に浸透しつつある豆知識だ。
綾斗もそうだが、アルガスの敷地内にある宿舎に住む二人は、ここで朝夕と食事をとる。昼も弁当を支給され、ほぼ三食が平次の作るご飯だった。
美弦に強引に引っ張られながら、修司は部屋を後にする。
「あの二人、仲良いよね。高校生なんてちょっと羨ましいな」
小さくなっていく足音へ顔を向けると、思わず本音が零れた。
綾斗は「そうですね」と暗転したノートパソコンを閉じる。
「俺、来週まで来れませんけど、何かあったら連絡下さいね。すぐ帰ってきますから」
「帰省するんだもんね。大丈夫だよ、どうにかやっとくから」
正月に出勤日を詰め込んだ綾斗は、クリスマスからの数日を年末休暇に充てて実家へ帰るらしい。
「ついでに、北陸支部に顔出してきます。久志さんに蟹食べようってずっと言われてて」
「へぇ。いいなぁ、楽しんで来てね」
「ありがとうございます」
綾斗の実家は福井で、石川にある北陸支部までは車で二時間掛からないほどの距離にあるらしい。
毎年これと言ってクリスマスを盛大に祝っているわけではないが、今年は更に静かな聖夜になりそうだ。
☆
アルガスを出ると、外はもう真っ暗だった。
お昼にアルガスの食堂で冬至カボチャを食べたのは、ついこの間だ。だからまだまだ日の落ちる時間は早い。
一人で歩く帰り道、京子はぼんやりと桃也の事を考えていた。
『いいから、俺に任せて』
あれからまだ一度も連絡はない。
本当にそんな事を言われたのか疑ってしまいそうになるくらいに、遠い記憶になってしまう。あとどれだけ待てば状況が変わるのか、京子には想像もできなかった。
『任せて』と言われた時、嬉しいと思う反面『まただ』と絶望感に捕らわれてしまった。仕事柄仕方のない事はわかっているが、彼の示す期間は昔からいつも曖昧で、その度に京子はずっと彼を待っている。
一年と言った北陸の訓練の末、彼は監察員という選択をして未だに戻ってこない。
いつか一緒になりたいと言って今に至る──限界だった。
京子よりも少し背の高いクリスマスツリーの光るエントランスを通って、京子はマンションのエレベーターを五階まで上る。
家の前まで来た所で、ふと違和感を感じた。
玄関の横にある小さな窓に、光が見えたのだ。
消し忘れたのだろうか──誰も居ない筈の部屋に明かりが灯っている事を警戒してしまうのは、桃也の過去を何度も聞かされているからだ。
辺りに人気のないことを確認して、京子は腰の趙馬刀を抜く。セキュリティが万全なマンションでも、もしもがないとは言えない。
「相手が武器を持ってたら、まず動きを止めて……」
強盗へのシミュレーションは、桃也の乗った電車に飛び乗るよりも鮮明にイメージすることができた。
気配を鎮めてそっと解錠した瞬間、扉の奥でガタリと音がする。やはり誰かいるらしい。
「私の家に入ろうなんて、百年早いんだよ」
力の気配は感じないが、消している可能性は十分にある。
相手がもしバスクだとしても、今なら簡単に勝てる自信はあった。
ここ最近で溜めまくった鬱憤を晴らす勢いで、京子は中へと飛び込む。
何故中が明るかったのか。
その理由がすぐ分かって、京子は驚く。
「お帰り、京子」
桃也が居たのだ。
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