上 下
308 / 597
Episode4 京子

26 クリスマスイブイブの夜に、彼は。

しおりを挟む
 気付くと何も進展がないまま年末になっていた。

「今日は、クリスマスイブの前日だからイブイブなんだってさ」

 終業時刻が過ぎ、帰り支度をしながら修司が美弦みつるにそんな話をしているのが聞こえてくる。
 クラスメイトから仕入れた情報らしく、二人で過ごす初めてのクリスマスを彼なりに盛り上げようとしているらしい。けれど、美弦は「ふぅん」とあまり興味のない素振りを見せる。

「そんなことより早く食堂に行くわよ。平次へいじさんに聞いたんだけど、夕飯はビーフカレーなんですって」
「お前、ほんとにカレーに目がないのな」

 美弦が無類のカレー好きだというのは、最近アルガス内に浸透しつつある豆知識だ。
 綾斗あやともそうだが、アルガスの敷地内にある宿舎に住む二人は、ここで朝夕と食事をとる。昼も弁当を支給され、ほぼ三食が平次の作るご飯だった。
 美弦に強引に引っ張られながら、修司は部屋を後にする。

「あの二人、仲良いよね。高校生なんてちょっと羨ましいな」

 小さくなっていく足音へ顔を向けると、思わず本音が零れた。
 綾斗は「そうですね」と暗転したノートパソコンを閉じる。

「俺、来週まで来れませんけど、何かあったら連絡下さいね。すぐ帰ってきますから」
「帰省するんだもんね。大丈夫だよ、どうにかやっとくから」

 正月に出勤日を詰め込んだ綾斗は、クリスマスからの数日を年末休暇に充てて実家へ帰るらしい。

「ついでに、北陸支部に顔出してきます。久志さんに蟹食べようってずっと言われてて」
「へぇ。いいなぁ、楽しんで来てね」
「ありがとうございます」

 綾斗の実家は福井で、石川にある北陸支部までは車で二時間掛からないほどの距離にあるらしい。
 毎年これと言ってクリスマスを盛大に祝っているわけではないが、今年は更に静かな聖夜になりそうだ。


   ☆
 アルガスを出ると、外はもう真っ暗だった。
 お昼にアルガスの食堂で冬至カボチャを食べたのは、ついこの間だ。だからまだまだ日の落ちる時間は早い。

 一人で歩く帰り道、京子はぼんやりと桃也とうやの事を考えていた。

『いいから、俺に任せて』

 あれからまだ一度も連絡はない。
 本当にそんな事を言われたのか疑ってしまいそうになるくらいに、遠い記憶になってしまう。あとどれだけ待てば状況が変わるのか、京子には想像もできなかった。

 『任せて』と言われた時、嬉しいと思う反面『まただ』と絶望感に捕らわれてしまった。仕事柄仕方のない事はわかっているが、彼の示す期間は昔からいつも曖昧で、その度に京子はずっと彼を待っている。
 一年と言った北陸の訓練の末、彼は監察員という選択をして未だに戻ってこない。
 いつか一緒になりたいと言って今に至る──限界だった。

 京子よりも少し背の高いクリスマスツリーの光るエントランスを通って、京子はマンションのエレベーターを五階まで上る。
 家の前まで来た所で、ふと違和感を感じた。

 玄関の横にある小さな窓に、光が見えたのだ。
 消し忘れたのだろうか──誰も居ない筈の部屋に明かりが灯っている事を警戒してしまうのは、桃也の過去を何度も聞かされているからだ。
 辺りに人気のないことを確認して、京子は腰の趙馬刀ちょうばとうを抜く。セキュリティが万全なマンションでも、もしもがないとは言えない。

「相手が武器を持ってたら、まず動きを止めて……」

 強盗へのシミュレーションは、桃也の乗った電車に飛び乗るよりも鮮明にイメージすることができた。
 気配を鎮めてそっと解錠した瞬間、扉の奥でガタリと音がする。やはり誰かいるらしい。

「私の家に入ろうなんて、百年早いんだよ」

 力の気配は感じないが、消している可能性は十分にある。
 相手がもしバスクだとしても、今なら簡単に勝てる自信はあった。
 ここ最近で溜めまくった鬱憤うっぷんを晴らす勢いで、京子は中へと飛び込む。

 何故中が明るかったのか。
 その理由がすぐ分かって、京子は驚く。

「お帰り、京子」

 桃也が居たのだ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

処理中です...