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Episode4 京子
6 彼と居る為の覚悟
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『いつでも慰めてあげる』
計画実行へと意気込む京子に、朱羽がそんなメールを返してきた。
「それって、失敗すると思ってるでしょ」
スマホの画面を睨みつけて、京子がボヤく。
前に墓へ行った時も朱羽は『もし桃也くんと一緒に来たら~』と勝手な賭けをしていたが、失敗を狙っているのだろうか。
今回の『飛び乗り大作戦』は、朱羽が言い出した事だ。せめて応援くらいして欲しい。
☆
夕方、桃也と二人でアルガスを出た。
同じ部屋で着替えをした時、彼の表情が一瞬強張ったのは、春にできた腹部の傷痕を見られたからだと思う。
気付かないフリをしようとしたけれど目が合って、誤魔化すことはできなかった。
「もう治ってるから大丈夫」
先にそんな言葉で強がると、彼は「そっか」と呟いてそれ以上何も言わなかった。
こうして二人で町を歩くのはどれだけ振りだろうか。
駅から電車に乗って、東京駅を目指す。同じ風景を見つめながら、何気ない日常の風景に二人で溶け込めることが嬉しかった。
マンションのある駅に停車し、桃也が窓から建物を覗き込む。
「寄ってる暇ねぇな」
「仕方ないよ。仕事だもん、こうして会えただけで嬉しいよ」
京子は、申し訳ない顔をする桃也の手を握り締めた。
東京駅に着くと、指定席の新幹線まではまだ時間があった。流石東京だと言わんばかりの人ごみの中をのんびりと歩くが、少しずつ別れの時間が迫って会話が頭に入って来ない。
彼とずっと居る為の覚悟を決める時──そう考えると、緊張で息が詰まりそうになる。
「どうした? 顔色悪いぞ」
「ううん、何でもないよ」
計画がバレてしまったら、止められてしまうと思った。
咄嗟に笑顔を繕うと、桃也は繋いだ京子の手を引いて壁際へ移動する。
「ちゃんと話しなきゃな」
サードの話だ。前に聞いたその答えを躊躇っているように見えたらしい。
すぐ横に並ぶロッカーの前では、サラリーマン風の男がブツブツと文句を言いながら延滞料金を投入していた。とてもそんな話ができる状況ではない。
桃也は腕時計を確認し、少し困った顔をしながらサラリーマに背を向けて京子の傍らに入り込んだ。壁際に並んで見合わせる顔が近い。
「こんなトコで悪ぃな。もっと静かな場所でって思ってたけど、この間も話できなかったから」
「気にしないで」
距離が近いせいで声はハッキリと聞こえる。
ずっとタイミングを逃していたその話題はきちんと話をしなければいけない事だと思うのに、京子は早くホームへ行って彼の元へ飛び乗ってしまいたかった。
立ち止まってしまったら、前へ進めなくなってしまう気がしたからだ。
「桃也、私……」
けれどそんな気持ちを桃也は察してはくれない。
「少し話してもいいか?」
「……うん」
「サード行きの話だけど。俺はさ、他のキーダーの奴らと居ると自分の弱いトコばっか見えるんだよ。だから頑張らねぇとって意地になってた」
「桃也は弱くないよ。だから声が掛かったんでしょ?」
「そうだって思えばいいのか? いまだに信じられねぇけど」
桃也の歯切れの悪さに、別れを切り出されるかと思った。
前を通り過ぎていく恋人たちが幸せそうに見える。
同じ制服を着た二人は、また来週も学校で会うのだろうか。大学生風の男女や、年配のご夫婦、実際はどんな関係なのかも分からないし、もしかしたら自分たちもそう見られているのかもしれない。
けれど、この込み上げてくる寂しさは抑えることができなかった。
涙を堪えて唇をぎゅっと閉じると、その表情を隠すように桃也に抱きしめられた。
「俺はサードになりたいと思う。けど、俺の未来はそれだけじゃないとも思ってる。お前はどうしたい?」
「私は、もっと桃也の側に居たい」
「分かった。じゃあ俺が何とかするから」
「じゃあ、って……?」
「いいから、俺に任せろよ」
彼の腕に力が籠る。
ずっとこのままでいれたらいいのに、『何とかする』の意味が京子には理解できなかった。
頭が冷静でいられなくなって、ずっとシミュレートしていた計画にモヤモヤと霧が掛かる。
彼の言葉に期待してもいいのだろうか──。
ホームへの改札に来て慌ててICカードを出そうとすると、桃也に「ここで良いよ」と阻まれた。
「桃也」
彼の横へ跳び付けば、ずっと一緒に居られるかもしれない。
けれど、向こうへ行く事はできなかった。
「いってらっしゃい」
別れ際、いつも彼を困らせていた涙が、自分でも驚く程に涸れている。
桃也は「おぅ、またな」と笑顔を見せて京子に背を向けた。
計画は失敗に終わった。
計画実行へと意気込む京子に、朱羽がそんなメールを返してきた。
「それって、失敗すると思ってるでしょ」
スマホの画面を睨みつけて、京子がボヤく。
前に墓へ行った時も朱羽は『もし桃也くんと一緒に来たら~』と勝手な賭けをしていたが、失敗を狙っているのだろうか。
今回の『飛び乗り大作戦』は、朱羽が言い出した事だ。せめて応援くらいして欲しい。
☆
夕方、桃也と二人でアルガスを出た。
同じ部屋で着替えをした時、彼の表情が一瞬強張ったのは、春にできた腹部の傷痕を見られたからだと思う。
気付かないフリをしようとしたけれど目が合って、誤魔化すことはできなかった。
「もう治ってるから大丈夫」
先にそんな言葉で強がると、彼は「そっか」と呟いてそれ以上何も言わなかった。
こうして二人で町を歩くのはどれだけ振りだろうか。
駅から電車に乗って、東京駅を目指す。同じ風景を見つめながら、何気ない日常の風景に二人で溶け込めることが嬉しかった。
マンションのある駅に停車し、桃也が窓から建物を覗き込む。
「寄ってる暇ねぇな」
「仕方ないよ。仕事だもん、こうして会えただけで嬉しいよ」
京子は、申し訳ない顔をする桃也の手を握り締めた。
東京駅に着くと、指定席の新幹線まではまだ時間があった。流石東京だと言わんばかりの人ごみの中をのんびりと歩くが、少しずつ別れの時間が迫って会話が頭に入って来ない。
彼とずっと居る為の覚悟を決める時──そう考えると、緊張で息が詰まりそうになる。
「どうした? 顔色悪いぞ」
「ううん、何でもないよ」
計画がバレてしまったら、止められてしまうと思った。
咄嗟に笑顔を繕うと、桃也は繋いだ京子の手を引いて壁際へ移動する。
「ちゃんと話しなきゃな」
サードの話だ。前に聞いたその答えを躊躇っているように見えたらしい。
すぐ横に並ぶロッカーの前では、サラリーマン風の男がブツブツと文句を言いながら延滞料金を投入していた。とてもそんな話ができる状況ではない。
桃也は腕時計を確認し、少し困った顔をしながらサラリーマに背を向けて京子の傍らに入り込んだ。壁際に並んで見合わせる顔が近い。
「こんなトコで悪ぃな。もっと静かな場所でって思ってたけど、この間も話できなかったから」
「気にしないで」
距離が近いせいで声はハッキリと聞こえる。
ずっとタイミングを逃していたその話題はきちんと話をしなければいけない事だと思うのに、京子は早くホームへ行って彼の元へ飛び乗ってしまいたかった。
立ち止まってしまったら、前へ進めなくなってしまう気がしたからだ。
「桃也、私……」
けれどそんな気持ちを桃也は察してはくれない。
「少し話してもいいか?」
「……うん」
「サード行きの話だけど。俺はさ、他のキーダーの奴らと居ると自分の弱いトコばっか見えるんだよ。だから頑張らねぇとって意地になってた」
「桃也は弱くないよ。だから声が掛かったんでしょ?」
「そうだって思えばいいのか? いまだに信じられねぇけど」
桃也の歯切れの悪さに、別れを切り出されるかと思った。
前を通り過ぎていく恋人たちが幸せそうに見える。
同じ制服を着た二人は、また来週も学校で会うのだろうか。大学生風の男女や、年配のご夫婦、実際はどんな関係なのかも分からないし、もしかしたら自分たちもそう見られているのかもしれない。
けれど、この込み上げてくる寂しさは抑えることができなかった。
涙を堪えて唇をぎゅっと閉じると、その表情を隠すように桃也に抱きしめられた。
「俺はサードになりたいと思う。けど、俺の未来はそれだけじゃないとも思ってる。お前はどうしたい?」
「私は、もっと桃也の側に居たい」
「分かった。じゃあ俺が何とかするから」
「じゃあ、って……?」
「いいから、俺に任せろよ」
彼の腕に力が籠る。
ずっとこのままでいれたらいいのに、『何とかする』の意味が京子には理解できなかった。
頭が冷静でいられなくなって、ずっとシミュレートしていた計画にモヤモヤと霧が掛かる。
彼の言葉に期待してもいいのだろうか──。
ホームへの改札に来て慌ててICカードを出そうとすると、桃也に「ここで良いよ」と阻まれた。
「桃也」
彼の横へ跳び付けば、ずっと一緒に居られるかもしれない。
けれど、向こうへ行く事はできなかった。
「いってらっしゃい」
別れ際、いつも彼を困らせていた涙が、自分でも驚く程に涸れている。
桃也は「おぅ、またな」と笑顔を見せて京子に背を向けた。
計画は失敗に終わった。
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