上 下
278 / 629
Episode3 龍之介

83 憧れのヒーロー

しおりを挟む
 ウィルに会いたいと懇願するシェイラを前に、マサが「馬鹿野郎」と大きく溜息を吐き出した。

「やって良い事と悪い事の判断ぐらいしろって言ってんだ。大人だろ? お前に恩なんて何もねぇが、自分の罪を認めて償うっていうなら、ひと目ぐらい会わせてやろうか?」

 突然の恩情に、朱羽あげはが声を張り上げた。

「甘いですよ、マサさん!」
「良くねぇ事は分かってるよ」

 マサは周りのキーダーをサッと見渡し、肩をすくめて見せた。
 ウィルに一目会う事はシェイラが望んだ事だけれど、彼女自身も「本当に?」と半信半疑な顔をする。

「ウィルに会わせてくれるなら、何でもするわ」
「この一回で、会えるまでの時間が更に一年延びたとしても?」
「それでもいい。今、会いたいの」
「なら、こっからの十年を耐えるための覚悟をしてきな。まぁこんだけやらかしたお前の罪をちょっと増やしたところで、たいして変わらねぇってことだ」

 マサはにんまりと笑って、ズボンのポケットに丸めたまま押し込んであったホチキス止めの資料を、バトン渡しのように龍之介へ差し出した。

「これを地下の資料庫に持って行って欲しいって、俺が龍之介に頼むだけだよ。隙を見たシェイラが龍之介の後を追い掛けたなら仕方ねぇだろ? 俺たちがシェイラを探せばいいのさ。ここで逃がした所で、ノーマルにはあの壁を超える事なんてできないからな」
「それを俺がやるんですか?」

 マサの考えた作戦は無理矢理感が否めないが、それ以外の方法も思いつかず、龍之介はペラペラの資料を受け取る。

「お前は硬く考えるな。IDカード持ってるだろ? それで地下の資料庫に行けばいい」
「は、はい」

 龍之介がポケットをまさぐってカードを確認すると、不満顔の朱羽が再びマサに噛みついた。

「甘いですよ、マサさん!」
「なぁに、鉄格子越しになら構わねぇだろ」
「甘いです!」

 朱羽はそれを繰り返して、シェイラを振り返った。

「両想いだから会えるとか、会いたいから会えるとか、そんなに世の中甘くないのよ。けど……ウィルも貴女に会いたいって言ってたわよ」
「……そうなの?」
「貴方が今回した罪をきちんと自覚して。他の誰でもない、ウィルが一番貴女を心配してるんだから」

 ギュッと目を閉じるシェイラは、また泣いてしまう。首の刺青さえなければ、どこにでもいそうな少女だ。
 マサは資料庫までの手順を説明して、最後に「頼んだぞ」と龍之介の肩を叩いた。

「下の警備は外しとく。ガイア、お前は行かなくていいのか?」
「ウィルになんて会いたいとも思わねぇよ」

 シェイラはそんなガイアを一瞥し、マサや朱羽に無言のまま頭を下げた。

「俺はこの夢見る兄ちゃんを医務室に連れて行かねぇとな。修司、手伝ってくれ」
「は、はい」

 長身の銀次をひょいと抱き上げるマサに、龍之介は「そういえば」と声を掛ける。

「昔、銀次がテレビで戦ってるマサさんを見たらしくて。ずっと憧れだったって言ってました」
「嬉しい事言ってくれるじゃねぇか。テレビなんてたまたま出ただけなのにな。そんな時もあったなぁ」

 マサは顔いっぱいに笑顔を広げて、銀次をアルガスの中へと運んでいった。
 目覚めた時、銀次は自分のヒーローを目にするのかもしれない。


   ☆
 背中の向こうにシェイラの足音を聞きながら、龍之介は地下への階段を一歩一歩下りていく。警備を外しておくと言ったマサの言葉通り、廊下はシンとしていた。

 階段が途切れた先は薄暗く、息苦しささえ感じられる。短い廊下の奥に別の階段が下へと伸びているのを確認して、龍之介は『資料庫』と書かれた扉の前に足を止めた。

 機械に自分のカードをかざすと、すんなりロックは解除される。
 少し後ろを歩くシェイラに背を向けたまま、声を潜めて独り言のように呟いた。

「資料の置き場所が分からないから、五分くらいかかりそうだなぁ」

 ほんのり甘い香りを漂わせて気配が背中を通り過ぎる。

「アンタ、もう少し自分の事大事にしろよ」

 ずっと思っていたことをそっと吐き出すが、彼女の耳に届いていたかどうかは分からない。
 階段の奥へと足音が遠ざかって一瞬訪れた沈黙の後、「ウィル」とすすり泣く声が小さく響いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...