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Episode3 龍之介

【番外編】17 昼間の事

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 マサが明日本部に来ると聞いたせいで、望んでも居ない夢を見てしまった。
 北陸に行ったままの彼が「朱羽あげはのために帰って来た」と三割美化された顔でヘリコプターから舞い降りて来ると言うストーリーは、妄想が入りすぎて誰にも話すことのできないものだ。

 叶いもしない幸せのひとときに有頂天になって、目覚めた瞬間に現実を知らされる。
 夢なんて残酷だ。

雅敏まさとしさん……」

 すぐに忘れてしまいそうなシーンを何度も頭に繰り返して、夢の中と同じように彼の名を呟いてみる。
 その呼び方は特別だった。特別になれなかった自分に、彼をファーストネームで呼ぶ権利はない。

「潮時だぞ」

 戒めのように呟いて、朱羽は時間を確認した。
 昼になる所だが、遅めにとった朝食のせいでまだ空腹感はない。龍之介が来る一時までに買い物にでも行こうかと考えた所で、入口のチャイムがピンポンと音を鳴らした。

「誰?」

 龍之介が早く着いたのだろうか──けれど、いつもと明らかに様子が違う。
 チャイムは壊れた機械のように、ピンポンピンポンと止むことを知らずに鳴り続けたのだ。

「ちょっとうるさ……どちら様ですか?」

 戸口に向かって声を強めるが、反応はない。
 嫌がらせか何かだろうか。
 そういえば昔ストーカーに気を付けろと京子に注意されたことがある。まさか自分にそんな災難が降りかかるとは夢にも思わないが、不審な来客には少し警戒してしまう。

 「はい」とロックを解くと、相手が気を緩めたのが分かった。
 ドアノブ越しにほんの僅か、能力の気配を感じたからだ。 

「えっ?」

 相手が能力者だという可能性をよぎらせなかった訳じゃない。
 ただ、まさかという軽率さが命取りになる。こちらを待たずに、扉が外へ向けて開いた。

「見ぃつけた」

 バレた──記憶の片隅に残る声の記憶が、耳を震わせる。
 出口を塞ぐように立つ男は、汗まみれのアロハシャツを肌に貼りつけて、ニヤリと笑った。
 去年捕まえたウィルの仲間で、窃盗団の一人・ガイアだ。

 すかさず気配を強める朱羽に、彼は「待てよ」と予想外の交渉を持ち掛ける。
 彼の仲間であるウィルを監獄送りにしたのは京子だという事になっているが、実際は朱羽が一人でやったことだ。あの時直接戦っていないガイアは、春に会った時それを疑わなかった。
 なのにどうして今ここにいるのか。

「桜の時の恨みでも晴らしに来たの?」

 カツアゲされていた龍之介を助けて、ガイアがバスクだと知った。
 そのまま彼を逃がした事はキーダーとして失格だと思うが、ウィルの時と同じてつは踏みたくなかった。花見客の多い通りで、事を荒立たせたくなかったからだ。

「あの時は何もしてねぇだろ。金は奪いそびれたけどな。俺は田母神たもがみ京子に用があんだよ」
「ウィルのこと?」
「あぁ。アンタにおとりになってもらう」

 バレていないのだろうか。

「どうして私がそんなのにならなきゃならないのよ。京子に会いたいなら、直接アルガスに行けばいいじゃない」
「こっちにも都合があんだよ。嫌ならここで戦って、アンタの首だけ持って行っても構わないんだぜ?」
「生首なんて、いつの時代の話よ」
「これでも遠慮してやってんだけどな。このビルにはアンタ以外の一般人が居るんだろ?」

 ガイアが両腕を組むと、首にぶら下がった金色のネックレスがジャラと重い音を響かせる。

「シェイラは居るの?」
「外に居るぜ。アンタが逃げたら、ここが飛ぶと思いな」
「居るのか……」

 ノーマルの彼女の気配を読むことはできない。
 ガイア一人だけならどうにでもなりそうな気がするのに、彼女が潜んでいるというだけで身動きが取り難い。

「アイツは容赦ねぇ女だからな、俺ごと吹っ飛ばすかもよ。アイツの気分次第でドンだ」

 手刀で首を斬る真似をして、ガイアは舌をベロリと出す。
 ガイアたち三人の中で、ノーマルの彼女が一番冷酷な事は資料で読んでいる。

「──そういう女よね。ノーマルだからって野放しにしてきたツケが回って来たって事かしら」
「そういう事だ。どうする?」
「じゃあ、場所を指定させて。そうしたら囮にでもなんでもなってあげるから」

 ノーマルを敵にして、キーダーはこんなにも無力なのか。
 頭が痛かった。いつもの薬が欲しいと思ってテーブルへ伸ばした手が、ビンに触れた所でガイアに捕まれる。ラグの上へ落下した瓶に気付かないまま、ガイアは腰のベルトにぶら提げていた白いロープを朱羽に突き出した。

「交渉成立だ。そんなか弱そうな顔して、アンタは喧嘩相手に酒瓶振り回そうとする女だからな、囮らしく縛らせてもらうぜ」

 そこはハッキリと覚えているらしい。
 縛られた縄は思ったよりも緩かった。外そうと思えば外せてしまいそうだが、今はそうしないでおく。

「下手な真似したら承知しねぇからな」

 試されているんじゃないかと思える程、ガイアはツメが甘い。ただ、能力者として戦闘になればそれなりに強いだろう。

 戦場には慰霊塔を指定した。
 近隣でアルガスの息が掛かった場所と言えば、そこくらいしか思い浮かばなかったからだ。
 京子や桃也とうやには申し訳ないと思うが、きっと分かってくれるだろう。
 それよりも、龍之介は空の事務所を見てどう思うだろうか。

「助けに来るとか言うのかしら──まさかね」

 車移動して広場に着くと、ガイアが唐突に手榴弾を使った。

「派手にやってくれたわね」

 途端に公園内が悲鳴に満ちる。
 爆発の規模や方向を見ると、ガイアもそれなりに考えているのかもしれない。

「これが終われば、雅敏さんに会えるかしら」

 またその名前を呟いて、朱羽はゆっくりと目を閉じた。

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