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Episode3 龍之介
72 隠し事
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扉を閉めた音と感触に、バラけた感情が整う。
綾斗は廊下の奥を見据えて、小さく唇を噛んだ。
「同じだ」
あの時もそうだった。
中三の修学旅行で、一人になった時を狙われた。
側に寄ってきたセダンの後部ドアが突然開いて、中から出てきた見知らぬ男に車内へと押し込まれたのだ。
あの時は覚醒直後で、咄嗟に力を使うことができなかった。何より、相手の顔をいまだに思い出すことができない。
まだアルガスへの着任前だからと油断していた。
潮の香りがする誰も居ない倉庫で一人目覚めたことに、今までにない屈辱を味わった。
銀環がなかったら、大規模な暴走を起こしていたと思う。
あの日の自分への怒りと、今の感情は似ている。
京子の涙を受け止めることのできない自分に腹が立つ。
放り出されたスマホを見ただけで彼女の不安や涙の理由は何となく理解できるのに、頭のどこかで彼に遠慮して、それ以上の行動を躊躇ってしまう。
彼女を好きだと思った時は、確かに心のどこかで諦めていたのかもしれない。けれど物理的に桃也と距離の離れた京子を側で見守るようになって、正しい道を選ぼうなんて気持ちはどこかに吹き飛んでしまった。
それなのに、ここぞという時に理性が働いてしまう。
彼女の葛藤は、この間桃也から聞いた言葉に少なからず影響しているのだろう。
──『……いや、俺さ。サードに呼ばれたんだ』
「根性なし」
呆れたように吐いて階段を降りたところで、足音が綾斗を迎える。
「綾斗さん!」
二階の奥から美弦が飛び出してきた。
彼女も外の気配に気付いてじっとはしていられなかったのだろう。けれど、彼女の意思にGoを出すには、負った傷が深すぎる。
「私も出ます!」
「駄目だよ。美弦は怪我してるんだから、待っててって言っただろ?」
「でも……」
必死な彼女に、「大丈夫だよ」と首を振った。修司を朱羽の所へ行かせた時に、美弦は出さないと決めている。
「俺一人で十分だ」
今感じ取れる気配は、物理的なものだ。
能力的な気配は大分遠い場所で動いている。だから、今外に居るのはシェイラだろう。
美弦が彼女にやられっぱなしでいられない性分なのは重々承知だ。
けれど、昼の怪我の責任も綾斗は自分にあると思っている。彼女を龍之介の元へ向かわせると京子に言われて、一人で行かせた判断は浅はかだったのかもしれない。
「美弦の敵も取って来るから。くれぐれも窓から飛び出さない事。いいね?」
「は、はい。分かりました。綾斗さん気を付けて下さいね」
「うん、ありがと」
ちゃんと言っておかないと、次こそやりかねない。
綾斗は部屋へ戻る美弦を見送り、外へ向かった。
門の内側では既に戦闘が始まっていて、護兵たちがシェイラと白兵戦を繰り広げている。
芝生敷きの地面に燻ぶった炎の色が見えて、立ち込める火薬の匂いに目を細めた。
「やっぱりね」
今アルガスで戦えるキーダーは綾斗一人だ。
綾斗の登場に護兵たちが攻撃の手を緩める。
武器を幾つもぶら下げたシェイラが、タガーを手に綾斗と対峙した。彼女は首元の龍をねっとりと撫で上げ、強い目で綾斗を睨む。
「ウィルを返して!」
想いを全て吐き出すように、シェイラは叫んだ。
これが、彼女の覚悟なのだろう。
「一人で来たのは褒めてあげるよ。もしやと思って修司くんを向こうに行かせたのは正解だったな」
「強がっても無駄よ」
「キーダーが二人も怪我してるからね。朱羽さんを向こうに向かわせれば、こっちが手薄になるとでも思った? 俺も甘く見られたもんだね。その言葉そのまま返してあげるから、せいぜい死なない努力をするんだな」
あの日もそうだった。
──『黙っとけよ』
そう言われた力を、今も馬鹿正直に隠している。言葉の意図を聞けないまま、彼には殆ど会えていない。
「けど、今はちょっと抑えていられないかも」
倉庫に閉じ込められた綾斗は、自分の不甲斐なさにブチ切れたのだ。
「今日は、虫の居所が悪いんだ。気を付けた方が良いよ」
あの日、激情に駆られた綾斗に勝てる奴はいなかった。いや今考えると、そんな大物は姿を現すリスクを避けただけなのかもしれない。
「うるさい!」
威嚇するように声を上げて、銃を構えたシェイラが躊躇なく綾斗へ発砲した。
ダンと腹に響く音を立てた弾は、綾斗の手前で空へと弾かれる。
「やめておいた方が身のためだよ」
平然とする綾斗にシェイラは焦燥を滲ませつつ、腰に提げた袋に手を突っ込んだ。
彼女に、やめる選択肢はない。
取り出した弾のピンを抜いて、綾斗に向かって投げ付ける──公園でチラつかせた手榴弾だった。
綾斗は廊下の奥を見据えて、小さく唇を噛んだ。
「同じだ」
あの時もそうだった。
中三の修学旅行で、一人になった時を狙われた。
側に寄ってきたセダンの後部ドアが突然開いて、中から出てきた見知らぬ男に車内へと押し込まれたのだ。
あの時は覚醒直後で、咄嗟に力を使うことができなかった。何より、相手の顔をいまだに思い出すことができない。
まだアルガスへの着任前だからと油断していた。
潮の香りがする誰も居ない倉庫で一人目覚めたことに、今までにない屈辱を味わった。
銀環がなかったら、大規模な暴走を起こしていたと思う。
あの日の自分への怒りと、今の感情は似ている。
京子の涙を受け止めることのできない自分に腹が立つ。
放り出されたスマホを見ただけで彼女の不安や涙の理由は何となく理解できるのに、頭のどこかで彼に遠慮して、それ以上の行動を躊躇ってしまう。
彼女を好きだと思った時は、確かに心のどこかで諦めていたのかもしれない。けれど物理的に桃也と距離の離れた京子を側で見守るようになって、正しい道を選ぼうなんて気持ちはどこかに吹き飛んでしまった。
それなのに、ここぞという時に理性が働いてしまう。
彼女の葛藤は、この間桃也から聞いた言葉に少なからず影響しているのだろう。
──『……いや、俺さ。サードに呼ばれたんだ』
「根性なし」
呆れたように吐いて階段を降りたところで、足音が綾斗を迎える。
「綾斗さん!」
二階の奥から美弦が飛び出してきた。
彼女も外の気配に気付いてじっとはしていられなかったのだろう。けれど、彼女の意思にGoを出すには、負った傷が深すぎる。
「私も出ます!」
「駄目だよ。美弦は怪我してるんだから、待っててって言っただろ?」
「でも……」
必死な彼女に、「大丈夫だよ」と首を振った。修司を朱羽の所へ行かせた時に、美弦は出さないと決めている。
「俺一人で十分だ」
今感じ取れる気配は、物理的なものだ。
能力的な気配は大分遠い場所で動いている。だから、今外に居るのはシェイラだろう。
美弦が彼女にやられっぱなしでいられない性分なのは重々承知だ。
けれど、昼の怪我の責任も綾斗は自分にあると思っている。彼女を龍之介の元へ向かわせると京子に言われて、一人で行かせた判断は浅はかだったのかもしれない。
「美弦の敵も取って来るから。くれぐれも窓から飛び出さない事。いいね?」
「は、はい。分かりました。綾斗さん気を付けて下さいね」
「うん、ありがと」
ちゃんと言っておかないと、次こそやりかねない。
綾斗は部屋へ戻る美弦を見送り、外へ向かった。
門の内側では既に戦闘が始まっていて、護兵たちがシェイラと白兵戦を繰り広げている。
芝生敷きの地面に燻ぶった炎の色が見えて、立ち込める火薬の匂いに目を細めた。
「やっぱりね」
今アルガスで戦えるキーダーは綾斗一人だ。
綾斗の登場に護兵たちが攻撃の手を緩める。
武器を幾つもぶら下げたシェイラが、タガーを手に綾斗と対峙した。彼女は首元の龍をねっとりと撫で上げ、強い目で綾斗を睨む。
「ウィルを返して!」
想いを全て吐き出すように、シェイラは叫んだ。
これが、彼女の覚悟なのだろう。
「一人で来たのは褒めてあげるよ。もしやと思って修司くんを向こうに行かせたのは正解だったな」
「強がっても無駄よ」
「キーダーが二人も怪我してるからね。朱羽さんを向こうに向かわせれば、こっちが手薄になるとでも思った? 俺も甘く見られたもんだね。その言葉そのまま返してあげるから、せいぜい死なない努力をするんだな」
あの日もそうだった。
──『黙っとけよ』
そう言われた力を、今も馬鹿正直に隠している。言葉の意図を聞けないまま、彼には殆ど会えていない。
「けど、今はちょっと抑えていられないかも」
倉庫に閉じ込められた綾斗は、自分の不甲斐なさにブチ切れたのだ。
「今日は、虫の居所が悪いんだ。気を付けた方が良いよ」
あの日、激情に駆られた綾斗に勝てる奴はいなかった。いや今考えると、そんな大物は姿を現すリスクを避けただけなのかもしれない。
「うるさい!」
威嚇するように声を上げて、銃を構えたシェイラが躊躇なく綾斗へ発砲した。
ダンと腹に響く音を立てた弾は、綾斗の手前で空へと弾かれる。
「やめておいた方が身のためだよ」
平然とする綾斗にシェイラは焦燥を滲ませつつ、腰に提げた袋に手を突っ込んだ。
彼女に、やめる選択肢はない。
取り出した弾のピンを抜いて、綾斗に向かって投げ付ける──公園でチラつかせた手榴弾だった。
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