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Episode3 龍之介
36 黒い誘惑
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「もう一度言うわよ、貴方は消えてちょうだい。私は手段を選ばないから」
さすまたを構えたまま動かない龍之介を相手に、シェイラは裾がボロボロのショートパンツの後ろへと右手を潜ませた。
「敵が目の前に居るっていうのに何もできない貴方が、ここで幾ら足掻いたって空しくなるだけじゃない? 何ならこっちに入れてやってもいいのよ?」
ニヤリと上を向く口角。隠れたままの右手に不安を覚えて、龍之介は首をぶんと横に振った。
「自分の価値を知りなさい。アルガスに通じている貴方が私たちに協力してくれるっていうなら、私は貴方に力を与えてあげることができるわ」
「力を与えるって、どういう意味だ?」
「手段は幾らでもある。私はノーマルだけれど、ちゃんと戦えるってことよ」
それは甘い誘惑に聞こえた。けれど龍之介の頭が、彼女の言葉は危険だと訴えてくる。
「お、俺がそんな話に乗ると思ったら大間違いだからな?」
振り切るように龍之介が声を上げると、シェイラは唇の端をスッと下げて「分かったわ」と呟いた。
「田母神京子を死の寸前にまで追いやれば、ウィルが戻って来るだろうって思ったけど。貴方をここで殺してしまえば何かが変わるかしら」
彼女の言葉を一瞬理解できず、龍之介は「えっ」と目を見開く。
再び彼女の右手が現れた時、空だったはずの掌には目を疑う武器が握りしめられていた。
Y字に開いたさすまたの間から龍之介の目の前に突きつけられたのは、金属で筒状の黒い先端だ。
相手が同じノーマルだからと油断していた。
真っ昼間の東京で、そんな事があっていいのだろうか。キーダーやバスクの能力を主にした戦いを前に、こんなありふれた武器が出てくるとは思わなかった。
「銃……かよ」
恐怖に声を絞り出すのがやっとだった。
彼女の手に握られた銃は、リボルバータイプという事しか龍之介には分からない。
これが本物かどうか考えている暇はなかった。九十九パーセントが本物で、けれど一パーセントの確率で偽物だったらラッキーと思えばいいくらいの状況だ。
叫んだら一瞬で引き金を引かれてしまいそうで、助けを求める勇気は出ない。
脇を通った女子のグループが、銃を目にして「キャアア」と甲高い悲鳴を上げて走り去っていく。
辺りは一気に騒然となった。
無駄死になんてしたくないし、する気もないけれど。
「う、撃てるもんなら撃ってみろよ」
逃げ腰のまま震える声で強がった龍之介に、シェイラは声を上げて笑う。
「じゃあ、遠慮なく」
彼女に躊躇いはなかった。
ダン、と腹に響く音が耳をつんざいて、視界が暗転する。
真横から来た硬い衝撃に、龍之介の足が地面を離れたのはほぼ同時だ。
「キーダーか!」
シェイラの叫び声に自分の生死も分からぬまま、龍之介は遠のいていく耳の奥でパトカーのサイレンと自分を怒号する彼女の声を聞いた気がした。
さすまたを構えたまま動かない龍之介を相手に、シェイラは裾がボロボロのショートパンツの後ろへと右手を潜ませた。
「敵が目の前に居るっていうのに何もできない貴方が、ここで幾ら足掻いたって空しくなるだけじゃない? 何ならこっちに入れてやってもいいのよ?」
ニヤリと上を向く口角。隠れたままの右手に不安を覚えて、龍之介は首をぶんと横に振った。
「自分の価値を知りなさい。アルガスに通じている貴方が私たちに協力してくれるっていうなら、私は貴方に力を与えてあげることができるわ」
「力を与えるって、どういう意味だ?」
「手段は幾らでもある。私はノーマルだけれど、ちゃんと戦えるってことよ」
それは甘い誘惑に聞こえた。けれど龍之介の頭が、彼女の言葉は危険だと訴えてくる。
「お、俺がそんな話に乗ると思ったら大間違いだからな?」
振り切るように龍之介が声を上げると、シェイラは唇の端をスッと下げて「分かったわ」と呟いた。
「田母神京子を死の寸前にまで追いやれば、ウィルが戻って来るだろうって思ったけど。貴方をここで殺してしまえば何かが変わるかしら」
彼女の言葉を一瞬理解できず、龍之介は「えっ」と目を見開く。
再び彼女の右手が現れた時、空だったはずの掌には目を疑う武器が握りしめられていた。
Y字に開いたさすまたの間から龍之介の目の前に突きつけられたのは、金属で筒状の黒い先端だ。
相手が同じノーマルだからと油断していた。
真っ昼間の東京で、そんな事があっていいのだろうか。キーダーやバスクの能力を主にした戦いを前に、こんなありふれた武器が出てくるとは思わなかった。
「銃……かよ」
恐怖に声を絞り出すのがやっとだった。
彼女の手に握られた銃は、リボルバータイプという事しか龍之介には分からない。
これが本物かどうか考えている暇はなかった。九十九パーセントが本物で、けれど一パーセントの確率で偽物だったらラッキーと思えばいいくらいの状況だ。
叫んだら一瞬で引き金を引かれてしまいそうで、助けを求める勇気は出ない。
脇を通った女子のグループが、銃を目にして「キャアア」と甲高い悲鳴を上げて走り去っていく。
辺りは一気に騒然となった。
無駄死になんてしたくないし、する気もないけれど。
「う、撃てるもんなら撃ってみろよ」
逃げ腰のまま震える声で強がった龍之介に、シェイラは声を上げて笑う。
「じゃあ、遠慮なく」
彼女に躊躇いはなかった。
ダン、と腹に響く音が耳をつんざいて、視界が暗転する。
真横から来た硬い衝撃に、龍之介の足が地面を離れたのはほぼ同時だ。
「キーダーか!」
シェイラの叫び声に自分の生死も分からぬまま、龍之介は遠のいていく耳の奥でパトカーのサイレンと自分を怒号する彼女の声を聞いた気がした。
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