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Episode3 龍之介
21 地下牢の男
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休憩中の施設員で賑わう食堂の隅で、龍之介は夜桜で遭遇した二人の話に加えて、昼間の事を京子に伝えた。
「さっき朱羽さんのトコに行く前、俺その男を公園で見掛けたんです。女の方はいなかったけど」
更に表情を強張らせる京子は、「何もされなかった?」と困惑を見せる。
「はい。向こうは俺に気付かなかったんだと思います。会うと不味い人なんですか?」
「……まぁね」と言い辛そうに返事する京子。
「朱羽の所にいるなら知ってて良いのかもね。多分間違いないと思うけど、そいつらはただの不良じゃないんだよ。元々三人組で、もう一人の男がバスクだったの。バスクって意味は分かる?」
「キーダーじゃない能力者って事ですよね?」
「そう。その力を使って、思いつくような悪さは殆どしたんじゃないかな。恐喝や盗難、賭け事で故意に勝ちを取りに行ったり……悪いバスクの典型的なものだよ」
「恐喝……」
「龍之介くんもそうだった? 去年の秋にバスクの男を捕まえたってのに、あの二人懲りてないんだね」
「捕まってるんですか?」
「うん。今ここの地下牢に収監してる」
「ここの? この建物の地下って事ですか?」
龍之介は驚いて、人差し指で足元を指した。
「そうだよ。能力を剝奪したバスクの処罰は本来警察の仕事なんだけど、犯罪歴や内容によってはウチが預かることもあるの。他の二人も一度捕まえたけど、直接手を出していないからって釈放されちゃったんだ。能力が絡む事件だとノーマルに甘いのはアルガスの悪い所だよ」
「もしかして、バスクの男が捕まったのって街中で戦ったやつですか? 俺の友達の友達が撮ったっていう現場の写真を見せてもらったんです。ボヤけてたけど」
「そんな面倒な写真が広がってるの?」
ふと見上げた京子がどこか気不味い顔をしたのが分かった。龍之介は何か悪いことを言ってしまった気がして、躊躇いながら言葉を続ける。
「戦っているキーダーは髪の長い女性の後ろ姿でした。あれって京子さんなんですよね?」
「うん、そうだよ」
「やっぱり! 女性も戦うなんて大変そうだけど、無茶苦茶カッコいいですね」
「ありがとう」
疑問が解けた安堵と高揚が入り混じって、龍之介はテーブルの下に握った手でガッツポーズをした。
京子は顔の前に流れた髪を耳に掛けて、少し黙る。
「ところで龍之介くん、公園でその男に会ったこと朱羽にも言った?」
「いえ」
「なら言わないで貰ってもいい?」
「……はい」
京子は声を潜めて辺りを一瞥した。やはり彼女にとってこの話は、タブーだったのかもしれない。
「アイツらと接触しただなんて朱羽から報告されてないし……今度は一人でどうにかするつもり?」
京子は独り言のように呟いて、机の上でぎゅっと両手を組み合わせた。
「なんかあったんですか?」
「まぁ……色々ね。それより教えてくれてありがとう。いい? 龍之介くんはノーマルなんだから、何があっても自分を守ることを第一に考えて。戦おうなんて絶対に考えちゃ駄目だよ?」
「俺が戦うなんて、無理ですよ」
まっすぐな瞳に見つめられて、龍之介が大振りに手を振る。
「一応、携帯の番号を教えて貰ってもいいかな?」
京子はスカートのポケットから真っ赤なスマホを取り出した。
言われるままに電話番号を伝えると、すぐにベルが鳴る。登録外の番号がモニターに点滅していた。
「いつでも繋がるようにしてあるから、何かあったらすぐに知らせて。この事も内緒にしてね」
「分かりました。あっ」
食堂に入って来る朱羽を見つけて、龍之介は慌てて「お帰りなさい」と彼女を迎える。
「ちょっと、京子。うちの龍之介を誘惑しないでくれる?」
「誘惑なんてしてません」
背後に立った朱羽を、京子は驚きもせず振り返る。
「ね?」と京子に言われて、龍之介はこくこくと頭を前に振った。
「で、アンタはオジサンたちに何言われてきたの?」
「別に、いつも通りの定期報告よ」
「ふぅん、お茶会ね」
「お茶会って言わないで!」
茶化す京子に、朱羽はぷぅと頬を膨らませる。
「龍之介くんの採用は、あの三人の意向なんでしょ? ちゃんとお礼言ったの?」
「言ったわよ。けどさっき綾斗くんに言われたわ、定期的にここへ通うのが嫌ならアルガスに戻れって。もういっそのことトールになろうかしら」
トールというのはキーダーが故意に力を消失させて、ノーマルと同じ状態になるという事だ。そんなことになったら龍之介の失業確定で、朱羽との関係も終了してしまう。
「俺、リストラされるんですか?」
「大丈夫だよ、龍之介くん。このコ絶対にそんなこと思っていないから」
ニヤリと笑う京子を仏頂面で眺めて、朱羽は「行くわよ」と龍之介を促した。
慌てて立ち上がる龍之介の横で、京子は「ねぇ」と朱羽に声を掛ける。
「聞いた? 結婚するって」
「貴女が?」
「違うでしょ」
誰がとは言わなかったけれど、龍之介にもその答えは予想ができた。綾斗も言っていた、朱羽が昔好きになったという二人のトレーナーのことだ。
朱羽は強く唇を結んだまま、全身を強張らせて宙をじっと睨みつける。そして、緊張を解くように「分かってるわよ」と呟いた。
京子は「うん……」と言葉を躊躇って、溜息を零す。
「忘れろなんて言わないけど、ちゃんと諦めるんだよ?」
「だから、分かってる。お互いにね」
突き返すようにそう言って歩き出した朱羽を、龍之介は小走りに追い掛けた。
「さっき朱羽さんのトコに行く前、俺その男を公園で見掛けたんです。女の方はいなかったけど」
更に表情を強張らせる京子は、「何もされなかった?」と困惑を見せる。
「はい。向こうは俺に気付かなかったんだと思います。会うと不味い人なんですか?」
「……まぁね」と言い辛そうに返事する京子。
「朱羽の所にいるなら知ってて良いのかもね。多分間違いないと思うけど、そいつらはただの不良じゃないんだよ。元々三人組で、もう一人の男がバスクだったの。バスクって意味は分かる?」
「キーダーじゃない能力者って事ですよね?」
「そう。その力を使って、思いつくような悪さは殆どしたんじゃないかな。恐喝や盗難、賭け事で故意に勝ちを取りに行ったり……悪いバスクの典型的なものだよ」
「恐喝……」
「龍之介くんもそうだった? 去年の秋にバスクの男を捕まえたってのに、あの二人懲りてないんだね」
「捕まってるんですか?」
「うん。今ここの地下牢に収監してる」
「ここの? この建物の地下って事ですか?」
龍之介は驚いて、人差し指で足元を指した。
「そうだよ。能力を剝奪したバスクの処罰は本来警察の仕事なんだけど、犯罪歴や内容によってはウチが預かることもあるの。他の二人も一度捕まえたけど、直接手を出していないからって釈放されちゃったんだ。能力が絡む事件だとノーマルに甘いのはアルガスの悪い所だよ」
「もしかして、バスクの男が捕まったのって街中で戦ったやつですか? 俺の友達の友達が撮ったっていう現場の写真を見せてもらったんです。ボヤけてたけど」
「そんな面倒な写真が広がってるの?」
ふと見上げた京子がどこか気不味い顔をしたのが分かった。龍之介は何か悪いことを言ってしまった気がして、躊躇いながら言葉を続ける。
「戦っているキーダーは髪の長い女性の後ろ姿でした。あれって京子さんなんですよね?」
「うん、そうだよ」
「やっぱり! 女性も戦うなんて大変そうだけど、無茶苦茶カッコいいですね」
「ありがとう」
疑問が解けた安堵と高揚が入り混じって、龍之介はテーブルの下に握った手でガッツポーズをした。
京子は顔の前に流れた髪を耳に掛けて、少し黙る。
「ところで龍之介くん、公園でその男に会ったこと朱羽にも言った?」
「いえ」
「なら言わないで貰ってもいい?」
「……はい」
京子は声を潜めて辺りを一瞥した。やはり彼女にとってこの話は、タブーだったのかもしれない。
「アイツらと接触しただなんて朱羽から報告されてないし……今度は一人でどうにかするつもり?」
京子は独り言のように呟いて、机の上でぎゅっと両手を組み合わせた。
「なんかあったんですか?」
「まぁ……色々ね。それより教えてくれてありがとう。いい? 龍之介くんはノーマルなんだから、何があっても自分を守ることを第一に考えて。戦おうなんて絶対に考えちゃ駄目だよ?」
「俺が戦うなんて、無理ですよ」
まっすぐな瞳に見つめられて、龍之介が大振りに手を振る。
「一応、携帯の番号を教えて貰ってもいいかな?」
京子はスカートのポケットから真っ赤なスマホを取り出した。
言われるままに電話番号を伝えると、すぐにベルが鳴る。登録外の番号がモニターに点滅していた。
「いつでも繋がるようにしてあるから、何かあったらすぐに知らせて。この事も内緒にしてね」
「分かりました。あっ」
食堂に入って来る朱羽を見つけて、龍之介は慌てて「お帰りなさい」と彼女を迎える。
「ちょっと、京子。うちの龍之介を誘惑しないでくれる?」
「誘惑なんてしてません」
背後に立った朱羽を、京子は驚きもせず振り返る。
「ね?」と京子に言われて、龍之介はこくこくと頭を前に振った。
「で、アンタはオジサンたちに何言われてきたの?」
「別に、いつも通りの定期報告よ」
「ふぅん、お茶会ね」
「お茶会って言わないで!」
茶化す京子に、朱羽はぷぅと頬を膨らませる。
「龍之介くんの採用は、あの三人の意向なんでしょ? ちゃんとお礼言ったの?」
「言ったわよ。けどさっき綾斗くんに言われたわ、定期的にここへ通うのが嫌ならアルガスに戻れって。もういっそのことトールになろうかしら」
トールというのはキーダーが故意に力を消失させて、ノーマルと同じ状態になるという事だ。そんなことになったら龍之介の失業確定で、朱羽との関係も終了してしまう。
「俺、リストラされるんですか?」
「大丈夫だよ、龍之介くん。このコ絶対にそんなこと思っていないから」
ニヤリと笑う京子を仏頂面で眺めて、朱羽は「行くわよ」と龍之介を促した。
慌てて立ち上がる龍之介の横で、京子は「ねぇ」と朱羽に声を掛ける。
「聞いた? 結婚するって」
「貴女が?」
「違うでしょ」
誰がとは言わなかったけれど、龍之介にもその答えは予想ができた。綾斗も言っていた、朱羽が昔好きになったという二人のトレーナーのことだ。
朱羽は強く唇を結んだまま、全身を強張らせて宙をじっと睨みつける。そして、緊張を解くように「分かってるわよ」と呟いた。
京子は「うん……」と言葉を躊躇って、溜息を零す。
「忘れろなんて言わないけど、ちゃんと諦めるんだよ?」
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