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Episode2 修司

【番外編】15 秘かなる想い

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「百を期待して返事を待とうとは思わない。考えなさい」

 眉間に針でも刺されたような顔をして、桃也とうやが部屋を出て行く。
 アルガス長官・宇波うなみまことは重い息を吐き出して、応接室のソファを立った。深呼吸するように窓辺に立って、遠くに広がる博多湾の青さに目を細める。
 ここに来るようになった頃は時折響く飛行機の音をわずらわしく感じたが、今は心地良いとさえ思えた。

「返事なしか……だろうね」

 サードへの打診が彼にとって手放しで喜べることでないのは、重々に承知だ。だから、告げるまでずっと気が重かった。今こうしていても、胸の奥に小さなわだかまりが残っている。

「なぁ、酷だと思うか? かんちゃん」
 
 背後に気配を現した彼を振り返り、「どうだい?」と肩をすくめて見せる。

 彼はずっと部屋の隅に居た。
 能力者の気配とやらを消して死角に入り込んでいたせいで、桃也が気付くことはなかった。そこにいると分かっていたノーマルの誠でさえ疑ってしまう程に、彼は風景に沈んでいたのだ。

「そうは思わんよ」

 『勘ちゃん』こと、成沢勘爾なりさわかんじこと、日本を救った英雄・大舎卿だいしゃきょうは、足元に置いておいた紙袋を掴んで、誠の居た向かいのソファに腰を下ろした。
 威圧感たっぷりの筆文字で『北海道』と書かれたその袋から、大舎卿はいかめしとコーン茶のペットボトルを並べ、突然のティータイムを始める。

「また北海道?」
「墓参りじゃよ」
「あぁ──そんな時期か」

 彼の妻であるハナが亡くなったのは、今日のような良く晴れた初夏だった。
 今年で丸三年が過ぎて、最近ようやく彼が落ち着いた気がする。
 大舎卿は定番の赤い箱に2つ入ったイカ飯のうち1つをぺろりと平らげ、「お前も食べろ」と箱をズリと滑らせた。
 
 「ありがとう」と受け取ったものの、昼食がまだ胃袋に残っている。誠はソファに戻り、コーン茶を手に背もたれへと身を預けた。

 解放前から暫くアルガスにいたハナを、懐かしいと思う。誠は彼女より年下だったが、皆が憧れるアイドル的存在に、例外なく心を奪われることもあった。

 誠は元々アルガスの施設員だ。キーダーの管理をしていたこともあり、彼等とは良く話をしていたし、その力を怖いと思ったことはない。
 アルガスは国の機関だが、キーダーに接する役目は厄介ごとだと言われていた時代だ。それがまさかこんな未来が待ち構えているなんて想像もしていなかった。

 事態が一変したのは、大舎卿が隕石から日本を救い、アルガス解放という流れが確立してしまった時だ。先代の長官がその肩書を放棄して、アルガスを離れてしまったのだ。
 本人の意向も聞かぬまま誠が次の長官へと担ぎ上げられたのは、断り切れないその性格を上官たちが知っていたからだろう。キーダーの一番近くに居た誠を適任だと囃し立て、断る隙を与えなかった。
 けれど上官たちの気持ちも分からないわけではない。それまで下に見ていたキーダーの立ち位置が180度変わり、アルガス全体がその状況を受け入れることに苦戦した。

 そんな中、急な昇進に身の振り方も分からない誠へ手を差し伸べたのが、大舎卿だ。

──『押し付けられたな』
──『みんな勝手だよね。けど、どうすればいいと思う──?』

 率直な質問に、大舎卿はあの時もハナの作ったイカメシを食べながら答えたのだ。

──『偉い奴は偉そうにしてればいい。舐められるんじゃないぞ』

 支部ごとの胸像を建てようと提案してきたのも彼だ。最初は滅相めっそうもないと断ったが、彼は面白がって早々に専門家をよこした。

「私はみんなに遊んでばかりいると思われてるんだろうねぇ」
「じゃろうな。京子が、お前が九州に入り浸ってるってボヤいてたぞ」
「まぁ本当の事だからね。出張三昧、遊び放題。それでアルガスのおさを名乗ってるんだから、厄介者でしかないね」
「演技が上手いだけじゃろ?」
「そう言ってくれるのは勘ちゃんだけだよ」

 アルガス長官という面倒を押し付けられて最初は嫌だったが、楽しいと思えるようになったのは事実だ。

「いざという時、私じゃ指揮を執れないからね。長官なんて形だけでいい。今までは勘ちゃんがいて、今は木崎くんや田母神くんがいる。本部はそれで十分だよ」 
「わしはお前の努力も見てきたつもりじゃよ。小僧もそうなんじゃないのか?」
「だったらいいけどね」

 大晦日の白雪が起きた時、正直慌てふためいたのは事実だ。
 アルガスの危機だと絶望が下りた。けれど、敵の仕業だと思ったその事件を起こしたのは、まだ15歳の少年だったのだ。
 何度か会う機会があって、負を背負った彼と素で付き合ってきたつもりだ。

「私があの子と打ち解けられたと思うのは、自惚うぬぼれだと思うか?」
「自惚れじゃな」

 大舎卿は笑う。確かにそんな簡単な相手ではない。

──『キーダーになってもいいんだよ?』

 何度かそれを勧めたことはある。
 なかなか首を縦に振らなかったのは、彼にあの日の後悔が残っていたからだ。けれど逆にトールを選ばなかったのは、諦めきれなかったんだと思う。

──『父さんに、なりたいならチャレンジすべきだって言われたんです。けど俺にはそんな資格ありません』

 ある日桃也はそんな話をしてくれた。
 子供とは言え15歳という年齢は、キーダーがアルガスに入る歳だ。

──『君のしてしまったことは確かに世間から許されることではないかもしれない。けどね、君が起こそうとして起こしたものではないし、気持ちを閉じ込めた所で誰の為にもならない。君を事件の前に探し出せなかったのはアルガスの責任だろ? だから、罪は私にあるんだよ』
──『長官のせいじゃないですよ?』
──『上に立つ人間というのは、そういうことなんだ。だから君は前を向きなさい。同じことを繰り返すバスクが現れないように、君にはできることがあると思うよ?』

 あの時の言葉が彼に響いていたのかは分からない。
 その後彼の背中を押したのは京子だ。彼女のキーダーとしての意思を知って、つかえていたしがらみが剥がれ落ちた。
 だから、彼から彼女を引き離すような行為を申し訳ないとは思っている。

「けど、彼が適任だと思っているよ。ずっと前からね」
「そうじゃな」
「桃也は能力を持って生まれる事の、強さも哀しさも知っているからね」

 大舎卿の同意に誠は急に空腹を覚えて、腹を押さえた。

「いい答えが聞けると良いね」

 「いただくよ」と、誠は箸を割った。
 高峰桃也という男を育てたいと思う。
 アルガスという組織に対する自分なりの異議を唱えるために。
 数年後に定年を控えた最後の悪あがきにしようと、水面下での計画は進行中だ。


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