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Episode2 修司
【番外編】13 翌朝、北陸で
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「えっ、そんなの聞いてないよ!」
やよいの話に朝食のウインナーを取り落して、久志は横でコーヒーをすするマサの肩を鷲掴みにした。
「零れるだろ! ヤメロ」
カップの中で大きく波打ったコーヒーにしかめ面をして、マサがその手を無理矢理剥がす。
いつもと変わらない朝の光景のラストで、やよいが触れた話題に久志はまだ冷め切らない目をこじ開けた。
昨日本部の管轄で、ホルスとの大規模な衝突が起きたことは久志も把握している。聞いた話では、アイドルの有名プロデューサーがキーダーとホルスの接触する機会を勝手に設けたという。
個人的な娯楽目的という事を知りながら、上官たちが面白がって話に乗ったという専らの噂だ。
普段は家に帰るやよいも昨日は緊急招集に備えて、ここで待機していたらしい。しかし結局は他支部への応援要請も掛からず、久志も技術部で一人作業に没頭することができた。
けれど他支部のキーダーが全員待機で終わったかと思えば、例外が居たという。
「来て欲しいなんて一言もなかっただろ? それが何で僕を差し置いて佳祐が助っ人に行ってるんだよ」
一條佳祐は久志たち同期四人組の一人で、九州支部のキーダーだ。日本の端に居る彼が本部の応援へ行っていたと聞いて、久志は憤然として面倒顔のマサに苛立ちを訴える。
「俺だって聞いたのは全部終わった夜中だぜ? お前は徹夜で何してたんだよ」
「僕は、新しい武器の改良に勤しんでいたんだよ。前に朱羽ちゃんの所から回収してきた『さすまたくん1号』を見て、ふと閃いたんだ」
得意気に話す久志に、やよいが呆れた顔でスープをすすった。
「さすまたくん、って。アレに名前つけてたの?」
「何だよ、その言い方。あのまま廃棄させるのは勿体ないだろ?」
繁華街の事務所で仕事をする朱羽の護身用にと、初めてさすまたを届けたのは二年前の事だ。それがバージョン1で、去年の秋口に改良した2と交換してきた。
「昨日一晩いじって、バージョン3が出来上がったんだぞ? 凄いだろ」
結果殆ど寝ていないが、出来栄えには満足している。
やよいは食べ終えた朝食のトレイに箸を置いて、「ごちそうさま」と両手を合わせた。そして改まって久志を見据える。
「アンタってさ、そっちじゃ天才の分類だろうって私は思ってるけど、たまにおかしなもの作るよね」
「はぁ? おかしなものって何だよ。お前、さすまたくんの凄さを知らないだろ」
勢いで椅子から腰を浮かせ、久志は真向いに座る彼女に声を荒げた。
「知ってるわよ。けど、護兵ですら使ってるなんて聞いたことないわよ? 大体、朱羽はキーダーなんだから、あんなおもちゃ要るわけないじゃない」
「絶対なんて言いきれないだろ? いいか、世の中にはどんな変態がいるか分からないんだよ。朱羽ちゃんの事務所に置いてあるだけで、外から来た輩への抑止力になるだろう?」
「見た目だけなら、さすまたなんて普通に売ってるのでいいじゃない」
「そ、それは……いや、あれでいいんだよ」
「おい、よせよ」
ヒートアップする二人に、マサが「落ち着けよ」と久志の腕を引っ張った。
「それより、お前らにいい事教えてやるからさ」
「何よ」
久志はやよいと顔を見合わせる。
「佳祐の野郎、昨日九州からわざわざ横浜まで行ったのは、どうやらジャスティに会う為だったらしいぜ」
「ええっ、アイドル歌手の? あの唐変木が?」
興奮して吹き出す久志と、怪訝そうに眉を寄せるやよい。
「佳祐から女子の話なんて。しかもアイドルが好きだなんて聞いたことないよ?」
「女子の話は、アンタからだって聞いたことないわよ?」
「僕は恋愛とか興味ないだけだよ」
「綾斗にはべったりのくせに」
やよいは嫌味を言いつつ、前のめりにマサを伺った。
「で、誰の情報なの?」
「セナのだよ」
「あぁ、なら信憑性あるかな。アルガスの情報通といえばセナちゃんだもんね」
マサの恋人である香月セナが本部の施設員だということは、周知の事実だ。
久志も何度か顔を合わせたことがあるが、京子からの情報ではディープな人間関係にやたら詳しいという。
「セナちゃん、そろそろこっちに呼ぶんでしょ?」
「あぁ。夏にはと思ってるけど」
「アンタの椅子はどうするのよ。まだ向こうにあるのよね」
二年前に北陸に来たマサは、1年という期限付きだったものの、それを過ぎても戻ろうとはしなかった。彼女に会う目的でしょっちゅう帰ってはいるが、仕事はほぼこっちでしている。
そんな二人が近々結婚すると聞いたのは、つい数週間前の事だった。
「そこだけは頼み込むよ。俺はキーダーじゃねぇしな、向こうも人が増えたし問題ないだろ」
「確かに、融通は聞くだろうね。僕もマサがいると楽しいから歓迎するよ」
「アンタが逆にどっかへ飛ばされたりしてね」
「はあっ? 技術部はここだけなんだから、絶対ない!」
断言する久志。やよいは「じゃ、先に行くわ」と席を立った。
男二人になったところで、久志は食後のコーヒーを片手に「そうだ」と顔を上げる。
「マサ、セナちゃんとの新居探してるって言ってたよね? うちの隣の3LDKが空いてるから来ない?」
週の半分は技術部に泊まる久志だが、金沢駅の近くにマンションを借りていた。
「僕たまにしか帰らないし、変な音聞こえても気にしないからさ」
「いや絶対ねぇし。遠すぎるだろ」
「そんなことないけどな」
電車で片道1時間半の距離は、久志にとって仕事を忘れて読書をしたり考え事をするのにもってこいの長さだった。
「お前とは違うんだよ」
外の雨に気付いて顔を向ける久志を、マサが「おい」と呼んだ。
「何?」
「お前、長生きしろよ?」
急に神妙な顔をしたマサが、そんなことを言う。
「何だよ急に。僕はお前より若いんだよ」
「歳なんて関係ねぇよ。気を付けろって事だ」
「縁起でもないな。けど、わかったよ。お前も気を付けるんだよ?」
「おぅ」
まだ何か言い足りない様子だが、マサはやよいを追い掛けるように食堂を出て行く。
「マサ……?」
久志は空になったカップをトレイに置いて、ふとマサの消えた入口の方を見やった。
「お前も気付いてるのか? アルガスに漂う、このおかしな空気を──」
呟いたその声は、騒がしい施設員たちの声にかき消された。
やよいの話に朝食のウインナーを取り落して、久志は横でコーヒーをすするマサの肩を鷲掴みにした。
「零れるだろ! ヤメロ」
カップの中で大きく波打ったコーヒーにしかめ面をして、マサがその手を無理矢理剥がす。
いつもと変わらない朝の光景のラストで、やよいが触れた話題に久志はまだ冷め切らない目をこじ開けた。
昨日本部の管轄で、ホルスとの大規模な衝突が起きたことは久志も把握している。聞いた話では、アイドルの有名プロデューサーがキーダーとホルスの接触する機会を勝手に設けたという。
個人的な娯楽目的という事を知りながら、上官たちが面白がって話に乗ったという専らの噂だ。
普段は家に帰るやよいも昨日は緊急招集に備えて、ここで待機していたらしい。しかし結局は他支部への応援要請も掛からず、久志も技術部で一人作業に没頭することができた。
けれど他支部のキーダーが全員待機で終わったかと思えば、例外が居たという。
「来て欲しいなんて一言もなかっただろ? それが何で僕を差し置いて佳祐が助っ人に行ってるんだよ」
一條佳祐は久志たち同期四人組の一人で、九州支部のキーダーだ。日本の端に居る彼が本部の応援へ行っていたと聞いて、久志は憤然として面倒顔のマサに苛立ちを訴える。
「俺だって聞いたのは全部終わった夜中だぜ? お前は徹夜で何してたんだよ」
「僕は、新しい武器の改良に勤しんでいたんだよ。前に朱羽ちゃんの所から回収してきた『さすまたくん1号』を見て、ふと閃いたんだ」
得意気に話す久志に、やよいが呆れた顔でスープをすすった。
「さすまたくん、って。アレに名前つけてたの?」
「何だよ、その言い方。あのまま廃棄させるのは勿体ないだろ?」
繁華街の事務所で仕事をする朱羽の護身用にと、初めてさすまたを届けたのは二年前の事だ。それがバージョン1で、去年の秋口に改良した2と交換してきた。
「昨日一晩いじって、バージョン3が出来上がったんだぞ? 凄いだろ」
結果殆ど寝ていないが、出来栄えには満足している。
やよいは食べ終えた朝食のトレイに箸を置いて、「ごちそうさま」と両手を合わせた。そして改まって久志を見据える。
「アンタってさ、そっちじゃ天才の分類だろうって私は思ってるけど、たまにおかしなもの作るよね」
「はぁ? おかしなものって何だよ。お前、さすまたくんの凄さを知らないだろ」
勢いで椅子から腰を浮かせ、久志は真向いに座る彼女に声を荒げた。
「知ってるわよ。けど、護兵ですら使ってるなんて聞いたことないわよ? 大体、朱羽はキーダーなんだから、あんなおもちゃ要るわけないじゃない」
「絶対なんて言いきれないだろ? いいか、世の中にはどんな変態がいるか分からないんだよ。朱羽ちゃんの事務所に置いてあるだけで、外から来た輩への抑止力になるだろう?」
「見た目だけなら、さすまたなんて普通に売ってるのでいいじゃない」
「そ、それは……いや、あれでいいんだよ」
「おい、よせよ」
ヒートアップする二人に、マサが「落ち着けよ」と久志の腕を引っ張った。
「それより、お前らにいい事教えてやるからさ」
「何よ」
久志はやよいと顔を見合わせる。
「佳祐の野郎、昨日九州からわざわざ横浜まで行ったのは、どうやらジャスティに会う為だったらしいぜ」
「ええっ、アイドル歌手の? あの唐変木が?」
興奮して吹き出す久志と、怪訝そうに眉を寄せるやよい。
「佳祐から女子の話なんて。しかもアイドルが好きだなんて聞いたことないよ?」
「女子の話は、アンタからだって聞いたことないわよ?」
「僕は恋愛とか興味ないだけだよ」
「綾斗にはべったりのくせに」
やよいは嫌味を言いつつ、前のめりにマサを伺った。
「で、誰の情報なの?」
「セナのだよ」
「あぁ、なら信憑性あるかな。アルガスの情報通といえばセナちゃんだもんね」
マサの恋人である香月セナが本部の施設員だということは、周知の事実だ。
久志も何度か顔を合わせたことがあるが、京子からの情報ではディープな人間関係にやたら詳しいという。
「セナちゃん、そろそろこっちに呼ぶんでしょ?」
「あぁ。夏にはと思ってるけど」
「アンタの椅子はどうするのよ。まだ向こうにあるのよね」
二年前に北陸に来たマサは、1年という期限付きだったものの、それを過ぎても戻ろうとはしなかった。彼女に会う目的でしょっちゅう帰ってはいるが、仕事はほぼこっちでしている。
そんな二人が近々結婚すると聞いたのは、つい数週間前の事だった。
「そこだけは頼み込むよ。俺はキーダーじゃねぇしな、向こうも人が増えたし問題ないだろ」
「確かに、融通は聞くだろうね。僕もマサがいると楽しいから歓迎するよ」
「アンタが逆にどっかへ飛ばされたりしてね」
「はあっ? 技術部はここだけなんだから、絶対ない!」
断言する久志。やよいは「じゃ、先に行くわ」と席を立った。
男二人になったところで、久志は食後のコーヒーを片手に「そうだ」と顔を上げる。
「マサ、セナちゃんとの新居探してるって言ってたよね? うちの隣の3LDKが空いてるから来ない?」
週の半分は技術部に泊まる久志だが、金沢駅の近くにマンションを借りていた。
「僕たまにしか帰らないし、変な音聞こえても気にしないからさ」
「いや絶対ねぇし。遠すぎるだろ」
「そんなことないけどな」
電車で片道1時間半の距離は、久志にとって仕事を忘れて読書をしたり考え事をするのにもってこいの長さだった。
「お前とは違うんだよ」
外の雨に気付いて顔を向ける久志を、マサが「おい」と呼んだ。
「何?」
「お前、長生きしろよ?」
急に神妙な顔をしたマサが、そんなことを言う。
「何だよ急に。僕はお前より若いんだよ」
「歳なんて関係ねぇよ。気を付けろって事だ」
「縁起でもないな。けど、わかったよ。お前も気を付けるんだよ?」
「おぅ」
まだ何か言い足りない様子だが、マサはやよいを追い掛けるように食堂を出て行く。
「マサ……?」
久志は空になったカップをトレイに置いて、ふとマサの消えた入口の方を見やった。
「お前も気付いてるのか? アルガスに漂う、このおかしな空気を──」
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