185 / 597
Episode2 修司
87 好き
しおりを挟む
金属のライトが、真上から近藤を狙った。
「うわぁぁぁあ!」
効果のない体当たりをしたまま逃げる事もできず、近藤にしがみ付いた状態で終わりを迎えるのか。
それだけは嫌だと発狂しながらも、ただ叫ぶことしかできない。
修司が近藤を庇うように背中を丸めたところで、死の予感と同時に彼女の声が響き渡った。
「修司いぃいいっ!」
正面からの足音と強い気配。恐怖に目を閉じて暗転した視界に、意識はそのまま留まっている。
幾ら待っても終わりの瞬間はやって来なかった。
予想より三呼吸分程遅れて響いた轟音に身を縮める。距離が少し遠い気がしてそっと目を開けると、落下したライトはステージの奥で弾け飛んでいた。
額にびっしょりと汗を滲ませて、美弦は呆然としたまま端のスロープを下りて来る。
離れた位置からの念動力は彼女にとって苦手な技だ。けれど今生きている奇跡が彼女の力だと確信して、修司は近藤を離れてフラつく彼女へ手を伸ばした。
「ありがとうな」
「……私がやったの?」
「風船の時と同じだと思うよ」
感情の高まりがバスクの暴走を引き起こすように、目の前の事態に冷静さを失った彼女の意識が強い力を発動させたのだろう。
修司の手を掴んだ美弦の目に涙が溢れた。
「す、すまないね、君たち」
流石の近藤も腰が抜けたようで、よろめいた巨体を側の座席へドスリと埋めた。
「アンタが死んだら、泣く奴がいっぱいいるだろう?」
混乱の元凶である近藤には怒りしか湧かないが、彼を助けようとしたことはキーダーとして正しかったと思える。
近藤は素直に「ありがとう」と瞼を伏せた。
「何よ、びっくりさせないでよ。私は修司を迎えに来ただけなのよ?」
美弦は声も身体も震わせて、ボロリと零れた涙のままにわんわんと泣き出した。
「ばっかじゃないの? 私なんかに助けられて。死んだらどうするつもりだったのよ」
「けど、美弦が来てくれた。俺はできなかったのに、美弦はちゃんと力使えたじゃん? 凄ぇよ」
咄嗟の判断も訓練の賜物だと修司は痛感する。
二年の差は大きい。何もせずアルガスから逃げていた自分は、今日ここに来て動くことができなかった。
泣きじゃくる美弦が小さく見えて、修司は空の手を彼女の頭にポンと乗せる。
「泣くなよ。お前のお陰で助かったんだから」
彼女がその手を振り切ることはなかった。「子ども扱いしないでよ」と涙声で訴える彼女は、いつもの強気な姿などどこにもなかった。
『修司くん、今凄い気配感じたけど無事? 美弦と合流できた?』
耳の通信機に綾斗の声が入り、修司はマイクのスイッチを入れる。
「はい、合流しました。ちょっと事故があって、美弦に助けてもらいました。みんな無事です」
『分かった。じゃあ戻って来て』
「行かなきゃ」と涙を拭う美弦。
スイッチをオフにして「大丈夫か?」と声を掛けると、美弦はきまり悪そうに俯きながら、こくりと頷いた。
そして改まった顔で修司を見上げる。
「何?」
「……制服着てたんだ。ちょっとだけ似合ってるんじゃない?」
突然の言葉に不意を突かれて、修司は思わず吹き出してしまう。
「それ、今言うセリフかよ」
「笑わないでよ! 人が折角褒めてやってるんだから!」
真っ赤になる彼女が何だか可笑しかった。いつもの彼女が戻ってホッとする。
「ありがとな。なぁ美弦、俺キーダーになったからさ、お前の隣にいてもいいか?」
美弦は修司をじっとりと睨みつけ、拗ねるように目を逸らした。
「いいに決まってるでしょ。この二年間、私が何人の男をフッたと思ってるのよ」
「──マジかよ」
「アンタが遅いからいけないのよ」
「馬鹿」とボヤいた彼女を、修司は衝動的に抱き締める。
「好きだ」
「……馬鹿」
美弦はもう一度そう言って、修司の胸に顔を埋めた。
☆
仲間のキーダーと合流すると、程よくして撤収が始まった。
全体の被害は大きかったが、桃也のお陰もあって敵味方合わせても全員が生き残ることができた。
捕らえたホルスは全部で二十五人。その中でバスクは律を含めて三人だ。
一命を取りとめた律は、折り返しで戻ってきたコージに病院へと運ばれたらしい。
「安藤律を捕らえた所で、得られる情報なんてほんの僅かしかない。ホルスを揺さぶる事さえできないと思うよ」
帰り際、綾斗がそんなことを言った。
移動の合間、修司は譲からのメールに気付く。一時間ほど前に来ていたものだ。
『ジャスティのみんなのこと守ってくれよな、キーダー』
譲の必死な顔が浮かんで修司がにやりと笑みを零すと、隣で美弦が訝しげに眉をしかめて画面を覗き込んだ。
「ちゃんと終わったからな」と呟いて、修司は返信を送る。
今まで使った事もない『任務完了』と書かれた、無料配布の可愛らしい熊のスタンプだ。あっという間に既読マークがついて、『ありがとう』と、えりぴょんの写真が付いたスタンプが返ってきた。
「うわぁぁぁあ!」
効果のない体当たりをしたまま逃げる事もできず、近藤にしがみ付いた状態で終わりを迎えるのか。
それだけは嫌だと発狂しながらも、ただ叫ぶことしかできない。
修司が近藤を庇うように背中を丸めたところで、死の予感と同時に彼女の声が響き渡った。
「修司いぃいいっ!」
正面からの足音と強い気配。恐怖に目を閉じて暗転した視界に、意識はそのまま留まっている。
幾ら待っても終わりの瞬間はやって来なかった。
予想より三呼吸分程遅れて響いた轟音に身を縮める。距離が少し遠い気がしてそっと目を開けると、落下したライトはステージの奥で弾け飛んでいた。
額にびっしょりと汗を滲ませて、美弦は呆然としたまま端のスロープを下りて来る。
離れた位置からの念動力は彼女にとって苦手な技だ。けれど今生きている奇跡が彼女の力だと確信して、修司は近藤を離れてフラつく彼女へ手を伸ばした。
「ありがとうな」
「……私がやったの?」
「風船の時と同じだと思うよ」
感情の高まりがバスクの暴走を引き起こすように、目の前の事態に冷静さを失った彼女の意識が強い力を発動させたのだろう。
修司の手を掴んだ美弦の目に涙が溢れた。
「す、すまないね、君たち」
流石の近藤も腰が抜けたようで、よろめいた巨体を側の座席へドスリと埋めた。
「アンタが死んだら、泣く奴がいっぱいいるだろう?」
混乱の元凶である近藤には怒りしか湧かないが、彼を助けようとしたことはキーダーとして正しかったと思える。
近藤は素直に「ありがとう」と瞼を伏せた。
「何よ、びっくりさせないでよ。私は修司を迎えに来ただけなのよ?」
美弦は声も身体も震わせて、ボロリと零れた涙のままにわんわんと泣き出した。
「ばっかじゃないの? 私なんかに助けられて。死んだらどうするつもりだったのよ」
「けど、美弦が来てくれた。俺はできなかったのに、美弦はちゃんと力使えたじゃん? 凄ぇよ」
咄嗟の判断も訓練の賜物だと修司は痛感する。
二年の差は大きい。何もせずアルガスから逃げていた自分は、今日ここに来て動くことができなかった。
泣きじゃくる美弦が小さく見えて、修司は空の手を彼女の頭にポンと乗せる。
「泣くなよ。お前のお陰で助かったんだから」
彼女がその手を振り切ることはなかった。「子ども扱いしないでよ」と涙声で訴える彼女は、いつもの強気な姿などどこにもなかった。
『修司くん、今凄い気配感じたけど無事? 美弦と合流できた?』
耳の通信機に綾斗の声が入り、修司はマイクのスイッチを入れる。
「はい、合流しました。ちょっと事故があって、美弦に助けてもらいました。みんな無事です」
『分かった。じゃあ戻って来て』
「行かなきゃ」と涙を拭う美弦。
スイッチをオフにして「大丈夫か?」と声を掛けると、美弦はきまり悪そうに俯きながら、こくりと頷いた。
そして改まった顔で修司を見上げる。
「何?」
「……制服着てたんだ。ちょっとだけ似合ってるんじゃない?」
突然の言葉に不意を突かれて、修司は思わず吹き出してしまう。
「それ、今言うセリフかよ」
「笑わないでよ! 人が折角褒めてやってるんだから!」
真っ赤になる彼女が何だか可笑しかった。いつもの彼女が戻ってホッとする。
「ありがとな。なぁ美弦、俺キーダーになったからさ、お前の隣にいてもいいか?」
美弦は修司をじっとりと睨みつけ、拗ねるように目を逸らした。
「いいに決まってるでしょ。この二年間、私が何人の男をフッたと思ってるのよ」
「──マジかよ」
「アンタが遅いからいけないのよ」
「馬鹿」とボヤいた彼女を、修司は衝動的に抱き締める。
「好きだ」
「……馬鹿」
美弦はもう一度そう言って、修司の胸に顔を埋めた。
☆
仲間のキーダーと合流すると、程よくして撤収が始まった。
全体の被害は大きかったが、桃也のお陰もあって敵味方合わせても全員が生き残ることができた。
捕らえたホルスは全部で二十五人。その中でバスクは律を含めて三人だ。
一命を取りとめた律は、折り返しで戻ってきたコージに病院へと運ばれたらしい。
「安藤律を捕らえた所で、得られる情報なんてほんの僅かしかない。ホルスを揺さぶる事さえできないと思うよ」
帰り際、綾斗がそんなことを言った。
移動の合間、修司は譲からのメールに気付く。一時間ほど前に来ていたものだ。
『ジャスティのみんなのこと守ってくれよな、キーダー』
譲の必死な顔が浮かんで修司がにやりと笑みを零すと、隣で美弦が訝しげに眉をしかめて画面を覗き込んだ。
「ちゃんと終わったからな」と呟いて、修司は返信を送る。
今まで使った事もない『任務完了』と書かれた、無料配布の可愛らしい熊のスタンプだ。あっという間に既読マークがついて、『ありがとう』と、えりぴょんの写真が付いたスタンプが返ってきた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた
小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。
7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。
ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。
※よくある話で設定はゆるいです。
誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。
氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。
後宮妃は木犀の下で眠りたい
佐倉海斗
キャラ文芸
玄香月は異母姉、玄翠蘭の死をきっかけに後宮に入ることになった。それは、玄翠蘭の死の真相を探る為ではなく、何者かに狙われている皇帝を守る為の護衛任務だった。ーーそのはずだったのだが、玄香月はなぜか皇帝に溺愛され、愛とはなにかを知ることになる。
誰が玄翠蘭を殺したのか。
なぜ、玄翠蘭は死を選んだのか。
死の真相を暴かれた時、玄香月はなにを選ぶのか。
謎に満ちた後宮は毒の花のように美しく、苛烈な場所だった。そこで玄香月は自分がするべきことを見つけていく。
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
幼馴染はとても病院嫌い!
ならくま。くん
キャラ文芸
三人は生まれた時からずっと一緒。
虹葉琉衣(にじは るい)はとても臆病で見た目が女の子っぽい整形外科医。口調も女の子っぽいので2人に女の子扱いされる。病院がマジで嫌い。ただ仕事モードに入るとてきぱき働く。病弱で持病を持っていてでもその薬がすごく苦手
氷川蓮(ひかわ れん)は琉衣の主治医。とてもイケメンで優しい小児科医。けっこうSなので幼馴染の反応を楽しみにしている。ただあまりにも琉衣がごねるととても怒る。
佐久間彩斗(さくま あやと)は小児科の看護師をしている優しい仕事ができるイケメン。琉衣のことを子供扱いする。二人と幼馴染。
病院の院長が蓮でこの病院には整形外科と小児科しかない
家は病院とつながっている。
吉原遊郭一の花魁は恋をした
佐武ろく
ライト文芸
飽くなき欲望により煌々と輝く吉原遊郭。その吉原において最高位とされる遊女である夕顔はある日、八助という男と出会った。吉原遊郭内にある料理屋『三好』で働く八助と吉原遊郭の最高位遊女の夕顔。決して交わる事の無い二人の運命はその出会いを機に徐々に変化していった。そしていつしか夕顔の胸の中で芽生えた恋心。だが大きく惹かれながらも遊女という立場に邪魔をされ思い通りにはいかない。二人の恋の行方はどうなってしまうのか。
※この物語はフィクションです。実在の団体や人物と一切関係はありません。また吉原遊郭の構造や制度等に独自のアイディアを織り交ぜていますので歴史に実在したものとは異なる部分があります。
訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?
naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。
私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。
しかし、イレギュラーが起きた。
何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる