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Episode2 修司
84 幸せの形は
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律の暴走を止めた技がどんなものだったか聞いても、彰人の説明が修司にはさっぱり理解できなかった。気絶しているうちに全てが終わってしまい、状況を何もイメージすることができない。
「そのうちできるようになるよ」という彼の言葉は、気休めにしかならなかった。
屋上に設置された照明は殆どがその衝撃で壊れ、残った幾つかの明かりがぼんやりと暗い闇を照らしている。
ドアの開く音に振り向くと、桃也が怪訝な表情で三人に駆け寄ってきた。
「ったく、思い出させるなよ」
「ちゃんと食い止めたでしょ? 京子ちゃんは置いてきたの?」
「あぁ、もう下の誘導に回ってる。応急処置はしといたから、問題ねぇよ」
「派手にやったな」と辺りを見回す桃也に、彰人は「相変わらず冷たいんだね」と冷ややかに溜息を零した。
「佳祐さんも居るみたいだし、もう少し側に居てあげても良かったのに」
「はぁ? 俺たちは仕事してんだろ」
「そりゃそうだけどさ。あの人が居るならもう終わったようなものじゃないかってこと」
「何が言いたいんだよ」
桃也が彰人を睨む。
「別に」
「別にって。だったら最初から言うなよ。それより、佳祐さんはジャスティのファンだって言って今回志願したらしいぜ」
「へぇ意外。人は見た目に寄らないものだね」
佳祐というのは、桃也が言っていた九州から来た応援のキーダーだろう。
ジャスティのファンだと聞いて、修司はふと譲のような顔を思い浮かべた。
「だろ? けど実際はどうなんだろうな」
「裏があると思う? 確証のない噂話は良くないと思うけど、あの人って、サードだよね?」
「そうだな」
桃也は修司を振り返り、「ここだけの話だぞ」と眉を顰める。
前に美弦が『サード』の話をしていたが、その実態は不明で、誰が居るかも分からないと言っていた筈だ。
「その女助けるんだろ?」
そう言って桃也は倒れた律の横に腰を落とした。
「分かってて来てくれたんだ。感謝するよ」
「やったの俺だしな。死なれちゃ困るんだよ」
「聞き出したい事は山ほどあるからね」
彰人は律に微笑み掛けてその髪をそっと撫でると、自分の胸元から取り出した銀色の輪を彼女の左手に通した。両手で包み込んだそれにゆっくりと力を込めると、あっという間に環は彼女へと結ばれる。
「これをするくらいなら死んだ方がマシだとか言うんだろうけどね」
銀環を手錠だと比喩するのは良く耳にするが、こんな場面を目の当たりにすると、やっぱりその通りだなと思ってしまう。けれど、これ一つで暴走への不安を払拭できるなら、やむを得ないだろう。
今度は律を引き継いだ桃也が、彼女の患部に手を当てた。
京子の時のように光を照射したところで、彼は長い足を折って地面に胡坐をかく。
「後ろめたいことがあると、側にいるっていう簡単な事もできなくなるんだよ」
「後ろめたいことがあるんだ。ま、話なら聞くけど?」
桃也は律の様子を伺いながら、物憂げな表情で口を開いた。
「なぁ彰人」
「改まってどうしたの?」
「女の幸せって何だと思う?」
「こんな時に僕に聞く事?」
「話聞くって言ったのはお前だろ? こんな時じゃないと話せねぇんだよ」
彰人は律を挟んだ反対側に腰を下ろす。
「深刻だね。まぁ、世間一般で言えば結婚することなんじゃない? それで子供作ってさ。教科書みたいな平穏な日々が、なんだかんだ言って一番だと思うよ。僕には縁遠い話だし、人それぞれだと思うけどね」
「人それぞれ……そんな言葉があるから、甘えちまうんだよな」
「甘えてるんだ」
きまり悪そうな桃也を、彰人は「仕方ないよ」と宥めた。
風が強まって、癖のある彰人の髪がフワリと揺れる。
「側に居るから、とか。離れていても、とか。そんなのは当人同士の気持ちの問題だし、結果的にうまくいかなくたって誰のせいでもない。けどさ」
「けど?」
「君が京子ちゃんとの将来を考えるなら、もう少し彼女と居てあげたらいいんじゃないかって事。桃也、この間のオフも帰らなかったでしょ」
「……言うなよ、アイツに」
予想外の指摘に、桃也の声が苛立つ。
「別に告げ口しようなんて思ってないよ。君がどれだけ京子ちゃんの事強いと思ってるのかってのが疑問なだけ」
「思ってねぇよ。ただ、半年とか数ヶ月に一回、ほんの数時間会うのに戻るのはどうなんだろうって考えてたら、もう行けなくなってた」
「呆れた」と彰人は肩をすくめる。
「それって考えたり悩んだりすること? 自分が会いたくて行くものなんじゃないの? 少しでも会えたら、京子ちゃんは喜ぶと思うよ」
「別れ際が辛くても?」
「辛くてもだよ。それを理由に会わないって言うなら、諦める選択もありだと思うよ」
「諦めるって……」
「そう言う事でしょ? 僕たちは監察員として似たような仕事してるけどさ、この一年、明らかに僕の方が京子ちゃんに会ってるよね?」
「俺が今の仕事を続ける以上、いつか一緒に居てやれるなんて保証はない。一年で戻るって言った約束を破ってから、俺はもうずっとこんな感じだ」
光を当てる掌に力がこもって、桃也の気配が乱れる。荒ぶった感情が、ダイレクトに光を揺らした。
酔っぱらた京子が吐き出した想いと、桃也の想いが良い方向に向かえばいいと思う。けれど彰人が言うように、当人達にとっての最適解が第三者の考える理想と同じだとは限らない。
「君が恋愛の悩みを僕に相談するなんて世も末だね。そんなに落ち着かないのは、別の理由もあるんじゃない? もしかして、誘われてる?」
「……知ってたのか?」
「やっぱりそうなんだ。半分冗談だったのに。君がそんなに仕事人間だとは思わなかったけど、悩むだけ悩めばいいと思うよ。そうだな、そんな君に面白くない話をしてあげようか」
「はぁ?」
眉を吊り上げる桃也に、彰人はクスリと笑う。
それは他の誰も知らない、京子と彰人の過去だった。
「そのうちできるようになるよ」という彼の言葉は、気休めにしかならなかった。
屋上に設置された照明は殆どがその衝撃で壊れ、残った幾つかの明かりがぼんやりと暗い闇を照らしている。
ドアの開く音に振り向くと、桃也が怪訝な表情で三人に駆け寄ってきた。
「ったく、思い出させるなよ」
「ちゃんと食い止めたでしょ? 京子ちゃんは置いてきたの?」
「あぁ、もう下の誘導に回ってる。応急処置はしといたから、問題ねぇよ」
「派手にやったな」と辺りを見回す桃也に、彰人は「相変わらず冷たいんだね」と冷ややかに溜息を零した。
「佳祐さんも居るみたいだし、もう少し側に居てあげても良かったのに」
「はぁ? 俺たちは仕事してんだろ」
「そりゃそうだけどさ。あの人が居るならもう終わったようなものじゃないかってこと」
「何が言いたいんだよ」
桃也が彰人を睨む。
「別に」
「別にって。だったら最初から言うなよ。それより、佳祐さんはジャスティのファンだって言って今回志願したらしいぜ」
「へぇ意外。人は見た目に寄らないものだね」
佳祐というのは、桃也が言っていた九州から来た応援のキーダーだろう。
ジャスティのファンだと聞いて、修司はふと譲のような顔を思い浮かべた。
「だろ? けど実際はどうなんだろうな」
「裏があると思う? 確証のない噂話は良くないと思うけど、あの人って、サードだよね?」
「そうだな」
桃也は修司を振り返り、「ここだけの話だぞ」と眉を顰める。
前に美弦が『サード』の話をしていたが、その実態は不明で、誰が居るかも分からないと言っていた筈だ。
「その女助けるんだろ?」
そう言って桃也は倒れた律の横に腰を落とした。
「分かってて来てくれたんだ。感謝するよ」
「やったの俺だしな。死なれちゃ困るんだよ」
「聞き出したい事は山ほどあるからね」
彰人は律に微笑み掛けてその髪をそっと撫でると、自分の胸元から取り出した銀色の輪を彼女の左手に通した。両手で包み込んだそれにゆっくりと力を込めると、あっという間に環は彼女へと結ばれる。
「これをするくらいなら死んだ方がマシだとか言うんだろうけどね」
銀環を手錠だと比喩するのは良く耳にするが、こんな場面を目の当たりにすると、やっぱりその通りだなと思ってしまう。けれど、これ一つで暴走への不安を払拭できるなら、やむを得ないだろう。
今度は律を引き継いだ桃也が、彼女の患部に手を当てた。
京子の時のように光を照射したところで、彼は長い足を折って地面に胡坐をかく。
「後ろめたいことがあると、側にいるっていう簡単な事もできなくなるんだよ」
「後ろめたいことがあるんだ。ま、話なら聞くけど?」
桃也は律の様子を伺いながら、物憂げな表情で口を開いた。
「なぁ彰人」
「改まってどうしたの?」
「女の幸せって何だと思う?」
「こんな時に僕に聞く事?」
「話聞くって言ったのはお前だろ? こんな時じゃないと話せねぇんだよ」
彰人は律を挟んだ反対側に腰を下ろす。
「深刻だね。まぁ、世間一般で言えば結婚することなんじゃない? それで子供作ってさ。教科書みたいな平穏な日々が、なんだかんだ言って一番だと思うよ。僕には縁遠い話だし、人それぞれだと思うけどね」
「人それぞれ……そんな言葉があるから、甘えちまうんだよな」
「甘えてるんだ」
きまり悪そうな桃也を、彰人は「仕方ないよ」と宥めた。
風が強まって、癖のある彰人の髪がフワリと揺れる。
「側に居るから、とか。離れていても、とか。そんなのは当人同士の気持ちの問題だし、結果的にうまくいかなくたって誰のせいでもない。けどさ」
「けど?」
「君が京子ちゃんとの将来を考えるなら、もう少し彼女と居てあげたらいいんじゃないかって事。桃也、この間のオフも帰らなかったでしょ」
「……言うなよ、アイツに」
予想外の指摘に、桃也の声が苛立つ。
「別に告げ口しようなんて思ってないよ。君がどれだけ京子ちゃんの事強いと思ってるのかってのが疑問なだけ」
「思ってねぇよ。ただ、半年とか数ヶ月に一回、ほんの数時間会うのに戻るのはどうなんだろうって考えてたら、もう行けなくなってた」
「呆れた」と彰人は肩をすくめる。
「それって考えたり悩んだりすること? 自分が会いたくて行くものなんじゃないの? 少しでも会えたら、京子ちゃんは喜ぶと思うよ」
「別れ際が辛くても?」
「辛くてもだよ。それを理由に会わないって言うなら、諦める選択もありだと思うよ」
「諦めるって……」
「そう言う事でしょ? 僕たちは監察員として似たような仕事してるけどさ、この一年、明らかに僕の方が京子ちゃんに会ってるよね?」
「俺が今の仕事を続ける以上、いつか一緒に居てやれるなんて保証はない。一年で戻るって言った約束を破ってから、俺はもうずっとこんな感じだ」
光を当てる掌に力がこもって、桃也の気配が乱れる。荒ぶった感情が、ダイレクトに光を揺らした。
酔っぱらた京子が吐き出した想いと、桃也の想いが良い方向に向かえばいいと思う。けれど彰人が言うように、当人達にとっての最適解が第三者の考える理想と同じだとは限らない。
「君が恋愛の悩みを僕に相談するなんて世も末だね。そんなに落ち着かないのは、別の理由もあるんじゃない? もしかして、誘われてる?」
「……知ってたのか?」
「やっぱりそうなんだ。半分冗談だったのに。君がそんなに仕事人間だとは思わなかったけど、悩むだけ悩めばいいと思うよ。そうだな、そんな君に面白くない話をしてあげようか」
「はぁ?」
眉を吊り上げる桃也に、彰人はクスリと笑う。
それは他の誰も知らない、京子と彰人の過去だった。
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