上 下
181 / 620
Episode2 修司

84 幸せの形は

しおりを挟む
 律の暴走を止めた技がどんなものだったか聞いても、彰人あきひとの説明が修司にはさっぱり理解できなかった。気絶しているうちに全てが終わってしまい、状況を何もイメージすることができない。
 「そのうちできるようになるよ」という彼の言葉は、気休めにしかならなかった。

 屋上に設置された照明はほとんどがその衝撃で壊れ、残った幾つかの明かりがぼんやりと暗い闇を照らしている。
 ドアの開く音に振り向くと、桃也とうや怪訝けげんな表情で三人に駆け寄ってきた。

「ったく、思い出させるなよ」
「ちゃんと食い止めたでしょ? 京子ちゃんは置いてきたの?」
「あぁ、もう下の誘導に回ってる。応急処置はしといたから、問題ねぇよ」

 「派手にやったな」と辺りを見回す桃也に、彰人は「相変わらず冷たいんだね」と冷ややかに溜息を零した。

佳祐けいすけさんも居るみたいだし、もう少し側に居てあげても良かったのに」 
「はぁ? 俺たちは仕事してんだろ」
「そりゃそうだけどさ。あの人が居るならもう終わったようなものじゃないかってこと」
「何が言いたいんだよ」

 桃也が彰人を睨む。

「別に」
「別にって。だったら最初から言うなよ。それより、佳祐さんはジャスティのファンだって言って今回志願したらしいぜ」
「へぇ意外。人は見た目に寄らないものだね」

 佳祐というのは、桃也が言っていた九州から来た応援のキーダーだろう。
 ジャスティのファンだと聞いて、修司はふと譲のような顔を思い浮かべた。

「だろ? けど実際はどうなんだろうな」
「裏があると思う? 確証のない噂話は良くないと思うけど、あの人って、サードだよね?」
「そうだな」

 桃也は修司を振り返り、「ここだけの話だぞ」と眉をひそめる。
 前に美弦みつるが『サード』の話をしていたが、その実態は不明で、誰が居るかも分からないと言っていた筈だ。

「その女助けるんだろ?」

 そう言って桃也は倒れた律の横に腰を落とした。

「分かってて来てくれたんだ。感謝するよ」
「やったの俺だしな。死なれちゃ困るんだよ」
「聞き出したい事は山ほどあるからね」

 彰人は律に微笑み掛けてその髪をそっとでると、自分の胸元から取り出した銀色の輪を彼女の左手に通した。両手で包み込んだそれにゆっくりと力を込めると、あっという間に環は彼女へと結ばれる。

「これをするくらいなら死んだ方がマシだとか言うんだろうけどね」

 銀環を手錠だと比喩ひゆするのは良く耳にするが、こんな場面を目の当たりにすると、やっぱりその通りだなと思ってしまう。けれど、これ一つで暴走への不安を払拭ふっしょくできるなら、やむを得ないだろう。

 今度は律を引き継いだ桃也が、彼女の患部に手を当てた。
 京子の時のように光を照射したところで、彼は長い足を折って地面に胡坐あぐらをかく。

「後ろめたいことがあると、側にいるっていう簡単な事もできなくなるんだよ」
「後ろめたいことがあるんだ。ま、話なら聞くけど?」

 桃也は律の様子を伺いながら、物憂げな表情で口を開いた。

「なぁ彰人」
「改まってどうしたの?」
「女の幸せって何だと思う?」
「こんな時に僕に聞く事?」
「話聞くって言ったのはお前だろ? こんな時じゃないと話せねぇんだよ」

 彰人は律を挟んだ反対側に腰を下ろす。

「深刻だね。まぁ、世間一般で言えば結婚することなんじゃない? それで子供作ってさ。教科書みたいな平穏な日々が、なんだかんだ言って一番だと思うよ。僕には縁遠い話だし、人それぞれだと思うけどね」
「人それぞれ……そんな言葉があるから、甘えちまうんだよな」
「甘えてるんだ」

 きまり悪そうな桃也を、彰人は「仕方ないよ」と宥めた。
 風が強まって、癖のある彰人の髪がフワリと揺れる。

「側に居るから、とか。離れていても、とか。そんなのは当人同士の気持ちの問題だし、結果的にうまくいかなくたって誰のせいでもない。けどさ」
「けど?」
「君が京子ちゃんとの将来を考えるなら、もう少し彼女と居てあげたらいいんじゃないかって事。桃也、この間のオフも帰らなかったでしょ」
「……言うなよ、アイツに」

 予想外の指摘に、桃也の声が苛立つ。

「別に告げ口しようなんて思ってないよ。君がどれだけ京子ちゃんの事強いと思ってるのかってのが疑問なだけ」
「思ってねぇよ。ただ、半年とか数ヶ月に一回、ほんの数時間会うのに戻るのはどうなんだろうって考えてたら、もう行けなくなってた」

 「呆れた」と彰人は肩をすくめる。

「それって考えたり悩んだりすること? 自分が会いたくて行くものなんじゃないの? 少しでも会えたら、京子ちゃんは喜ぶと思うよ」
「別れ際が辛くても?」
「辛くてもだよ。それを理由に会わないって言うなら、諦める選択もありだと思うよ」
「諦めるって……」
「そう言う事でしょ? 僕たちは監察員として似たような仕事してるけどさ、この一年、明らかに僕の方が京子ちゃんに会ってるよね?」
「俺が今の仕事を続ける以上、いつか一緒に居てやれるなんて保証はない。一年で戻るって言った約束を破ってから、俺はもうずっとこんな感じだ」

 光を当てる掌に力がこもって、桃也の気配が乱れる。荒ぶった感情が、ダイレクトに光を揺らした。

 酔っぱらた京子が吐き出した想いと、桃也の想いが良い方向に向かえばいいと思う。けれど彰人が言うように、当人達にとっての最適解が第三者の考える理想と同じだとは限らない。

「君が恋愛の悩みを僕に相談するなんて世も末だね。そんなに落ち着かないのは、別の理由もあるんじゃない? もしかして、誘われてる?」
「……知ってたのか?」
「やっぱりそうなんだ。半分冗談だったのに。君がそんなに仕事人間だとは思わなかったけど、悩むだけ悩めばいいと思うよ。そうだな、そんな君に面白くない話をしてあげようか」
「はぁ?」

 眉を吊り上げる桃也に、彰人はクスリと笑う。
 それは他の誰も知らない、京子と彰人の過去だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

処理中です...