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Episode2 修司
77 彼の気持ち
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「いいよ、その力。ぜひ欲しいね」
もはや風景だった近藤が突然パチパチと手を叩いて、肩で風を切りながら前に出てきた。
背が低く、突き出た腹にぴったりとフィットしたストライプ柄で灰色のスーツ姿。ぴっかりと脂ぎった顔がじっとりと笑んだ。
この男が十代の恋心を詞にするのかと想像しただけで困惑してしまう。
「君たちの力は人を殺すためのものじゃないだろう? この世に争いなんていらない。持て余した力をショーにして大勢の観客に披露すれば、究極のエンターティナーとして評価されるんだ。これ以上の祭はないと思わないか?」
「そんなこと……」
「そんなことじゃない。君らの力を見たい奴等は世界中にごまんと居るんだよ」
この力が人を殺す力でないことには賛同できるが、利益を得るための道具だとは思えない。彼の言葉が、欲望が、自分の好きなジャスティの歌詞を裏切っているようでたまらなかった。
修司の隣で律が「貴方は黙ってて」と近藤を咎める。出血のせいか顔色が悪い。瞬きを繰り返すのは、あまり良くない状況だろうか。
しかし近藤は彼女の言葉を気に留める様子もなく、
「君は楽しい女だね。容姿も悪くないし、バスクなんだろう? ホルスなんか辞めて私にプロデュースさせてくれないか? 金なら幾らでも払ってやるぞ」
「生憎、見世物になる気はないの。貴方とそんな話をするためにここへ来たんじゃないわ」
言葉の端々に短い呼吸が刻まれる。敵だと思いながらも、修司は律の具合を気にせずにいられなかった。
怪我のせいで疲弊していることははっきりと分かるのに、それでも彼女の表情は毅然としている。
「人生なんて、そう否定的に生きちゃつまらないと思うけど」
「彰人さん?」
「ホルス側がそんなに渋ってるなら、こちらが代わりに引き受けてもいいですよ」
彰人の唐突な快諾に、近藤は甲高い雄叫びを上げて頬の肉をたわませた。
律は「ちょっと!」と声を上げるが、反動で傷んだ傷口に顔を歪める。
「貴方、能力者としてのプライドはないの?」
「プライド? 近藤さんも言ったじゃない、この力は人殺しの道具じゃないって。僕は楽しんでくれる人が居るなら、むしろアリだと思うよ。それにバスクと知って君を利用したら、彼が罪に問われるからね」
「そうなのか?」
彰人は憮然とする律から、素っ頓狂な声を上げた近藤へと視線を移した。
「よく考えれば分かると思いますけど?」
「なら尚更、キーダーと手を組むしかないって事だな」
「その貪欲さには敵いませんね。けど、この服を着ている限り僕の力は国のものなので、貴方の儲けの為に勝手には使えないんです。だから、利益の出ないチャリティイベントの時にでも声掛けて下さい。その時は喜んでお手伝いさせていただきますよ」
「はぁ? 何がチャリティだ。ふざけやがって」
激高した近藤が目を充血させて吐き捨てる。テレビで見る温厚な姿とはまるで別人だ。
「無欲でどうする? 私の事を金の亡者みたいに言う輩が居るが、私はビジネスをしてるんだ。金は私が世間に与えたものに対する対価だと思ってる。ウチの女の子達だって、私のやり方を非難する子もいるが、人には向き不向きがあるんだよ。可愛い容姿だけ持ってても売れるには足りない。それぞれ見合った所へ送り出してやるのは間違ってない考えだと思うけどね」
近藤にそんな親心のようなものは感じないが、その言葉に修司の胸がチクリと痛んだ。
「まぁ、今日はこのショーをじっくり見させてもらうよ。その為に来たんだからな。さぁ、観客も引く頃だろう。キーダーとホルスで思う存分戦うところを見せてくれ」
そう言うと近藤はあっさりと部屋を出て行ってしまった。
彰人は「もう」と肩をすくめる仕草をして、両手を横にひらひらとさせる。
「僕が彼のボディガードだったんだけどね。まぁ、本人がそれでいいなら構わないか。それより律、大分やられたね」
三人で残ったのは気不味かったが、沈黙を避けるように彰人が会話を続けた。
「ちょっと出血が多いけど、相手は京子ちゃん?」
「そうよ。それとキーダーの若い男だったわ」
彰人を睨んだままの律だったが、ぶっきらぼうに返事を返した。
「綾斗くんじゃないなら、アイツか。血の気の多い男だからね」
彰人が律の顔をそっと覗き見ると、彼女はきまり悪そうに俯いて、「あの女が好きなの?」と尋ねた。
彰人は小さく吹き出して、「そうじゃないよ」と笑う。
「僕は誰かさんみたいに、恋人がいる女性に本気になるほど情熱的な男じゃないからね」
「誰かさんって?」
「こっちの話」
複雑な人間関係を垣間見て、修司は苦笑する彰人を伺う。
律は暫く黙っていたが、やがて近藤を追うように部屋を出て行ってしまった。
「あぁ――行っちゃった」
背中を見送る彰人に、修司は思い切って尋ねてみる。
「彰人さんは、京子さんを追い掛けて東京に来たんですか?」
二年前、好きな人を追い掛けて上京したと言った彰人。
実際は彼の父親と共にアルガスを襲撃することが目的だったようだが、あらかたその話も嘘ではないと思えてしまう。
彰人は少しだけ驚いた顔を見せたが、「違うよ」と否定した。
「さっき言ったでしょ? 上京したのは二年前のアルガス襲撃の為だよ。失敗しちゃったけどね。京子ちゃんは小学校の頃からの、僕の幼馴染なんだ」
弁解の言葉も修司には肯定にしか取ることができなかったが、階下の混乱に戦闘の音が混じり出したことに気付いて、それ以上を聞くのは諦めた。
もはや風景だった近藤が突然パチパチと手を叩いて、肩で風を切りながら前に出てきた。
背が低く、突き出た腹にぴったりとフィットしたストライプ柄で灰色のスーツ姿。ぴっかりと脂ぎった顔がじっとりと笑んだ。
この男が十代の恋心を詞にするのかと想像しただけで困惑してしまう。
「君たちの力は人を殺すためのものじゃないだろう? この世に争いなんていらない。持て余した力をショーにして大勢の観客に披露すれば、究極のエンターティナーとして評価されるんだ。これ以上の祭はないと思わないか?」
「そんなこと……」
「そんなことじゃない。君らの力を見たい奴等は世界中にごまんと居るんだよ」
この力が人を殺す力でないことには賛同できるが、利益を得るための道具だとは思えない。彼の言葉が、欲望が、自分の好きなジャスティの歌詞を裏切っているようでたまらなかった。
修司の隣で律が「貴方は黙ってて」と近藤を咎める。出血のせいか顔色が悪い。瞬きを繰り返すのは、あまり良くない状況だろうか。
しかし近藤は彼女の言葉を気に留める様子もなく、
「君は楽しい女だね。容姿も悪くないし、バスクなんだろう? ホルスなんか辞めて私にプロデュースさせてくれないか? 金なら幾らでも払ってやるぞ」
「生憎、見世物になる気はないの。貴方とそんな話をするためにここへ来たんじゃないわ」
言葉の端々に短い呼吸が刻まれる。敵だと思いながらも、修司は律の具合を気にせずにいられなかった。
怪我のせいで疲弊していることははっきりと分かるのに、それでも彼女の表情は毅然としている。
「人生なんて、そう否定的に生きちゃつまらないと思うけど」
「彰人さん?」
「ホルス側がそんなに渋ってるなら、こちらが代わりに引き受けてもいいですよ」
彰人の唐突な快諾に、近藤は甲高い雄叫びを上げて頬の肉をたわませた。
律は「ちょっと!」と声を上げるが、反動で傷んだ傷口に顔を歪める。
「貴方、能力者としてのプライドはないの?」
「プライド? 近藤さんも言ったじゃない、この力は人殺しの道具じゃないって。僕は楽しんでくれる人が居るなら、むしろアリだと思うよ。それにバスクと知って君を利用したら、彼が罪に問われるからね」
「そうなのか?」
彰人は憮然とする律から、素っ頓狂な声を上げた近藤へと視線を移した。
「よく考えれば分かると思いますけど?」
「なら尚更、キーダーと手を組むしかないって事だな」
「その貪欲さには敵いませんね。けど、この服を着ている限り僕の力は国のものなので、貴方の儲けの為に勝手には使えないんです。だから、利益の出ないチャリティイベントの時にでも声掛けて下さい。その時は喜んでお手伝いさせていただきますよ」
「はぁ? 何がチャリティだ。ふざけやがって」
激高した近藤が目を充血させて吐き捨てる。テレビで見る温厚な姿とはまるで別人だ。
「無欲でどうする? 私の事を金の亡者みたいに言う輩が居るが、私はビジネスをしてるんだ。金は私が世間に与えたものに対する対価だと思ってる。ウチの女の子達だって、私のやり方を非難する子もいるが、人には向き不向きがあるんだよ。可愛い容姿だけ持ってても売れるには足りない。それぞれ見合った所へ送り出してやるのは間違ってない考えだと思うけどね」
近藤にそんな親心のようなものは感じないが、その言葉に修司の胸がチクリと痛んだ。
「まぁ、今日はこのショーをじっくり見させてもらうよ。その為に来たんだからな。さぁ、観客も引く頃だろう。キーダーとホルスで思う存分戦うところを見せてくれ」
そう言うと近藤はあっさりと部屋を出て行ってしまった。
彰人は「もう」と肩をすくめる仕草をして、両手を横にひらひらとさせる。
「僕が彼のボディガードだったんだけどね。まぁ、本人がそれでいいなら構わないか。それより律、大分やられたね」
三人で残ったのは気不味かったが、沈黙を避けるように彰人が会話を続けた。
「ちょっと出血が多いけど、相手は京子ちゃん?」
「そうよ。それとキーダーの若い男だったわ」
彰人を睨んだままの律だったが、ぶっきらぼうに返事を返した。
「綾斗くんじゃないなら、アイツか。血の気の多い男だからね」
彰人が律の顔をそっと覗き見ると、彼女はきまり悪そうに俯いて、「あの女が好きなの?」と尋ねた。
彰人は小さく吹き出して、「そうじゃないよ」と笑う。
「僕は誰かさんみたいに、恋人がいる女性に本気になるほど情熱的な男じゃないからね」
「誰かさんって?」
「こっちの話」
複雑な人間関係を垣間見て、修司は苦笑する彰人を伺う。
律は暫く黙っていたが、やがて近藤を追うように部屋を出て行ってしまった。
「あぁ――行っちゃった」
背中を見送る彰人に、修司は思い切って尋ねてみる。
「彰人さんは、京子さんを追い掛けて東京に来たんですか?」
二年前、好きな人を追い掛けて上京したと言った彰人。
実際は彼の父親と共にアルガスを襲撃することが目的だったようだが、あらかたその話も嘘ではないと思えてしまう。
彰人は少しだけ驚いた顔を見せたが、「違うよ」と否定した。
「さっき言ったでしょ? 上京したのは二年前のアルガス襲撃の為だよ。失敗しちゃったけどね。京子ちゃんは小学校の頃からの、僕の幼馴染なんだ」
弁解の言葉も修司には肯定にしか取ることができなかったが、階下の混乱に戦闘の音が混じり出したことに気付いて、それ以上を聞くのは諦めた。
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