上 下
153 / 571
Episode2 修司

59 トリガー

しおりを挟む
 メインの大階段とは違い、その部屋へ降りる階段は建物の奥にひっそりとあった。
 地下通路には目的の場所以外にも幾つか扉が並んでいたが、ぱっと見ただけでは中の様子は分からない。
 手前から二番目の扉をIDカードで解錠して、桃也とうやが「入れよ」と修司を中へ促した。

 地下の資料庫と聞いて陰気なくささを想像したが、中は空調が管理されていて思った以上に快適だった。
 天井は高く、高窓からの光が部屋の様子を照らし出す。『資料庫』という名の通り、壁一面をファィル棚や本棚がびっしりと埋めていた。

「ここにある資料を見れば、アルガスの全てがわかるんですか?」
「大体な」

 桃也は照明のスイッチを入れて、長机に下ろしたファイルを一つずつ棚へ戻していく。

「俺が読んでもいいんですか? キーダーになるって、まだちゃんと返事していませんけど」

 『大晦日の白雪しらゆき』や、二年前の襲撃しゅうげきについて書いてあるものがあるなら読んでみたいし、颯太そうたが居た解放前のことも知りたいと思うのは、純粋じゅんすい興味本位きょうみほんいからだ。

「キーダーになるなら事実を把握はあくすることは悪いことじゃないと思うぜ。機密事項きみつじこうは多いけど、アルガスの変遷へんせん辿たどるにはこれ以上の場所なんてないからな」

 修司はこくりとあごを引いて棚を見渡した。
 ファイルの背に貼られたレーベルにはナンバリングされた数字と日付のみが書かれている。勿論それだけでは中身を想像することすらできなかった。
 そんな中ふと入口の扉の内側に貼られたポスターが目にとまって、修司は「あっ」と声を上げる。

 ここには不釣り合いなビールの宣伝ポスターだ。
 色褪いろあせた紙は所々がやぶけていて、セロテープで補修してある。よく見るメーカーのビールだが、レトロなデザインラベルが懐かしさを感じさせた。
 何よりも、ポスターの中央に写るジョッキを持った男の顔に見覚えがある。

「大分昔のだよな。今じゃ白髪しらがじいさんだもんな」

 近所のおじさんの話でもするように桃也は笑うが、修司から見れば彼は偉人いじんだ。

大舎卿だいしゃきょうですよね? 七年前あの隕石いんせきから日本を救ったっていう」
「そうそう。こんな仕事もしてたのかって思うと同情するよ。たまに変な依頼いらい通すんだよな、ここのえらいオッサン達。この人、普段はこんな風に笑ったりしないんだぜ」

 太陽を真上から浴びたさわやかな笑顔は、確かに今まで見た資料の写真にはなかった表情だ。

「これだと英雄っていうかスターですよね。俺もいつか会えたらいいなって思います」
「ここに居りゃ会えるだろ。所属は本部のままだし、今は溜め込んだ有給休暇ゆうきゅうきゅうかを消化してるだけだからな」

 持ってきたファイルの整頓せいとんを終え、桃也は空になった長机の椅子いすを引いた。

「修司は自分がバスクだってずっと知ってたんだろ? 俺は父親の仕事の関係で、海外の病院で生まれたんだ。だから検査しなかったのは偶然だったんだと思う。そのせいでずっと能力の事を知らなかったんだよ」

 そういうこともあるのかとうなずいて、修司は桃也の向かいに座り、彼の言葉に耳を傾けた。誰にでも話せるような明るい話題でないことを、その表情がかもし出している。

「けど、それで覚醒かくせいを逃れられるわけじゃないからな。銀環ぎんかん抑制よくせいがない分、力は早く目覚める。少しずつ能力の断片だんぺんを自覚できるようになって……」

 そこまで言って、桃也は言葉を一旦閉ざしてしまった。深く息を吐き出して、肩肘をついた手で自分の額をおおう。
 重い空気が流れるのを彼自身感じたのか、「悪い」と顔を上げた。

「桃也さんは、二年前のアルガス襲撃の時、キーダーとして戦ったんですか?」
「あぁ。初陣ういじんって言ったらカッコ良く聞こえるのかもしれないけど、訓練もほとんどしてなかったから大して役に立たなかった」
「そうなんですね。じゃあ、大晦日おおみそか白雪しらゆきの時は、まだバスクだったんだ」

 軽い気持ちで口にしたその言葉が、桃也の表情を一変させる。
 テーブルの中央を見つめる困惑こんわくした瞳に、修司はしまったという気持ちでいっぱいになった。
 彼のトリガーを引いた言葉を状況の逆回転で探り、それが大晦日おおみそか白雪しらゆきだと修司が理解した時、桃也は急に「よし」と吹っ切れたような顔で立ち上がった。



しおりを挟む

処理中です...