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Episode2 修司
52 銀環を付けて学校へ行くこと
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アルガスに来て三日目の朝。
充電が落ちたままになっていたスマホを開くと、譲のメールだけで十件も溜まっていた。
心配する彼に隠せることなどもう何もない気がするが、今アルガスで銀環を付けている事情を文字だけで簡潔に伝えることができず、書きかけたまま返信画面を閉じて食堂へ向かった。
「今日から学校だろ。まだいいのか? 美弦はいつも七時前には出て行ってるぜ」
遅れて食堂に来た桃也が、窓辺で食事を終える修司の前に座った。キーダーの制服こそ着ているが、相変わらずのノーネクタイだ。
「一時間はかからないみたいなんで、もう少し居れるかなと思って」
「余裕だな」
「それが結構面倒なんですよ」
アルガスから通うことを想定すれば、まず選ばない学校だ。所要時間さえ長くはないが、乗り換えが三回もある。対して美弦の通う東黄学園は乗り換え一回で行けるのだから、そう急ぐこともない気がした。
修司は残った味噌汁を飲み干して、「そういえば」と桃也に尋ねる。
「桃也さん、昨日はマンションに戻らなかったんですか?」
桃也と京子は恋人同士で、数駅離れたマンションに二人で暮らしているらしい。彼がこの時間ここに居る事は、何か理由があるのだろう。
「あぁ、ちょっと今忙しくてさ。京子も泊りだったんだぜ。部屋でまだ寝てるんじゃないかな」
「アルガスで何かあるんですか?」
「上のオッサン達に面倒押し付けられたんだよ。遅くなったから、そのまま泊ったんだ」
「面倒? って」
「お前は気にすることねぇよ」
律の事かと考えて、しかし断られてしまった答えに修司は「そうですか」と素直に頷く。
「そうだ、学校は普通に行っていいからな。部活してるなら届け出して。緊急の仕事が入ったら呼び出す事になるけど、まぁ当分はない筈だから」
「部活はしてません」
「なら、あとはホルスやバスクに気をつけろよ? 夕飯は七時からだから、それまでには帰ること。友達とどっか寄ったりして遅れるような時は、事務所に直接連絡くれればいいから。趙馬刀は肌身離さず携帯しておけよ」
言われて修司は制服のジャケットの上から腰にある柄を確認した。
硬い感覚がまだ慣れない。
修司は食堂のおばちゃん・もといフリフリエプロン姿のマダムに出されたお茶を一気に飲み干し、食堂を後にした。
支度が整ったところで、部屋の片隅で見つけた年代物のプレーヤーに、譲から貰ったCDを入れる。音楽を聴いている時間ではないのだが、銀環を付けて一人で外へ出ることへのプレッシャーに憂鬱さを感じてしまう。
つい先日までノーマルだと偽っていた自分が突然キーダーになることを、周りはどう思うのだろうか。
学校を休むことさえ考えたが、曲がサビに入った所で「あぁそうだよな」と溜息が零れる。
――『貴方が頑張れるから、私も頑張れるんだよ』
このタイミングに何て歌詞だよと笑ってしまう。
「俺も」と腰かけたベッドから立ち上がると、部屋の天井に付けられたスピーカーが鳴った。
『おはよう、修司。貴方にお客様が来てるわよ』
雑音混じりに響く京子の声が、来客を告げる。直感的に彰人かと期待したが、それは現実味のない事だと思った。
『学校の用意して門のトコに行ってね』
そう言われてリュックを背負う。まさかの客人は譲だった。
充電が落ちたままになっていたスマホを開くと、譲のメールだけで十件も溜まっていた。
心配する彼に隠せることなどもう何もない気がするが、今アルガスで銀環を付けている事情を文字だけで簡潔に伝えることができず、書きかけたまま返信画面を閉じて食堂へ向かった。
「今日から学校だろ。まだいいのか? 美弦はいつも七時前には出て行ってるぜ」
遅れて食堂に来た桃也が、窓辺で食事を終える修司の前に座った。キーダーの制服こそ着ているが、相変わらずのノーネクタイだ。
「一時間はかからないみたいなんで、もう少し居れるかなと思って」
「余裕だな」
「それが結構面倒なんですよ」
アルガスから通うことを想定すれば、まず選ばない学校だ。所要時間さえ長くはないが、乗り換えが三回もある。対して美弦の通う東黄学園は乗り換え一回で行けるのだから、そう急ぐこともない気がした。
修司は残った味噌汁を飲み干して、「そういえば」と桃也に尋ねる。
「桃也さん、昨日はマンションに戻らなかったんですか?」
桃也と京子は恋人同士で、数駅離れたマンションに二人で暮らしているらしい。彼がこの時間ここに居る事は、何か理由があるのだろう。
「あぁ、ちょっと今忙しくてさ。京子も泊りだったんだぜ。部屋でまだ寝てるんじゃないかな」
「アルガスで何かあるんですか?」
「上のオッサン達に面倒押し付けられたんだよ。遅くなったから、そのまま泊ったんだ」
「面倒? って」
「お前は気にすることねぇよ」
律の事かと考えて、しかし断られてしまった答えに修司は「そうですか」と素直に頷く。
「そうだ、学校は普通に行っていいからな。部活してるなら届け出して。緊急の仕事が入ったら呼び出す事になるけど、まぁ当分はない筈だから」
「部活はしてません」
「なら、あとはホルスやバスクに気をつけろよ? 夕飯は七時からだから、それまでには帰ること。友達とどっか寄ったりして遅れるような時は、事務所に直接連絡くれればいいから。趙馬刀は肌身離さず携帯しておけよ」
言われて修司は制服のジャケットの上から腰にある柄を確認した。
硬い感覚がまだ慣れない。
修司は食堂のおばちゃん・もといフリフリエプロン姿のマダムに出されたお茶を一気に飲み干し、食堂を後にした。
支度が整ったところで、部屋の片隅で見つけた年代物のプレーヤーに、譲から貰ったCDを入れる。音楽を聴いている時間ではないのだが、銀環を付けて一人で外へ出ることへのプレッシャーに憂鬱さを感じてしまう。
つい先日までノーマルだと偽っていた自分が突然キーダーになることを、周りはどう思うのだろうか。
学校を休むことさえ考えたが、曲がサビに入った所で「あぁそうだよな」と溜息が零れる。
――『貴方が頑張れるから、私も頑張れるんだよ』
このタイミングに何て歌詞だよと笑ってしまう。
「俺も」と腰かけたベッドから立ち上がると、部屋の天井に付けられたスピーカーが鳴った。
『おはよう、修司。貴方にお客様が来てるわよ』
雑音混じりに響く京子の声が、来客を告げる。直感的に彰人かと期待したが、それは現実味のない事だと思った。
『学校の用意して門のトコに行ってね』
そう言われてリュックを背負う。まさかの客人は譲だった。
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