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Episode2 修司

33 初めての……

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 扉の閉まる音をやたら長く感じて、その後に沈黙ちんもくが訪れた。

 三人掛けソファの両端に座ったまま、修司しゅうじは切り出すタイミングを計る。二年ぶりの再会は、想像していた以上に重苦しい空気を漂わせた。

「何か言うことないの?」

 美弦みつるがそっぽを向いたまま苛立いらだつ。

「ええと、髪、伸びたじゃん」

 いや、そんなことを言いたかったわけではない。
 もっとこう、久しぶりだとか近況を伝えたいと思っていたのに、振り向いた視線の先に彼女の長いツインテールが飛び込んできて、緊張のあまりにそんなことを口走ってしまった。
 しかし、美弦は「確かに伸びたわよね」と満更まんざらでもない顔をして、自分の髪を両手で撫でる。

「アンタはあんまり変わってないわね。私の事覚えてるとは思わなかったわ」
「そりゃ、初対面で怒鳴ってくる女なんて忘れねぇよ」
「そんなことは忘れていいのよ。それより、アンタがあの時言ってた会いたい人って平野さんの事だったの?」

 いきなり出たその名前に、修司は「そうそう!」と身体を乗り出して彼女との間を詰めた。
 ピタリと腰が触れて、美弦が「ちょっと」と声を上げる。

「いきなりくっついてこないでよ! 変態!」

 顔を真っ赤に紅潮こうちょうさせ、美弦は鋭く威嚇いかくした。
 てのひらを胸の前で広げて「下がって」と声を上げるが、修司は彼女に触れないギリギリの位置まで引いて、勢いのままに食いつく。

「ごめん。でも平野さんもここに居るのか? 居るなら会いたいんだけど!」

 今まで躊躇ためらっていたのが嘘のように、素直にそう言える。
 けれど美弦は少し腰を後ろにずらしてから両手を下ろすと、「残念だけど」とツインテールを揺らした。

「平野さんずっと訓練施設に居たんだけど、今年の四月から東北支部に配属されたのよ」

 仙台駅の西口から少し離れた位置に建つ、高いビルの中層階にアルガスの支部があることは知っている。颯太そうたから近付かない方がいいと言われていた場所だ。
 もう戻らないのかと思っていた平野は、キーダーとしてとっくにあの町に戻ったらしい。

「東北はずっとキーダーが不在で、やっと平野さんが入ってくれたの。けど、アンタはもうバスクじゃないんだし、そのうち会えるわよ。あの女のトコにいるって聞いた時はどうなる事かと思ったけど、もう安心して」

 律への反感をあらわにした美弦に、修司は口をつぐむ。
 キーダーの彼女がそう言うのは立場上仕方のないことだけれど、それでも苛立ちを覚えて彼女をにらみつけてしまう。

「律さんはそんなに悪い人じゃないよ」

 まだ二回しか会ったことはないが、アパートで一緒に台所に立った事や、おにぎりを食べる彼女、山で見たその笑顔がどうしても敵だと頭が理解してくれない。

「でも安藤律はホルスなの。その事実は変わらないから」

 美弦は相変わらずの不機嫌な顔で、両手をお腹の前で組み合わせながら主張を続けた。

「もう亡くなってしまったけど、彼女には歳の離れた恋人が居たのよ。どんな経緯で一緒になったのかは知らないけど、その人がホルスの幹部で彼女の力を道具にしていたのは確かなの」
「ホルスの幹部が恋人……って」
「彼女は一人になってからもその恋人の遺志を継いで、幹部になったらしいわ。目立つような事件は起こしていないけど、キーダーを単体で狙ったり、バスク同士で争ったり。資金調達やバスクの勧誘をしてるのよ」

 律の部屋にあった写真が、美弦の話に繋がる。少し若い彼女の笑顔がその男のものだと確信して、修司は愕然とした。
 けれど本人に聞かないまま納得はできない。
 あの古びたオレンジ色の空間にもう一度行って、真実を確かめたいと思ってしまう。

「ホルスはまだ闇だらけの組織よ。安藤は唯一顔の割れた人間だから、むやみに捕まえることもできないの。彼女をこちら側に繋いでしまったら、そこから進む手立てを失ってしまうから」

 再び項垂うなだれた修司に、美弦がパンと高い音で手を鳴らして立ち上がった。

「まぁ、あの女の事はこのくらいにしましょ。そろそろやるわよ」

 よろりと上げた修司の視線に、彼女が掴んだ銀色の輪が飛び込んでくる。

「私がやるから、大人しくしててくれる?」

 今になって、颯太との出来事が走馬灯そうまとうのように頭を駆け巡り、胸が苦しくなった。

「伯父さんは大丈夫なのかな……俺のせいで迷惑なんか掛けたくないのに」
「最悪は回避させるって綾斗さんが言ってくれたでしょ? あの人を信じて。ここに居るキーダーは、みんな悪い人じゃない。だから」

 自分も、律のことを悪い人じゃないと思っていたのだ。だから今は目の前の事だけを受け止めようと思う。

「じゃあ、俺はお前を信じるよ」
「何よいきなり。でもいいわね、この銀環をしたら気配を消してもキーダーだって事は誰にでもわかる。キーダーを良く思わない人なんて、そこら中に山ほどいるから、気を付ける事」
「それは、分かる気がする。俺もキーダーなんて、って思ってたから」
「でしょ? でも、胸張っときゃいいのよ。私たちは命張ってるんだから」

 平らな胸を突き出して美弦は制服の腕をまくり上げると、修司に左手を出すよう指示した。

「命……か。大分重いな、その銀環は」

 「強くなればいいのよ」と笑んで、美弦は何故かホチキス留の書類をテーブルに広げた。
 ぎっしりと埋め尽くされた文字に、修司は不穏ふおんな空気を感じてしまう。

「それマニュアルか? お前まさか、初めてやるんじゃないだろうな?」

 「そうよ」と即答する美弦に、修司は思わず腕を引き戻した。


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