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Episode2 修司
26 あの顔
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暗い夜を走る電車は、遠くに都市の煌びやかなネオンを捕らえて真っすぐに進んでいく。
ボックス席の向かいで彰人は再び本を広げ、律は駅を出てすぐに寝てしまった。大振りに揺れた身体が修司の肩に倒れかけたが、期待を込めた心臓の音に弾かれてしまったのか、向こう側へと傾いでしまう。
時間は十時を過ぎている。
飲み会があると言っていた伯父の颯太にも、遅くなる事を伝えておこうと思った。けれどスマホを取り出してメール画面を開いたところで、モニターが暗転する。
電池が切れかかっていたことをすっかり忘れていた。予備の充電も持ち合わせていない。
仕方なしに外を眺めながら、音にならないメロディを小さく口ずさんだ。
ジャスティのいつもの曲は美弦を思い出させる。二年分の髪が伸びていた彼女は、その間にどれだけの力を得たのか。
『これからアルガスで訓練して、絶対に強くなるんだから』
彼女は最初に会った日の事を覚えているだろうか。
キーダーを選んで彼女の横に居る未来も、悪い事だとは思わない。けれど――。
停車駅を示すメロディが、ようやく目的の駅を告げるのと同時に、律の目がパチリと開いた。本当に寝ていたのか? と疑ってしまう様な正確さに驚きつつ「おはようございます」と声を掛けると、「こんばんはだよ」と返事が返ってきた。
☆
いつも修司が使っている駅とは一区間離れていたが、その駅からマンションまでは程よく歩ける距離だ。別の路線へ乗り換える二人と別れようとしたところで、修司は予想外の人物がそこに居ることに気付く。
人の流れに逆らって、背の高い男が仁王立ちで修司を迎えた。見間違いかと目を凝らしたが、そうそう彼に似た人物などいない。
「伯父さん?」
修司の声に、彼の瞳が優しく細められる。偶然にしてはできすぎているが、生憎修司のスマホは電源が落ちていて、追う手段など何もないはずだ。
「どうしたの? こんなトコで。俺が来るって知ってた?」
「たまたまだよ。酔い冷ましに風に当たってたらお前が電車から降りてきたんだ。俺だって驚いてるんだぜ?」
颯太は酒の匂いをプンとさせて「悪いな」と断ると、修司の後ろで顔を見合わせる律たちに歩み寄り、深めに頭を下げた。二人がお辞儀を返すと、颯太は「この間言ってた?」と修司に確認する。
「あ、うん。律さんと彰人さん。ちょっとだけ訓練に連れてってもらったんだ」
名前を出されて、先に挨拶したのは彰人だった。
「遠山です、初めまして。遅くまで連れ回してしまって申し訳ありません」
颯太は「いやぁ」と顔の前で手を振る。
人の流れが途切れ、互いの声がよく聞こえた。短い深呼吸の後に、颯太の右手が修司の肩を叩く。
「こいつもそろそろ十八だし、そんなのは本人に任せてるつもりです。それより、自分の運命に対してはまだまだ未熟だ。変なことしないように見ててやってくれませんか? 何せこの力は下手したら自分以外の命にも係わる」
「それは僕自身も肝に銘じているつもりです」
頷いた彰人に「よろしく頼みます」と颯太はもう一度頭を下げる。律とも少し話をして、そこで解散となった。
☆
ゆったりと駅を出ると、夜道には人通りが殆ど無かった。
修司は彰人たちとの会話を思い出して、颯太を上目遣いに覗き込む。
「伯父さん、あの二人を信用してくれたの?」
「さぁな。あれだけの時間でそんな事分かったら苦労しねぇよ」
二人がバスクだと知って警戒心を見せなかった颯太だが、快く受け入れているわけではないらしい。
「バスクのお前が東京に来た以上、これからも色んな人と出会うだろう。危険なこともあるかもしれねぇけど、経験を積まないと善し悪しの判断も鈍るからな。とにかく、マズいと思ったら離れろよ?」
「うん……分かってる」
「で、何してきたんだ?」
「力を出す練習……って言ったらいいのかな。初めて大きな力を使ったけど、凄かった。ちょっと怖いくらいで……」
正直、これが素直な感想だ。自分が放つ力は、他人の力を見た時の何倍もの恐怖を叩きつけて来る。
「そりゃそうだよなぁ。護れる力ってのは、誰かを傷つける事も出来るって事だもんな」
酔いの分、いつもより陽気に颯太は笑う。
「自分が何をしたいかを考えるんだぞ」
そんなポジティブなセリフを口にした彼が、突然「あれ」と表情を陰らせて背後を一瞥した。
「どうしたの?」と尋ねると、颯太は一瞬止まった足を再び動かして首を捻る。
「あぁいや、さっきの、遠山さんだっけ? 男の方。あの顔どっかで見たことある気がするんだよなぁ」
『あの顔』はそう幾つもあるものではないと思うが。
颯太は無精髭の伸びた顎を撫でながら何度も首を横に往復させて、あれやこれやと片っ端から記憶を当てはめていくが、結局家に着くまでそれらが一致することはなかった。
けれど。
その答えがすぐに出ていたら、未来は少し変わっただろうか。
運命の日というものは、突然やってくるもので――。
ボックス席の向かいで彰人は再び本を広げ、律は駅を出てすぐに寝てしまった。大振りに揺れた身体が修司の肩に倒れかけたが、期待を込めた心臓の音に弾かれてしまったのか、向こう側へと傾いでしまう。
時間は十時を過ぎている。
飲み会があると言っていた伯父の颯太にも、遅くなる事を伝えておこうと思った。けれどスマホを取り出してメール画面を開いたところで、モニターが暗転する。
電池が切れかかっていたことをすっかり忘れていた。予備の充電も持ち合わせていない。
仕方なしに外を眺めながら、音にならないメロディを小さく口ずさんだ。
ジャスティのいつもの曲は美弦を思い出させる。二年分の髪が伸びていた彼女は、その間にどれだけの力を得たのか。
『これからアルガスで訓練して、絶対に強くなるんだから』
彼女は最初に会った日の事を覚えているだろうか。
キーダーを選んで彼女の横に居る未来も、悪い事だとは思わない。けれど――。
停車駅を示すメロディが、ようやく目的の駅を告げるのと同時に、律の目がパチリと開いた。本当に寝ていたのか? と疑ってしまう様な正確さに驚きつつ「おはようございます」と声を掛けると、「こんばんはだよ」と返事が返ってきた。
☆
いつも修司が使っている駅とは一区間離れていたが、その駅からマンションまでは程よく歩ける距離だ。別の路線へ乗り換える二人と別れようとしたところで、修司は予想外の人物がそこに居ることに気付く。
人の流れに逆らって、背の高い男が仁王立ちで修司を迎えた。見間違いかと目を凝らしたが、そうそう彼に似た人物などいない。
「伯父さん?」
修司の声に、彼の瞳が優しく細められる。偶然にしてはできすぎているが、生憎修司のスマホは電源が落ちていて、追う手段など何もないはずだ。
「どうしたの? こんなトコで。俺が来るって知ってた?」
「たまたまだよ。酔い冷ましに風に当たってたらお前が電車から降りてきたんだ。俺だって驚いてるんだぜ?」
颯太は酒の匂いをプンとさせて「悪いな」と断ると、修司の後ろで顔を見合わせる律たちに歩み寄り、深めに頭を下げた。二人がお辞儀を返すと、颯太は「この間言ってた?」と修司に確認する。
「あ、うん。律さんと彰人さん。ちょっとだけ訓練に連れてってもらったんだ」
名前を出されて、先に挨拶したのは彰人だった。
「遠山です、初めまして。遅くまで連れ回してしまって申し訳ありません」
颯太は「いやぁ」と顔の前で手を振る。
人の流れが途切れ、互いの声がよく聞こえた。短い深呼吸の後に、颯太の右手が修司の肩を叩く。
「こいつもそろそろ十八だし、そんなのは本人に任せてるつもりです。それより、自分の運命に対してはまだまだ未熟だ。変なことしないように見ててやってくれませんか? 何せこの力は下手したら自分以外の命にも係わる」
「それは僕自身も肝に銘じているつもりです」
頷いた彰人に「よろしく頼みます」と颯太はもう一度頭を下げる。律とも少し話をして、そこで解散となった。
☆
ゆったりと駅を出ると、夜道には人通りが殆ど無かった。
修司は彰人たちとの会話を思い出して、颯太を上目遣いに覗き込む。
「伯父さん、あの二人を信用してくれたの?」
「さぁな。あれだけの時間でそんな事分かったら苦労しねぇよ」
二人がバスクだと知って警戒心を見せなかった颯太だが、快く受け入れているわけではないらしい。
「バスクのお前が東京に来た以上、これからも色んな人と出会うだろう。危険なこともあるかもしれねぇけど、経験を積まないと善し悪しの判断も鈍るからな。とにかく、マズいと思ったら離れろよ?」
「うん……分かってる」
「で、何してきたんだ?」
「力を出す練習……って言ったらいいのかな。初めて大きな力を使ったけど、凄かった。ちょっと怖いくらいで……」
正直、これが素直な感想だ。自分が放つ力は、他人の力を見た時の何倍もの恐怖を叩きつけて来る。
「そりゃそうだよなぁ。護れる力ってのは、誰かを傷つける事も出来るって事だもんな」
酔いの分、いつもより陽気に颯太は笑う。
「自分が何をしたいかを考えるんだぞ」
そんなポジティブなセリフを口にした彼が、突然「あれ」と表情を陰らせて背後を一瞥した。
「どうしたの?」と尋ねると、颯太は一瞬止まった足を再び動かして首を捻る。
「あぁいや、さっきの、遠山さんだっけ? 男の方。あの顔どっかで見たことある気がするんだよなぁ」
『あの顔』はそう幾つもあるものではないと思うが。
颯太は無精髭の伸びた顎を撫でながら何度も首を横に往復させて、あれやこれやと片っ端から記憶を当てはめていくが、結局家に着くまでそれらが一致することはなかった。
けれど。
その答えがすぐに出ていたら、未来は少し変わっただろうか。
運命の日というものは、突然やってくるもので――。
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