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Episode2 修司
21 音
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細く息を吐き出して、修司は指先へ意識を集中させた。
掌から湧き出た白い光は、彰人の投げたソフトボール程度の大きさにまで膨れるが、宙へ駆け出す勢いはない。
いつもならそんな光だけで満足していたのに、初めて先を学びたいという想いが沸いた。
「すみません、これしかできなくて」
「謝らないの。少しずつコントロールできるようになればいいんだから」
律が後ろから修司の右腕を支える。
甘い香りに意識が乱れて、光が擦れた。
「集中して」
手の感触、腕の感触、胸までもを押し付ける彼女の言葉は悪戯にさえ聞こえる。それでも必死に歯を食い縛ると、光は勢いを取り戻して強く光った。
彰人は「うまいうまい」と称賛しながら横にずれて二人を見守る。
気を反らせば呆気なく消えてしまうだろう未熟な光に集中して、修司は指示を待った。
「いいと思う。少しずつ力を吹き込んで……って、難しいかな? 一気に大きくしようとしないで、えっと、ほら、風船を膨らませるみたいに?」
言われるままに風船をイメージするが、そううまくはいかない。
呆気なく収縮する光に慌てて力を込めると、急に強まった眩しさに目を細めた。
「うわっ」
ゴオッと膨れた光が炎のようにぐにゃりと歪んで、修司は咄嗟に手を放す。
放出した光が辺りを白く染めたのは、ほんの数秒だ。それは遠くへ放たれることなく、広い闇へと霧散する。
「今の大きかったよ? もっと自信持って」
律の激励に、修司は「はい」ともう一度両手に小さな光を浮かべた。ここまでは問題ない。
「大丈夫。今のが出せるなら、できるわよ」
律の声は魔法のようで、まるで彼女が操るかのように光は大きくなっていく。
「律さん、もうこのくらいで」
意思を反して膨れる光を、修司は怖いと思った。けれど「駄目よ」と囁いた律の息が耳をくすぐる。
全身に走る衝動に修司が否応なく掌に集中すると、強まった光が視界を覆いこんだ。
「これって、俺の力なんですか?」
「そうよ。暴走させないためにも、これをコントロールできるようにしなきゃ」
「暴走って……大晦日の白雪みたいなやつってことですか?」
「バスクでも、素のままじゃあそこまでの威力は出せないと思うの」
白い雪の光景がフラッシュバックしてきて、修司は目を閉じた。もう終わらせよう、気を静めようと抜いた力を、律が後ろから拾い上げる。
「すごいよ、修司くん。あと少しだけ強めてから撃つわよ」
「まだなんですか?」
「まだよ」
甘い言葉は悪魔の囁きにも聞こえてくる。彼女の腕を逃れることができなかった。
強まる振動が、光をそこから弾き出そうとしている。
「律さん、俺、もう――」
頭がグラグラしてきて、意識が飛びそうになるのを必死に堪えた。
「うん、いいわよ」と少しだけ躊躇って出されたゴーサイン。
修司は「はいっ」と足を地面に踏ん張らせた。平野の見様見真似だ。
「手から離れると更に大きくなるから、びっくりして腰抜かさないようにね」
「こ、腰抜かす、って」
余力を光へ継ぎ込んで、修司は勢いのままに両腕を前へ突き出した。直径で二メートル程の球体が、枷を引き千切った獣のように走り出す。
地鳴りを引き起こす閃光に視界を腕で覆った。
刻むように揺れる地面と空気の振動が収まるのを待って腕を下ろすと、いつの間にか正面に回っていた律が、暗闇に戻った視界の中心でぽかんと修司を見つめている。
「あ、あれ? 何も起きなかった?」
若干焼けた臭いがするものの、その風景に変化はなかった。がらんどうとした空間には、燻る火の影もない。
「ちゃんと光は出てたよ。ただ、ここには初めから何もないから」
彰人がその説明をくれる。
光が残した風景は、規模こそ小さいが大晦日の白雪と同じだと思った。
暴走はバスクが起こすものだと頭では分かっているのに、今まで他人事のように考えていた気がする。まさか自分がそれを放てるとは思わなかった。
手に残る感触を握り締めて、修司は二人に顔を上げる。
「俺もできたんですね」
「うんうん、凄いよ修司くん。真ん中くらいまで届いてたよ?」
無邪気な笑顔で褒める律。彰人もはにかみ王子さながらの笑顔で手を叩く。
「初めてなんでしょう? これは将来有望かもね」
これは、バスクの力だ。修司はバスクだと宣言してここに来たのだから、二人にとっては当たり前の光景だったのだろう。
修司もかつて平野の力を目にした時は手を叩いて賛美したのだ。それなのに、自分が称賛を受けて嬉しいとはこれっぽっちも思えなかった。
「訓練すれば応用が利くと思いますよ」
「そうよね。覚えなきゃいけないことはいっぱいあるから、頑張ってね」
にっこりと律に笑い掛けられて、修司がうつむくように頷いたその時――三人が同時に聴覚を研ぎ澄ました。
頭上から降ってくる、小さな小さな音の気配。
「アルガスの?」――そう口にしたのは律だ。
一呼吸ごとに音は強まる。
機械音、プロペラ音、それがヘリコプターの音だと理解した瞬間、修司は律から強引に腕を掴まれた。
掌から湧き出た白い光は、彰人の投げたソフトボール程度の大きさにまで膨れるが、宙へ駆け出す勢いはない。
いつもならそんな光だけで満足していたのに、初めて先を学びたいという想いが沸いた。
「すみません、これしかできなくて」
「謝らないの。少しずつコントロールできるようになればいいんだから」
律が後ろから修司の右腕を支える。
甘い香りに意識が乱れて、光が擦れた。
「集中して」
手の感触、腕の感触、胸までもを押し付ける彼女の言葉は悪戯にさえ聞こえる。それでも必死に歯を食い縛ると、光は勢いを取り戻して強く光った。
彰人は「うまいうまい」と称賛しながら横にずれて二人を見守る。
気を反らせば呆気なく消えてしまうだろう未熟な光に集中して、修司は指示を待った。
「いいと思う。少しずつ力を吹き込んで……って、難しいかな? 一気に大きくしようとしないで、えっと、ほら、風船を膨らませるみたいに?」
言われるままに風船をイメージするが、そううまくはいかない。
呆気なく収縮する光に慌てて力を込めると、急に強まった眩しさに目を細めた。
「うわっ」
ゴオッと膨れた光が炎のようにぐにゃりと歪んで、修司は咄嗟に手を放す。
放出した光が辺りを白く染めたのは、ほんの数秒だ。それは遠くへ放たれることなく、広い闇へと霧散する。
「今の大きかったよ? もっと自信持って」
律の激励に、修司は「はい」ともう一度両手に小さな光を浮かべた。ここまでは問題ない。
「大丈夫。今のが出せるなら、できるわよ」
律の声は魔法のようで、まるで彼女が操るかのように光は大きくなっていく。
「律さん、もうこのくらいで」
意思を反して膨れる光を、修司は怖いと思った。けれど「駄目よ」と囁いた律の息が耳をくすぐる。
全身に走る衝動に修司が否応なく掌に集中すると、強まった光が視界を覆いこんだ。
「これって、俺の力なんですか?」
「そうよ。暴走させないためにも、これをコントロールできるようにしなきゃ」
「暴走って……大晦日の白雪みたいなやつってことですか?」
「バスクでも、素のままじゃあそこまでの威力は出せないと思うの」
白い雪の光景がフラッシュバックしてきて、修司は目を閉じた。もう終わらせよう、気を静めようと抜いた力を、律が後ろから拾い上げる。
「すごいよ、修司くん。あと少しだけ強めてから撃つわよ」
「まだなんですか?」
「まだよ」
甘い言葉は悪魔の囁きにも聞こえてくる。彼女の腕を逃れることができなかった。
強まる振動が、光をそこから弾き出そうとしている。
「律さん、俺、もう――」
頭がグラグラしてきて、意識が飛びそうになるのを必死に堪えた。
「うん、いいわよ」と少しだけ躊躇って出されたゴーサイン。
修司は「はいっ」と足を地面に踏ん張らせた。平野の見様見真似だ。
「手から離れると更に大きくなるから、びっくりして腰抜かさないようにね」
「こ、腰抜かす、って」
余力を光へ継ぎ込んで、修司は勢いのままに両腕を前へ突き出した。直径で二メートル程の球体が、枷を引き千切った獣のように走り出す。
地鳴りを引き起こす閃光に視界を腕で覆った。
刻むように揺れる地面と空気の振動が収まるのを待って腕を下ろすと、いつの間にか正面に回っていた律が、暗闇に戻った視界の中心でぽかんと修司を見つめている。
「あ、あれ? 何も起きなかった?」
若干焼けた臭いがするものの、その風景に変化はなかった。がらんどうとした空間には、燻る火の影もない。
「ちゃんと光は出てたよ。ただ、ここには初めから何もないから」
彰人がその説明をくれる。
光が残した風景は、規模こそ小さいが大晦日の白雪と同じだと思った。
暴走はバスクが起こすものだと頭では分かっているのに、今まで他人事のように考えていた気がする。まさか自分がそれを放てるとは思わなかった。
手に残る感触を握り締めて、修司は二人に顔を上げる。
「俺もできたんですね」
「うんうん、凄いよ修司くん。真ん中くらいまで届いてたよ?」
無邪気な笑顔で褒める律。彰人もはにかみ王子さながらの笑顔で手を叩く。
「初めてなんでしょう? これは将来有望かもね」
これは、バスクの力だ。修司はバスクだと宣言してここに来たのだから、二人にとっては当たり前の光景だったのだろう。
修司もかつて平野の力を目にした時は手を叩いて賛美したのだ。それなのに、自分が称賛を受けて嬉しいとはこれっぽっちも思えなかった。
「訓練すれば応用が利くと思いますよ」
「そうよね。覚えなきゃいけないことはいっぱいあるから、頑張ってね」
にっこりと律に笑い掛けられて、修司がうつむくように頷いたその時――三人が同時に聴覚を研ぎ澄ました。
頭上から降ってくる、小さな小さな音の気配。
「アルガスの?」――そう口にしたのは律だ。
一呼吸ごとに音は強まる。
機械音、プロペラ音、それがヘリコプターの音だと理解した瞬間、修司は律から強引に腕を掴まれた。
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