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Episode2 修司
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「ホルスって知ってるか?」
颯太の言ったその言葉は、初めて耳にするものではなかった。
昔読んだ漫画の悪役キャラにそんなのが居たからだ。きっと関係はないのだろうと思いながら「神様の名前?」と、キャラクターの出所が神話だったことを思い出して尋ねると、颯太は「そうだそうだ」とニンマリする。
「大層な名前だよな。いいか、今から言うホルスは、まぁ簡単に言っちまえばアルガスの敵だ」
「アルガスの敵? ってことはバスク……とは違うの?」
「単体じゃなくて、組織の名前。情報が少なすぎてハッキリとは分からねぇが、仕切ってるのはノーマルって噂だ。厄介なことになった後じゃ遅いからな、一応覚えとけ」
銀環を付けて能力を国に管理されているのが『キーダー』。
キーダーになることをやめて能力を放棄した人は『トール』。
能力があるのに、国の管理を逃れて身を潜めながら暮らしているのが『バスク』だ。
そして、そのどれにも当てはまらない大多数――能力を持たない一般人の事を『ノーマル』と呼ぶ。
「隕石事件で英雄視されたキーダーは、今のこの国じゃ花形だ。努力で掴み取った力でもなく、宝くじみたいにランダムときちゃあ妬む奴も出て来るだろ?」
颯太の話に、『ふざけんな』と怒鳴った美弦の顔が過る。
「そのホルスの連中が、バスクの力を狙ってるって話よ」
「バスクを戦力にしたいって事? それじゃ国とキーダーの関係と変わらないじゃないか」
「そういう事だ。バスクだって数が居るわけじゃねぇし、すんなり集まるとも思えないんだけどな」
国に縛られるのが嫌でバスクを選んだ人間が、ホルスなんて訳の分からない奴等のために力を使うのだろうか。
「『大晦日の白雪』や二年前のアルガス襲撃も、バスクじゃなくてホルスなのかな?」
「俺はその可能性もあると思ってる。国がどう事後報告した所で、真実を知るのは中の奴等だけだからな。お前も怪しい輩には気をつけろよ?」
命を懸ける覚悟ができずキーダーになることを避けていたが、バスクだから平和で居られるわけでもないようだ。
「伯父さんはどう思う? 俺はキーダーになった方がいいのかな?」
「いずれホルスみたいのが出て来るんだろうとは思ってたけど、このタイミングで知ることになるなんてな。お前の力は国を乗っ取ろうなんて勢力に加担するためのものじゃない。ホルスになるくらいなら、キーダーやトールの方がって思っちまうよな」
「でもトールになったら、もう戻れないんだよね? 少し考えてもいい?」
ここに来て素直にトールになることを選べない自分がいる。
トールになって力を消せば、誰かの為に戦ったり命を狙われる心配はない。それを一番望んでいるはずなのに、今まで隠してきたことが全て無駄になってしまう気がして、力を惜しいとさえ思ってしまうのだ。
「もちろんだ。それと修司、昨夜の女性はどうだった? 変な勧誘されなかったか?」
「女性、って律さん? 彼女はそんなんじゃないよ」
「律って言うのか。疑ってるわけじゃないが、そういう事もあり得るってことだ」
彼女が国を相手に戦おうだなんて想像すらできない。
彼女はキーダーに狙われていたのだ。そんな組織の人間なら、キーダーも簡単に取り逃がしたりはしないのではないか。
彼女を疑われたことに苛立って修司が膨れっ面を向けると、颯太は「悪い悪い」と手を合わせた。
頭上にプロペラ音が響く。
仰いだ空の眩しさに右手をかざすと、銀色の機体が海の方角へと横切っていった。
「ねぇ伯父さん、昔のアルガス解放の時、アルガスを恨んでトールになったキーダーがいたって話だろ? そういう人たちもホルスに係わってるのかな」
小さくなっていく機影に、見たことのない隕石の軌道を重ねる。
颯太は両手で日差しを遮りながら「ありゃあ、アルガスのヘリだな」と呟いた。
アルガス本部のある東京では、そのヘリコプターを目撃することは珍しい事ではなかった。初めこそ『バレたらどうしよう』と警戒したが、どうやらこの距離では感じ取ることはできないようだ。
「恨むって言っても、今のそいつ等に力なんかねぇよ。みんなもうオッサンだぜ? ちょっと物事を始めるには遅いんじゃねぇのか?」
『アルガス解放』という言葉はたまに耳にするが、修司にとっては生まれる前の歴史でしかない。
解放前の日本で力を持って生まれた人間は、十五歳でアルガスに入ったまま世間から隔離されていた。
力を持って生まれたこと自体が禁忌と恐れられ、トールへの変換も許されなかった時代、キーダーは死ぬまでそこで暮らすことを余儀なくされていたらしい。
しかしそんな状況を覆したのが、今では英雄と呼ばれる大舎卿だ。
隕石から人々を救った大きな功績をきっかけに、キーダーに『国の盾』として日本を守る役割が与えられた。
「隕石が落ちて来た日の事って、伯父さんは覚えてる?」
颯太の言ったその言葉は、初めて耳にするものではなかった。
昔読んだ漫画の悪役キャラにそんなのが居たからだ。きっと関係はないのだろうと思いながら「神様の名前?」と、キャラクターの出所が神話だったことを思い出して尋ねると、颯太は「そうだそうだ」とニンマリする。
「大層な名前だよな。いいか、今から言うホルスは、まぁ簡単に言っちまえばアルガスの敵だ」
「アルガスの敵? ってことはバスク……とは違うの?」
「単体じゃなくて、組織の名前。情報が少なすぎてハッキリとは分からねぇが、仕切ってるのはノーマルって噂だ。厄介なことになった後じゃ遅いからな、一応覚えとけ」
銀環を付けて能力を国に管理されているのが『キーダー』。
キーダーになることをやめて能力を放棄した人は『トール』。
能力があるのに、国の管理を逃れて身を潜めながら暮らしているのが『バスク』だ。
そして、そのどれにも当てはまらない大多数――能力を持たない一般人の事を『ノーマル』と呼ぶ。
「隕石事件で英雄視されたキーダーは、今のこの国じゃ花形だ。努力で掴み取った力でもなく、宝くじみたいにランダムときちゃあ妬む奴も出て来るだろ?」
颯太の話に、『ふざけんな』と怒鳴った美弦の顔が過る。
「そのホルスの連中が、バスクの力を狙ってるって話よ」
「バスクを戦力にしたいって事? それじゃ国とキーダーの関係と変わらないじゃないか」
「そういう事だ。バスクだって数が居るわけじゃねぇし、すんなり集まるとも思えないんだけどな」
国に縛られるのが嫌でバスクを選んだ人間が、ホルスなんて訳の分からない奴等のために力を使うのだろうか。
「『大晦日の白雪』や二年前のアルガス襲撃も、バスクじゃなくてホルスなのかな?」
「俺はその可能性もあると思ってる。国がどう事後報告した所で、真実を知るのは中の奴等だけだからな。お前も怪しい輩には気をつけろよ?」
命を懸ける覚悟ができずキーダーになることを避けていたが、バスクだから平和で居られるわけでもないようだ。
「伯父さんはどう思う? 俺はキーダーになった方がいいのかな?」
「いずれホルスみたいのが出て来るんだろうとは思ってたけど、このタイミングで知ることになるなんてな。お前の力は国を乗っ取ろうなんて勢力に加担するためのものじゃない。ホルスになるくらいなら、キーダーやトールの方がって思っちまうよな」
「でもトールになったら、もう戻れないんだよね? 少し考えてもいい?」
ここに来て素直にトールになることを選べない自分がいる。
トールになって力を消せば、誰かの為に戦ったり命を狙われる心配はない。それを一番望んでいるはずなのに、今まで隠してきたことが全て無駄になってしまう気がして、力を惜しいとさえ思ってしまうのだ。
「もちろんだ。それと修司、昨夜の女性はどうだった? 変な勧誘されなかったか?」
「女性、って律さん? 彼女はそんなんじゃないよ」
「律って言うのか。疑ってるわけじゃないが、そういう事もあり得るってことだ」
彼女が国を相手に戦おうだなんて想像すらできない。
彼女はキーダーに狙われていたのだ。そんな組織の人間なら、キーダーも簡単に取り逃がしたりはしないのではないか。
彼女を疑われたことに苛立って修司が膨れっ面を向けると、颯太は「悪い悪い」と手を合わせた。
頭上にプロペラ音が響く。
仰いだ空の眩しさに右手をかざすと、銀色の機体が海の方角へと横切っていった。
「ねぇ伯父さん、昔のアルガス解放の時、アルガスを恨んでトールになったキーダーがいたって話だろ? そういう人たちもホルスに係わってるのかな」
小さくなっていく機影に、見たことのない隕石の軌道を重ねる。
颯太は両手で日差しを遮りながら「ありゃあ、アルガスのヘリだな」と呟いた。
アルガス本部のある東京では、そのヘリコプターを目撃することは珍しい事ではなかった。初めこそ『バレたらどうしよう』と警戒したが、どうやらこの距離では感じ取ることはできないようだ。
「恨むって言っても、今のそいつ等に力なんかねぇよ。みんなもうオッサンだぜ? ちょっと物事を始めるには遅いんじゃねぇのか?」
『アルガス解放』という言葉はたまに耳にするが、修司にとっては生まれる前の歴史でしかない。
解放前の日本で力を持って生まれた人間は、十五歳でアルガスに入ったまま世間から隔離されていた。
力を持って生まれたこと自体が禁忌と恐れられ、トールへの変換も許されなかった時代、キーダーは死ぬまでそこで暮らすことを余儀なくされていたらしい。
しかしそんな状況を覆したのが、今では英雄と呼ばれる大舎卿だ。
隕石から人々を救った大きな功績をきっかけに、キーダーに『国の盾』として日本を守る役割が与えられた。
「隕石が落ちて来た日の事って、伯父さんは覚えてる?」
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