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Episode2 修司
10 彼女の家へ
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大型連休の酒場はどこも盛況で、ちょうど一次会を終えた集団がぞろぞろと店から出て来る頃合いだった。
足首まである長いスカートをものともしない足取りで雑踏をすり抜けていく彼女は、走り出してすぐに自分の名前が『律』だと教えてくれた。
全速力で彼女の横に並んだところで修司が背後を一瞥すると、美弦たちの姿は見えなくなっていた。
「撒けたと思うけど。もう少し走りましょう」
何度も振り向く修司の手を握り、律は「もう少しよ」と微笑んだ。
「このまま前だけ見て走って。人が多いから、見つかっても戦闘にはならない筈よ」
繋いだ手を強く引いて、律が強引に先導する。修司の優柔不断な気持ちが彼女には筒抜けだ。
律の細い手首に銀環はなかったが、美弦の時と同じだった。『貴女はバスクなのか』と聞かなくても、その答えを感じ取ることができる。
繁華街を抜けて、派手なトーテムポールを看板にした居酒屋の角を路地へ曲がった所で、律がようやく手を解いた。
「ここよ」と足が止まり、唐突に告げられた目的地に修司は「えっ」と困惑する。
狭い路地の奥にある、やたら古いアパートだった。コンクリートの低いビルに両脇をピタリと挟まれた木造二階建ては、息が詰まりそうな程窮屈に見える。
廃墟だと言われたら納得してしまいそうな外観を照らす共同玄関の明かりが、現役であることを精一杯アピールしていた。
律は「私の家なの」と、ボロアパートには縁のなさそうな艶のある笑顔広げる。
『この中に入るのか?』と躊躇したすぐ後に、『初対面の女性の部屋に入るのか?』と要らぬ興奮が湧いてくる。
すると突然バタリと玄関の扉が開いて、中から大学生風の男が現れた。
派手な絵がプリントされた黒いTシャツにジャージをはいた、コンビニにでも行くような格好だ。
「こんばんは、隆くん」
「こんばんは」
仲間なのかと修司が怪しんだのも束の間、彼は律の笑顔にうっすらとはにかんで、そのまま行ってしまった。
律は「部屋が隣なの」と説明する。どうやら深い関係ではなさそうだ。
ここもただのアパートに過ぎない。
どこかの部屋で流れるアイドルの曲が、BGMを鳴らすように響いて来る。
穏やかな日常の空気に気が抜けて、修司は「どうぞ」と促されるままアパートの中へと足を踏み入れた。
外観からの想像を裏切らない、木が剝き出しの古い内装だ。
玄関の横には八つの錆びた郵便受けが二段に並んでいて、律は上段の『安藤』の扉を開けるが、中は空だった。
オレンジ色の温かい照明に照らされる階段を上って、一番奥の部屋へ案内される。
ギシギシと軋む廊下には、四つの部屋のドアが並んでいた。扉にはそれぞれ花模様の白い擦りガラスがついていて、手前二つからは中の明かりが漏れている。
律はポケットから取り出した小さな鍵で扉の上に付いた錠前を外すと、部屋の中へと修司を迎え入れた。
細い板の間が付いた六畳一間の和室は、玄関に立っただけでその全てを見渡すことができる。
彼女と同じ匂いがする部屋に上がり込んで、修司はやたらうるさい心臓の音をぐっと奥へ押し込んだ。
足首まである長いスカートをものともしない足取りで雑踏をすり抜けていく彼女は、走り出してすぐに自分の名前が『律』だと教えてくれた。
全速力で彼女の横に並んだところで修司が背後を一瞥すると、美弦たちの姿は見えなくなっていた。
「撒けたと思うけど。もう少し走りましょう」
何度も振り向く修司の手を握り、律は「もう少しよ」と微笑んだ。
「このまま前だけ見て走って。人が多いから、見つかっても戦闘にはならない筈よ」
繋いだ手を強く引いて、律が強引に先導する。修司の優柔不断な気持ちが彼女には筒抜けだ。
律の細い手首に銀環はなかったが、美弦の時と同じだった。『貴女はバスクなのか』と聞かなくても、その答えを感じ取ることができる。
繁華街を抜けて、派手なトーテムポールを看板にした居酒屋の角を路地へ曲がった所で、律がようやく手を解いた。
「ここよ」と足が止まり、唐突に告げられた目的地に修司は「えっ」と困惑する。
狭い路地の奥にある、やたら古いアパートだった。コンクリートの低いビルに両脇をピタリと挟まれた木造二階建ては、息が詰まりそうな程窮屈に見える。
廃墟だと言われたら納得してしまいそうな外観を照らす共同玄関の明かりが、現役であることを精一杯アピールしていた。
律は「私の家なの」と、ボロアパートには縁のなさそうな艶のある笑顔広げる。
『この中に入るのか?』と躊躇したすぐ後に、『初対面の女性の部屋に入るのか?』と要らぬ興奮が湧いてくる。
すると突然バタリと玄関の扉が開いて、中から大学生風の男が現れた。
派手な絵がプリントされた黒いTシャツにジャージをはいた、コンビニにでも行くような格好だ。
「こんばんは、隆くん」
「こんばんは」
仲間なのかと修司が怪しんだのも束の間、彼は律の笑顔にうっすらとはにかんで、そのまま行ってしまった。
律は「部屋が隣なの」と説明する。どうやら深い関係ではなさそうだ。
ここもただのアパートに過ぎない。
どこかの部屋で流れるアイドルの曲が、BGMを鳴らすように響いて来る。
穏やかな日常の空気に気が抜けて、修司は「どうぞ」と促されるままアパートの中へと足を踏み入れた。
外観からの想像を裏切らない、木が剝き出しの古い内装だ。
玄関の横には八つの錆びた郵便受けが二段に並んでいて、律は上段の『安藤』の扉を開けるが、中は空だった。
オレンジ色の温かい照明に照らされる階段を上って、一番奥の部屋へ案内される。
ギシギシと軋む廊下には、四つの部屋のドアが並んでいた。扉にはそれぞれ花模様の白い擦りガラスがついていて、手前二つからは中の明かりが漏れている。
律はポケットから取り出した小さな鍵で扉の上に付いた錠前を外すと、部屋の中へと修司を迎え入れた。
細い板の間が付いた六畳一間の和室は、玄関に立っただけでその全てを見渡すことができる。
彼女と同じ匂いがする部屋に上がり込んで、修司はやたらうるさい心臓の音をぐっと奥へ押し込んだ。
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