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Episode1 京子
56 本当の名前は
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「ジジイになったな、勘ちゃん」
10年越しに聞いたその音と、記憶の片隅に残っていた浩一郎の声が重なった。
とうに忘れていた事だが、少し低めで息子の彰人と良く似ている。
そんな浩一郎の言葉に眉をひそめて、京子は綾斗の横にそっと入り込んだ。
「勘ちゃんって誰?」
京子がこっそり問い掛けると、綾斗は「大舎卿のことですか?」と口元に手を添えて更に小さな声で囁いた。
そんなやり取りが気に障ったのか、大舎卿は逆隣りから不機嫌そうに答えをくれる。
「わしの名じゃよ」
「君たち知らなかったのかい? 今は変な名前で呼ばれているけど、本名は成澤勘爾っていうんだよ」
「えっ……そうなんですか?」
丁寧に説明してくれたのは浩一郎だ。
大舎卿の怒り顔が少しだけ恥ずかしそうに歪む。
『大舎卿』が本名でないことは知っていたが、沈み込んだ記憶が浮上できない程、京子は綺麗さっぱり忘れていた。
「それより、浩一郎。また派手にやってくれたな」
「まだまだ。こんなのじゃ済まないよ」
浩一郎はまだ無傷の壁を一瞥し、「ね」と楽しそうに笑んだ。目を細めるように笑う顔も、彰人とよく似ている。
「ふざけおって。二十五年前の捨て台詞が今日の事だというのは分かった。じゃが、どうして今のお前に力がある? トールになったんじゃないのか。お前のそのおかしな記憶操作で悪さをしたのか?」
力を縛り、トールとしてアルガスを出たはずの浩一郎は「そうだねぇ」と相槌を打つ。
「操作なんかしてないよ。俺の力じゃ消すことしかできないんだから。けど、やっぱり勘ちゃんはあの時言ったことを覚えてたんだね」
「まだ痴呆には早いんでな」
「そうか。なら俺に力があるのは不思議だと思うだろうね。確かに俺はあの時一度トールになったけど、消した直後なら取り消す事ができるって知ってたんだよ。だから外した後に気が変わったって言ったら、そのキーダーは喜んで戻してくれた。あれが勘ちゃんじゃなくて単純な男で良かったよ。勘ちゃんを騙せる自信はないからね。全部終わった後に、戻した彼の記憶だけ抜いたんだ」
心当たりがあるのか、勘ちゃんもとい大舎卿は「あいつか」と吐く。
「彼はまだアルガスにいるのかい?」
「とっくの昔にトールになって出て行ったわ。まぁ今となっては過去なんぞどうでもいい話じゃな」
「そうだね。寒くなってきたし、始めようか」
スポーツでもするように言って力を高めた浩一郎に、彰人が続いた。
先に京子たちキーダー三人が趙馬刀に刃を付けたが、バスクがやってみせたその光景に目を疑う。
「バスクは柄なしで剣を生成するの?」
二人の手に現れたのは、鍔も柄もない青白く光る長い刃だった。趙馬刀の刃の部分だけが伸びた状態だ。
どこからが刃なのか分からないが、しっかりと彼等の手に握り締められている。
能力者は趙馬刀の柄を持つ事で刃を作り出すことが出来ると教えられてきたが、根本から間違っているというのか。
「要らないんだよ、そんなもの。所詮ノーマルが考えた道具だろう?」
浩一郎は余裕だ。
彼に勝てる気がしなかった。人数が一人多いというだけでは、力の差を埋めることが出来ない。
敵を見据えながら、綾斗がこっそり京子を呼んだ。
「死んだら、桃也さんに会えなくなりますよ」
そう言った彼の顔は、少し寂しげに見える。
けれど京子は素直に「そうだね」と返事した。
帰ってくると言った桃也を笑顔で迎えてあげたい。京子は親指で指輪を確認し、その手を刃に添えた。
「ありがとう、綾斗」
ホッと息を吐くように呟いた声が本人に届いたかどうかは分からないが、視界の片隅で綾斗が少しだけ笑んだ気がした。
「さぁ」と浩一郎がスタートを切り出したところで、大舎卿が一度構えを解いて声を掛ける。
「浩一郎、お前ハナが死ぬのを待っていたのか?」
「あぁ、そうだよ」
浩一郎が即答して、京子は眉を上げた。ハナは去年亡くなった大舎卿の奥さんで、隕石事件の前後に、アルガスの施設員だったという女性だ。
「そうか」と呟いた大舎卿の背が小さく見える。
三人の間に激しい恋物語が垣間見えて、京子はじりじりと前に出て大舎卿の表情を伺った。
「勘ちゃんといて、ハナは幸せだったかい?」
「……わからん」
大舎卿の答えに京子は顔をひそめる。
彼と一緒に居たハナはいつも笑顔で幸せそうに見えた。少なくとも京子にはそう見えたのだ。
「最後くらい来てくれても、わしは構わんかった。けれど、約束は守ったぞ」
「それならいいんだ。ありがとう、勘ちゃん」
何があったのだろうか。浩一郎は目を伏せ、口角をそっと持ち上げる。
「もう、思い残すことはない」
大舎卿の気配が膨れるのが分かった。
青白く光っていた趙馬刀から白い煙が立ち上り、刃に絡みつく。
彼の強さが成す技は、京子が初めて見る光景だ。
「行くぞ」
大舎卿の合図で戦いの火蓋は切られた。
10年越しに聞いたその音と、記憶の片隅に残っていた浩一郎の声が重なった。
とうに忘れていた事だが、少し低めで息子の彰人と良く似ている。
そんな浩一郎の言葉に眉をひそめて、京子は綾斗の横にそっと入り込んだ。
「勘ちゃんって誰?」
京子がこっそり問い掛けると、綾斗は「大舎卿のことですか?」と口元に手を添えて更に小さな声で囁いた。
そんなやり取りが気に障ったのか、大舎卿は逆隣りから不機嫌そうに答えをくれる。
「わしの名じゃよ」
「君たち知らなかったのかい? 今は変な名前で呼ばれているけど、本名は成澤勘爾っていうんだよ」
「えっ……そうなんですか?」
丁寧に説明してくれたのは浩一郎だ。
大舎卿の怒り顔が少しだけ恥ずかしそうに歪む。
『大舎卿』が本名でないことは知っていたが、沈み込んだ記憶が浮上できない程、京子は綺麗さっぱり忘れていた。
「それより、浩一郎。また派手にやってくれたな」
「まだまだ。こんなのじゃ済まないよ」
浩一郎はまだ無傷の壁を一瞥し、「ね」と楽しそうに笑んだ。目を細めるように笑う顔も、彰人とよく似ている。
「ふざけおって。二十五年前の捨て台詞が今日の事だというのは分かった。じゃが、どうして今のお前に力がある? トールになったんじゃないのか。お前のそのおかしな記憶操作で悪さをしたのか?」
力を縛り、トールとしてアルガスを出たはずの浩一郎は「そうだねぇ」と相槌を打つ。
「操作なんかしてないよ。俺の力じゃ消すことしかできないんだから。けど、やっぱり勘ちゃんはあの時言ったことを覚えてたんだね」
「まだ痴呆には早いんでな」
「そうか。なら俺に力があるのは不思議だと思うだろうね。確かに俺はあの時一度トールになったけど、消した直後なら取り消す事ができるって知ってたんだよ。だから外した後に気が変わったって言ったら、そのキーダーは喜んで戻してくれた。あれが勘ちゃんじゃなくて単純な男で良かったよ。勘ちゃんを騙せる自信はないからね。全部終わった後に、戻した彼の記憶だけ抜いたんだ」
心当たりがあるのか、勘ちゃんもとい大舎卿は「あいつか」と吐く。
「彼はまだアルガスにいるのかい?」
「とっくの昔にトールになって出て行ったわ。まぁ今となっては過去なんぞどうでもいい話じゃな」
「そうだね。寒くなってきたし、始めようか」
スポーツでもするように言って力を高めた浩一郎に、彰人が続いた。
先に京子たちキーダー三人が趙馬刀に刃を付けたが、バスクがやってみせたその光景に目を疑う。
「バスクは柄なしで剣を生成するの?」
二人の手に現れたのは、鍔も柄もない青白く光る長い刃だった。趙馬刀の刃の部分だけが伸びた状態だ。
どこからが刃なのか分からないが、しっかりと彼等の手に握り締められている。
能力者は趙馬刀の柄を持つ事で刃を作り出すことが出来ると教えられてきたが、根本から間違っているというのか。
「要らないんだよ、そんなもの。所詮ノーマルが考えた道具だろう?」
浩一郎は余裕だ。
彼に勝てる気がしなかった。人数が一人多いというだけでは、力の差を埋めることが出来ない。
敵を見据えながら、綾斗がこっそり京子を呼んだ。
「死んだら、桃也さんに会えなくなりますよ」
そう言った彼の顔は、少し寂しげに見える。
けれど京子は素直に「そうだね」と返事した。
帰ってくると言った桃也を笑顔で迎えてあげたい。京子は親指で指輪を確認し、その手を刃に添えた。
「ありがとう、綾斗」
ホッと息を吐くように呟いた声が本人に届いたかどうかは分からないが、視界の片隅で綾斗が少しだけ笑んだ気がした。
「さぁ」と浩一郎がスタートを切り出したところで、大舎卿が一度構えを解いて声を掛ける。
「浩一郎、お前ハナが死ぬのを待っていたのか?」
「あぁ、そうだよ」
浩一郎が即答して、京子は眉を上げた。ハナは去年亡くなった大舎卿の奥さんで、隕石事件の前後に、アルガスの施設員だったという女性だ。
「そうか」と呟いた大舎卿の背が小さく見える。
三人の間に激しい恋物語が垣間見えて、京子はじりじりと前に出て大舎卿の表情を伺った。
「勘ちゃんといて、ハナは幸せだったかい?」
「……わからん」
大舎卿の答えに京子は顔をひそめる。
彼と一緒に居たハナはいつも笑顔で幸せそうに見えた。少なくとも京子にはそう見えたのだ。
「最後くらい来てくれても、わしは構わんかった。けれど、約束は守ったぞ」
「それならいいんだ。ありがとう、勘ちゃん」
何があったのだろうか。浩一郎は目を伏せ、口角をそっと持ち上げる。
「もう、思い残すことはない」
大舎卿の気配が膨れるのが分かった。
青白く光っていた趙馬刀から白い煙が立ち上り、刃に絡みつく。
彼の強さが成す技は、京子が初めて見る光景だ。
「行くぞ」
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