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Episode1 京子
33 深い意味はない
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「桃也!」
三回目のコールが途切れた瞬間、京子は飛びつくようにその名前を呼んだ。
『そろそろだろうとは思ってたけど、終わったのか?』
すぐに返って来る声に懐かしささえ込み上げて、京子はぎゅっと目を閉じる。
雪山で平野に銀環を結び、無事に彼を支部へ引き渡すことができたものの、手続きや報告をしているうちにすっかり夜になってしまった。
当日のうちに東京へ戻りたかったが、寒空の下に居た事が災いしてまた熱が上がり、綾斗に猛反対を食らった次第だ。
渋々ながら仙台に留まり、ようやく部屋に戻ったのが八時過ぎ。京子は軽くシャワーを浴びて、早々に桃也へ電話を掛ける。
数日振りの声にかしこまって、ベッドの上にちょんと正座した。
「終わったよ。明日本部に顔出してからマンションに戻るから、夕方までには帰れると思う」
『お疲れ様』と返って来る声にホッとする。会いたくなる衝動にびょんと身体を弾ませると、ベッドがギシリと軋んだ。
『そっち雪は? 声は元気そうだけど、ケガとかしてないか?』
「駅前は全然積もってないよ。朝晩は結構寒いけどね。ケガはしてないけど、ちょっと風邪気味かな」
『じゃあ、早く寝たほうがいいな』
心配して欲しい反面、倒れたことは黙っておく。酔っ払って綾斗に迷惑を掛けたことも内緒だ。
キーダーの仕事は守秘義務が多い。話せる範囲でこの数日を振り返ると、八割方が食べ物の話になってしまった。牛タンに笹かまに、ずんだ餅に辛味噌のラーメン……と毎日の食事を振り返る。
『相変わらず食ってばっかだな』
大分部屋の暖房を上げたつもりだが、まだ少し寒気がして京子は横になった。布団を引き寄せた手の指輪が目に飛び込んで、「そうだ」とスマホを耳に押し当てる。
「この間もらった指輪だけど、薬指だからみんなに色々言われるよ」
『プロポーズされたのか、って?』
ストレートに返って来る言葉に、京子は赤らめた顔を横に振った。
『そこがぴったりだと思っただけだよ』
「どういう意味かわかんないよ」
平然を装いつつも、彼の言葉に期待してしまう。
『そうだな。まぁ色んな意味があるんだろうけど、そういう時はちゃんと言うから』
ポジティブに解釈してしまうような言い回しに照れながら「ありがとう」を伝える。桃也は『どういたしまして』と嬉しそうに答えた。
『そこまで深い意味はなかったけど、お前は良く一人で突っ走ろうとするだろ? それ見て俺の事思い出してくれたら、少しは冷静になれるんじゃねぇかって思ったんだよ』
「桃也……」
『お前のことは俺が守る。だから、一人で無茶するなよ』
決意に似た音を感じる。締まりなく緩む顔を空の手で強く押さえ、京子は呼吸を整えた。
ベッド横の時計を見ると、東京への終電にはギリギリで間に合う時間だ。
会いたくてたまらない。
今すぐにでも帰って彼の胸に飛び込みたいと思うのに、布団の中がどんどん熱くなっていく。
京子は布団を剝ぎ、買い置きの水を喉に流し込んだ。
『どうした?』
「ううん。ちょっと喉乾いてお水飲んだ」
『お前がこんな時間に水なんて飲むのかよ。てっきり今から戻るとでも言い出すのかと思ったぜ』
「ひどい。本当に水だもん。帰ろうかなとはちょっと思ったけど」
『だろ?』と桃也が楽しそうに笑う。
「明日まで我慢するよ。もう少しで会えるね」
今日は駄目と自分に言い聞かせて、京子はベッドに潜り込んだ。
三回目のコールが途切れた瞬間、京子は飛びつくようにその名前を呼んだ。
『そろそろだろうとは思ってたけど、終わったのか?』
すぐに返って来る声に懐かしささえ込み上げて、京子はぎゅっと目を閉じる。
雪山で平野に銀環を結び、無事に彼を支部へ引き渡すことができたものの、手続きや報告をしているうちにすっかり夜になってしまった。
当日のうちに東京へ戻りたかったが、寒空の下に居た事が災いしてまた熱が上がり、綾斗に猛反対を食らった次第だ。
渋々ながら仙台に留まり、ようやく部屋に戻ったのが八時過ぎ。京子は軽くシャワーを浴びて、早々に桃也へ電話を掛ける。
数日振りの声にかしこまって、ベッドの上にちょんと正座した。
「終わったよ。明日本部に顔出してからマンションに戻るから、夕方までには帰れると思う」
『お疲れ様』と返って来る声にホッとする。会いたくなる衝動にびょんと身体を弾ませると、ベッドがギシリと軋んだ。
『そっち雪は? 声は元気そうだけど、ケガとかしてないか?』
「駅前は全然積もってないよ。朝晩は結構寒いけどね。ケガはしてないけど、ちょっと風邪気味かな」
『じゃあ、早く寝たほうがいいな』
心配して欲しい反面、倒れたことは黙っておく。酔っ払って綾斗に迷惑を掛けたことも内緒だ。
キーダーの仕事は守秘義務が多い。話せる範囲でこの数日を振り返ると、八割方が食べ物の話になってしまった。牛タンに笹かまに、ずんだ餅に辛味噌のラーメン……と毎日の食事を振り返る。
『相変わらず食ってばっかだな』
大分部屋の暖房を上げたつもりだが、まだ少し寒気がして京子は横になった。布団を引き寄せた手の指輪が目に飛び込んで、「そうだ」とスマホを耳に押し当てる。
「この間もらった指輪だけど、薬指だからみんなに色々言われるよ」
『プロポーズされたのか、って?』
ストレートに返って来る言葉に、京子は赤らめた顔を横に振った。
『そこがぴったりだと思っただけだよ』
「どういう意味かわかんないよ」
平然を装いつつも、彼の言葉に期待してしまう。
『そうだな。まぁ色んな意味があるんだろうけど、そういう時はちゃんと言うから』
ポジティブに解釈してしまうような言い回しに照れながら「ありがとう」を伝える。桃也は『どういたしまして』と嬉しそうに答えた。
『そこまで深い意味はなかったけど、お前は良く一人で突っ走ろうとするだろ? それ見て俺の事思い出してくれたら、少しは冷静になれるんじゃねぇかって思ったんだよ』
「桃也……」
『お前のことは俺が守る。だから、一人で無茶するなよ』
決意に似た音を感じる。締まりなく緩む顔を空の手で強く押さえ、京子は呼吸を整えた。
ベッド横の時計を見ると、東京への終電にはギリギリで間に合う時間だ。
会いたくてたまらない。
今すぐにでも帰って彼の胸に飛び込みたいと思うのに、布団の中がどんどん熱くなっていく。
京子は布団を剝ぎ、買い置きの水を喉に流し込んだ。
『どうした?』
「ううん。ちょっと喉乾いてお水飲んだ」
『お前がこんな時間に水なんて飲むのかよ。てっきり今から戻るとでも言い出すのかと思ったぜ』
「ひどい。本当に水だもん。帰ろうかなとはちょっと思ったけど」
『だろ?』と桃也が楽しそうに笑う。
「明日まで我慢するよ。もう少しで会えるね」
今日は駄目と自分に言い聞かせて、京子はベッドに潜り込んだ。
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