上 下
21 / 597
Episode1 京子

20 ちょっと飲みすぎているような気がする

しおりを挟む
『後で後悔するかも』

 そんな二人のやりとりも耳に入らない様子で、京子は大ジョッキに入った一杯目のレモンサワーをあっという間に飲み干した。空のジョッキをテーブルに置いた音が、ドンと響く。

「京子さん、一気飲みなんかして平気なんですか?」
「平気平気。いつも通りだから気にしないで」

 京子は呑気のんきな笑顔で返事して、通りかかった店員に「同じものを」とジョッキを預けた。
 綾斗あやと一抹いちまつの不安を覚えるが、京子の勢いは加速していく。

「そうそう陽菜ひな、私この間、彰人あきひとくんに会ったんだよ!」
「連絡できたの? まだ電話番号教えてなかったよね?」

 驚く陽菜を前に、京子はお通しのいかにんじんを食べながら、ふるふると首を振った。

「連絡なんてしてないよ。陽菜と電話した後に、偶然……凄いと思わない?」
「そりゃ凄いけど。そんなことあるの? 東京でしょ?」
「私もまさかとは思ったんだよ。たまたま行った場所だったし……」

 追加で来たレモンサワーも半分をグイグイと流し込み、京子はぽっと赤くほおを染めて声を弾ませる。

「それで、アイツ何か言ってた?」

 言われて京子は首をひねる。そう言えば何を話しただろうか。
 動揺していて会話などほとんど覚えていない。
 興味深げな綾斗の視線を気にしつつ記憶を辿って話をすると、陽菜が思い切り顔をゆがめた。

「泣いた、って。それは京子がひどいよ」
「泣きたくて泣いたわけじゃないもん。突然だったし、何話していいかわかんなくて……」
「まぁ突然来られちゃ驚くのは分かるけどさ。彼氏さんと鉢合わせなんて災難だったね」
「災難ってのとは違うんだけど」
「それだけアイツの事が好きだったってことじゃない?」
「過去の話だからね?」

 『過去』を強調する京子に「うんうん」と相槌あいづちを打って、陽菜は鶏皮の串を差し出した。

「これ食べて元気になって。彼氏さんと仲良くするんだよ?」
「してるもん」

 京子はスネた顔で串を受け取ると、再びジョッキを空にした。
 陽菜はサラダを運んできた定員に三人分の飲み物を頼んで、グラスに残っていたビールを飲み干す。

「私は彰人とアンタがくっついたらいいと思ってたんだけどな」

 「昔の事だけど」と微笑む陽菜。

「そういえばこの間彰人のパパに会ったけど、京子のこと気にしてたよ?」
「彰人くんのお父さん?」
「そう。たまたま家の前でね。相変わらずのダンディっぷりで「京子ちゃんは元気?」って」
「私、会ったことあるかな?」

 彰人の父親はどんな人だっただろうか。彼の母親の顔は浮かんでくるが、父親に関してはそのダンディなイメージすら出てこない。
 京子は腕を組み、大袈裟おおげさに首を傾けた。酔いのせいか仕草がどんどん大きくなっていく。

「京子は地元じゃちょっと有名人だし、私と仲良い事知ってて聞いてきたのかもしれないね」
「顔が出てこないもんなぁ」
「父親なんてのは、学校行事とかもあんまり関係ないしね。結構似てると思うけど、私は彰人よりパパの方が好みだな」

 帰省の連絡をした時、『おじさんは連れて来るな』と言った口が、そんなことを言っている。
 テンションの上がる女子二人に圧倒されながら静かに枝豆をつまんでいた綾斗が、小さな瞳をぱちくりと開いて、感心するように大きくうなずいた。

「京子さんにもそんな人がいるんですね」
「だから昔の事だって。今は桃也がいるもん」

 京子は目をうるませ、目の前の馬刺しをき込んだ。陽菜が「もったいない」と止めるが、すでに半分が京子の胃の中へ入ってしまっている。
 一人テンションの高い京子を置いて、陽菜は綾斗にメニューを勧めた。綾斗は物珍しそうに目を通し、軟骨の唐揚げと鮭のおにぎりを頼む。

「京子はね、何年も片思いしたまま上京しちゃったの。中三のバレンタインにチョコ渡したんだけど、返事は貰えなくて。曖昧に終わらせた恋愛は、後引くんだよねぇ」
「引いてるんですか?」
「引いてないってば! 陽菜もそんなことまで勝手に教えないでくれる?」
「その相手の人は京子さんのことどう思っていたんですかね」

 興味津々な綾斗の質問に、京子はごくりと息を呑んだ。

 ――「最後なんだから」

 陽菜にはやされて前日に買ったチョコレートを通学途中の彼に渡し、猛ダッシュで逃げてきた。
 ホワイトデーを待たずに地元を離れたせいか、それとも彼の答えなのか、何もないまま六年が過ぎている。

 今更返事を聞く気にもなれないけれど、陽菜は「それがね」と苦笑する。

「私アイツに聞いてみた事あるんだけど、はぐらかされちゃったの」
「へぇ。ってことは、嫌いでもなかったってことですか」
「どうなんだろう。アイツちょっと変わってるんだよ。イケメンだし、勉強もスポーツもトップクラスだったから、好きだった女子は京子だけじゃないんだよ。それなのに、いまだに誰か特定の人と付き合ったって話は聞いたことないんだよなぁ」
「それって京子さんに未練みれん感じてるんじゃ」
「だったりしてね」
「変な話で盛り上がらないで!」

 京子は吠えるように綾斗を睨んだ。空にしたジョッキの数はもう分からなくなっているが、いつの間にか注文した日本酒の二合徳利とっくりが既に軽くなっている。

「京子さん、そろそろヤバイんじゃないですか?」

 「あはは」と陽気に笑ってお猪口ちょこをすする京子を警戒し、綾斗は陽菜に目で助けを求めるが、彼女もまたコロコロと笑うばかりだ。
 すると突然京子が「あっ」と声を上げ、足元に置いていた二つの紙袋のうち、黄色い方を「お土産だよぉ」と陽菜に渡した。

「ありがとう。東京ばな奈だ。美味しいよね、これ」

 忠雄から奪い返したものだ。
 何も知らずに喜ぶ陽菜を横目に、綾斗は一人素面しらふで鮭のおにぎりにかぶりついた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

jumbl 'ズ

井ノ上
キャラ文芸
青年、大吉は、平凡な日々を望む。 しかし妖や霊を視る力を持つ世話焼きの幼馴染、宮森春香が、そんな彼を放っておかない。 春香に振り回されることが、大吉の日常となっていた。 その日常が、緩やかにうねりはじめる。 美しい吸血鬼、大財閥の令嬢、漢気溢れる喧嘩師、闇医者とキョンシー、悲しき天狗の魂。 ひと癖もふた癖もある連中との出会い。 そして、降りかかる許し難い理不尽。 果たして、大吉が平穏を掴む日は来るのか。

【完結】モフモフたちは見てる〜アリスのぬいぐるみ専門店〜

トト
キャラ文芸
『大切にされたものには魂が宿る』  ぬいぐるみたちの声を聞く少女アリスは、ぬいぐるみネットワークを使い様々な事件を解決する。 【一章】  一人暮らしを始めた圭介は、毎日夢で泣き叫ぶクマのぬいぐるみのせいで寝不足になっていた。心配した友だちの紹介で、「アリスのぬいぐるみ専門店」に相談することに。 【二章】  久しぶりにぬいぐるみ店を訪れた圭介は、流れでアリスたちの仕事の手伝いをすることに、そこで血の繋がりのない三人がぬいぐるみ店を始めた訳を知る。  そしてぬいぐるみを届けるだけの手伝いは、目の前で受取人が誘拐されたことで、事件へと変わっていく。   カクヨムで掲載してる『アリスのぬいぐるみ専門店』改稿版

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

世界亜夜~魂の街で夜獣を狩れ!

一陽吉
キャラ文芸
人々の精神が住む夜だけの街、世界夜。 そこで野八彩は負の感情でできた魔物・夜獣と戦い神貨を稼ぐ。 すべては現実世界へ帰り、家族との日常を取り戻すため。 舞台イメージは岩手県盛岡市。 今宵も彩は魔法を撃つための銃、スピールを手に世界夜で戦い続ける。 イラストは寝娘さまに描いていただきました。

嘘つきの婚約破棄計画

はなげ
BL
好きな人がいるのに受との婚約を命じられた攻(騎士)×攻めにずっと片思いしている受(悪息) 攻が好きな人と結婚できるように婚約破棄しようと奮闘する受の話です。

今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ
恋愛
マユラは優秀な魔導師を輩出するレイクフィア家に生まれたが、魔導の才能に恵まれなかった。 そのため幼い頃から小間使いのように扱われ、十六になるとアルティナ公爵家に爵位と金を引き換えに嫁ぐことになった。 だが夫であるオルソンは、初夜の晩に現れない。 マユラはオルソンが義理の妹リンカと愛し合っているところを目撃する。 全てを諦めたマユラは、領地の立て直しにひたすら尽力し続けていた。 それから四年。リンカとの間に子ができたという理由で、マユラは離縁を言い渡される。 マユラは喜び勇んで家を出た。今日からはもう誰かのために働かなくていい。 自由だ。 魔法は苦手だが、物作りは好きだ。商才も少しはある。 マユラは王都の片隅で、錬金術店を営むことにした。 これは、マユラが偉大な錬金術師になるまでの、初めの一歩の話──。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

処理中です...