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Episode1 京子
19 あと1センチ欲しい
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待ち合わせはいつもの店だ。
まだ京子が中学生だった頃から忠雄に連れられて来ていた居酒屋で、帰省の度に顔を出している。
駅前のアーケードから小道に入ってすぐの場所で、緑色の暖簾が京子を迎えた。
「いらっしゃいませ。あれ京子ちゃん? 久しぶり」
まだ若い店長の声に、近くにいた店員が挨拶を重ねていく。
「お久しぶりです。予約してなかったんですけど入れます?」
「うん、大丈夫だよ。二人?」
何かを焼く香ばしい匂いに食欲をそそられ、京子はキュウと鳴るお腹を押さえた。
二階では地元高校の同窓会が行われているらしく、外の寒さを忘れてしまうほどに店内は賑わっている。
もう一人来ることを伝えると、一番奥のテーブル席へ通された。いつもは生け簀のあるカウンターに座ることが多かったが、今日は先客がそこを埋めていた。
「とりあえずレモンサワーを大ジョッキで。あとは馬刺しと唐揚げと、串盛りは三人前で下さい。綾斗はどうする? 飲み物はコーラにでもしとく?」
熱々のおしぼりを受け取りながら、京子はメニューも見ずに思いついたものを頼んでいく。その勢いに圧倒されながらも綾斗はいつもの調子で、
「牛乳ありますか?」
「牛乳?」
京子は思わずしかめ面で声を強めた。
「そんなの居酒屋にないよ?」
「だったら……」
「構わないですよ、持ってきます」
京子の困惑に動じることなく、店長は気さくな笑顔を残してカウンターの奥へと消えて行った。
「ちょっと綾斗、こんなとこで牛乳飲む気?」
ランチ時に彼が牛乳を飲んでいるのは、給食の延長のようなものだと思っていた。
「そんなに牛乳ばっか飲んで、身長でも伸ばしたいの?」
何気なく言った言葉に、綾斗の表情が一瞬固まるのが分かった。
確かに彼は身長が高いほうではないが、京子がヒールを履いても若干見上げる余裕はある。だからそこまで気にすることではないと思うが、本人にとっては深刻な問題なのかもしれない。
「成長期なんですよ。今がラストチャンスなんです」
本気だ。
綾斗は高校三年生。本人の言う通り、成長ゲージの伸びは最終局面を迎えている。
「けど、キーダーの男はモテるんでしょ? 少しくらい低くたって良いんじゃない?」
「一八〇センチの彼氏が居る人に言われても、説得力がないんですよ!」
メガネの奥の瞳が、冷たく京子を見据えている。
「たまたまだよ。恋人って別に身長で選ぶものじゃないでしょ? 卑屈になることないよ」
桃也は確かに身長が高いが、背だけで言えばマサのほうが上だ。
「俺だって別に高望みしてる訳じゃないんですよ」
湯気の立つおしぼりで手を拭きながら、綾斗はツンとスネた表情で訴える。
「あと一センチ伸ばして、俺のパーソナルデータを一七〇にしたいんです。必死なんですからね」
一センチ増えたところで大して変わらない気もするが、京子が考える何倍もその一センチへのこだわりは大きいようだ。
「分かったよ。もう頑張ってとしか言えないけど、頑張って!」
綾斗はスッキリしない表情で、「ありがとうございます」と礼を言う。
運ばれてきたお通しや酒と一緒に、タイミング良く陽菜が現れた。
「ごめぇん、遅くなって」
脱いだダウンコートを丸めて空いた椅子に乗せ、陽菜は店員にビールを頼む。
「私も今来たとこだよ。久しぶり、髪切ったんだね」
「だいぶ前だよ。楽ちんラクチン」
前会った時は黒のストレートロングだった髪が、明るい茶色のショートヘアになっていた。
綾斗が会釈すると、陽菜は「あれ」と首を傾げる。
「仕事の人連れて来るって、彼氏だったの?」
忠雄に続いて二連続の反応。途端に綾斗の機嫌が悪くなるのが分かる。
「違うの。彼じゃなくて、本当に出張で来てるんだよ。綾斗はまだ高校生なんだから」
むっすりと頭を下げる綾斗。そんな彼の機嫌も陽菜は全く気にする様子がない。
「そうなんだ、イケメンじゃん。けど高校生かぁ、キーダーって大変だね。京子も中学出てすぐ東京に行ったもんね」
「さっきもうちのお父さんに彼氏と間違われてご機嫌斜めだったんだよ」
「まぁ男連れで実家に帰るなんて言ったら、間違われても仕方ないね。お父さん元気だった?」
「うん、相変わらず」
満足そうに頷く陽菜。忠雄もそうだが、独特の地方訛りが落ち着く。周りから聞こえてくる会話も、京子には心地良かった。
運ばれてくるビールを待って、三人で乾杯する。
レモンサワーの大ジョッキを手にご機嫌な京子をよそに、陽菜が綾斗にこっそりと声を掛けた。
「着いて来ちゃった事、後で後悔するかも」
悪戯っぽく笑う陽菜に、綾斗は「え?」と眉をしかめた。
まだ京子が中学生だった頃から忠雄に連れられて来ていた居酒屋で、帰省の度に顔を出している。
駅前のアーケードから小道に入ってすぐの場所で、緑色の暖簾が京子を迎えた。
「いらっしゃいませ。あれ京子ちゃん? 久しぶり」
まだ若い店長の声に、近くにいた店員が挨拶を重ねていく。
「お久しぶりです。予約してなかったんですけど入れます?」
「うん、大丈夫だよ。二人?」
何かを焼く香ばしい匂いに食欲をそそられ、京子はキュウと鳴るお腹を押さえた。
二階では地元高校の同窓会が行われているらしく、外の寒さを忘れてしまうほどに店内は賑わっている。
もう一人来ることを伝えると、一番奥のテーブル席へ通された。いつもは生け簀のあるカウンターに座ることが多かったが、今日は先客がそこを埋めていた。
「とりあえずレモンサワーを大ジョッキで。あとは馬刺しと唐揚げと、串盛りは三人前で下さい。綾斗はどうする? 飲み物はコーラにでもしとく?」
熱々のおしぼりを受け取りながら、京子はメニューも見ずに思いついたものを頼んでいく。その勢いに圧倒されながらも綾斗はいつもの調子で、
「牛乳ありますか?」
「牛乳?」
京子は思わずしかめ面で声を強めた。
「そんなの居酒屋にないよ?」
「だったら……」
「構わないですよ、持ってきます」
京子の困惑に動じることなく、店長は気さくな笑顔を残してカウンターの奥へと消えて行った。
「ちょっと綾斗、こんなとこで牛乳飲む気?」
ランチ時に彼が牛乳を飲んでいるのは、給食の延長のようなものだと思っていた。
「そんなに牛乳ばっか飲んで、身長でも伸ばしたいの?」
何気なく言った言葉に、綾斗の表情が一瞬固まるのが分かった。
確かに彼は身長が高いほうではないが、京子がヒールを履いても若干見上げる余裕はある。だからそこまで気にすることではないと思うが、本人にとっては深刻な問題なのかもしれない。
「成長期なんですよ。今がラストチャンスなんです」
本気だ。
綾斗は高校三年生。本人の言う通り、成長ゲージの伸びは最終局面を迎えている。
「けど、キーダーの男はモテるんでしょ? 少しくらい低くたって良いんじゃない?」
「一八〇センチの彼氏が居る人に言われても、説得力がないんですよ!」
メガネの奥の瞳が、冷たく京子を見据えている。
「たまたまだよ。恋人って別に身長で選ぶものじゃないでしょ? 卑屈になることないよ」
桃也は確かに身長が高いが、背だけで言えばマサのほうが上だ。
「俺だって別に高望みしてる訳じゃないんですよ」
湯気の立つおしぼりで手を拭きながら、綾斗はツンとスネた表情で訴える。
「あと一センチ伸ばして、俺のパーソナルデータを一七〇にしたいんです。必死なんですからね」
一センチ増えたところで大して変わらない気もするが、京子が考える何倍もその一センチへのこだわりは大きいようだ。
「分かったよ。もう頑張ってとしか言えないけど、頑張って!」
綾斗はスッキリしない表情で、「ありがとうございます」と礼を言う。
運ばれてきたお通しや酒と一緒に、タイミング良く陽菜が現れた。
「ごめぇん、遅くなって」
脱いだダウンコートを丸めて空いた椅子に乗せ、陽菜は店員にビールを頼む。
「私も今来たとこだよ。久しぶり、髪切ったんだね」
「だいぶ前だよ。楽ちんラクチン」
前会った時は黒のストレートロングだった髪が、明るい茶色のショートヘアになっていた。
綾斗が会釈すると、陽菜は「あれ」と首を傾げる。
「仕事の人連れて来るって、彼氏だったの?」
忠雄に続いて二連続の反応。途端に綾斗の機嫌が悪くなるのが分かる。
「違うの。彼じゃなくて、本当に出張で来てるんだよ。綾斗はまだ高校生なんだから」
むっすりと頭を下げる綾斗。そんな彼の機嫌も陽菜は全く気にする様子がない。
「そうなんだ、イケメンじゃん。けど高校生かぁ、キーダーって大変だね。京子も中学出てすぐ東京に行ったもんね」
「さっきもうちのお父さんに彼氏と間違われてご機嫌斜めだったんだよ」
「まぁ男連れで実家に帰るなんて言ったら、間違われても仕方ないね。お父さん元気だった?」
「うん、相変わらず」
満足そうに頷く陽菜。忠雄もそうだが、独特の地方訛りが落ち着く。周りから聞こえてくる会話も、京子には心地良かった。
運ばれてくるビールを待って、三人で乾杯する。
レモンサワーの大ジョッキを手にご機嫌な京子をよそに、陽菜が綾斗にこっそりと声を掛けた。
「着いて来ちゃった事、後で後悔するかも」
悪戯っぽく笑う陽菜に、綾斗は「え?」と眉をしかめた。
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