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Episode1 京子
16 初恋の彼と今の彼
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駅へ向かって横断歩道を渡ってくる彼を、見間違える筈はなかった。
『端正な顔立ち』という言葉がしっくりとくるその温和な表情に、通りすがりの女子がハッと目を奪われている。
くっきりとした瞳を京子に留めて、彼は「あれ」と笑顔を零した。
「もしかして、京子ちゃん?」
改札側の軒下にいる京子の横に入り込んで、遠山彰人はパチリと傘を閉じる。
懐かしい声だった。目鼻立ちも、柔らかな癖のある髪も、昔と変わらない。
彼は今仕事で東京にいるのだと陽菜に聞いたのは、ほんの数分前だ。正月早々スーツ姿にビジネスバッグを持った彼は、仕事中なのだろうか。
驚愕と緊張で、京子は声を絞り出すように返事した。
「彰人くん……どうして?」
「やっぱり京子ちゃんだ。偶然だね、中学の卒業式以来?」
「……多分」
落ち着いた立ち振る舞いの彼に、学生時代心を奪われた女子は少なくない。あくまで過去の話だけれど、京子もその一人だった。
「今仕事でこっち来てるんだけど、正月だってのに忙しくてさ」
京子は持っていた傘を強く握り締める。
陽菜の電話を切ってから五分も経っていない。タイミングが良すぎないだろうか。
しかし、京子が今この駅にいるのも偶然だ。仙台行きの話がなければ、桃也との待ち合わせもしなかった。
「そうなんだ。えっと、私……」
包帯の巻かれた右足が鉛のように重い。
初恋の相手との再会に嬉しさよりも逃げ出したい気持ちが膨らんで、たじろいでしまう。
半歩退いた京子を、彰人は「大丈夫?」と覗き込んだ。
頭の中が混乱し、涙が出そうになる。
慌てて目尻に指を当てると、背後からいきなり「京子」と腕を捕まれた。桃也だ。
「何泣きそうになってんだよ」
桃也は「誰?」と目の前の彰人を睨む。
「恐い顔しないでよ。京子ちゃんの同級生の遠山です」
「あぁ――夢の男か」
「夢?」
「ううん、何でもないの」
察した桃也が庇うように前へ出ると、彰人は「ごめんね」と京子に謝った。
彼は苛立つ桃也に顔色一つ変えない。
「そうだ。もう過ぎちゃったけど、誕生日おめでとう」
「覚えててくれたんだ」
「前も言ったでしょ? 元旦なんて分かりやすい誕生日、一度聞いたら忘れないよ」
同じように誕生日を祝って貰ったのは、もう何年前の事だろう。
素直に嬉しいと思って、京子はうつむいたまま「ありがとう」と呟く。
彰人は「また会えたらいいね」と微笑んで、小さく二人に手を振った。
けれど彼はすれ違いざまに、京子へ一言だけ言葉をくれる。
「面白い彼だね」
囁くようなその声は、桃也には届いていない。京子は彰人を目で追うが、既にその姿は改札の奥へと消えていた。
「何かされたのか?」
桃也は彰人から視線を返し、京子の頭にそっと手を乗せる。
京子は「ううん」と首を横に振った。
「何もされてないよ。偶然会ったの」
「なら良いけど……他の男の前で泣くのはやめろよ? 心配してるんだからな?」
「うん、気を付ける」
不機嫌そうにボヤく桃也に、京子はこくりと頷いた。
「で、久しぶりに会った初恋の王子はどうだった? まだ好きなのか?」
「もう、そういう気持ちはないんだよ。桃也が来てくれて良かった」
数年ぶりに会った彰人は、夢の中の彼とは少し違っていた。ずっと会わなかった時間が、彼を無意識に美化してしまっていたのかもしれない。
この感情は恋でも初恋を引きずった甘いものでもない気がする。
現実の彼は、夢と同じ笑顔の裏に、どこか影を潜ませているように見えた。
「ありがとうね」
見上げた桃也が面食らった顔をして、緩くはにかむ。
「もう足は平気か? 明日から出張なんだから大事にしろよ」
繋いだ手に引かれながら、京子はゆっくりと駅の中へ歩いた。
『端正な顔立ち』という言葉がしっくりとくるその温和な表情に、通りすがりの女子がハッと目を奪われている。
くっきりとした瞳を京子に留めて、彼は「あれ」と笑顔を零した。
「もしかして、京子ちゃん?」
改札側の軒下にいる京子の横に入り込んで、遠山彰人はパチリと傘を閉じる。
懐かしい声だった。目鼻立ちも、柔らかな癖のある髪も、昔と変わらない。
彼は今仕事で東京にいるのだと陽菜に聞いたのは、ほんの数分前だ。正月早々スーツ姿にビジネスバッグを持った彼は、仕事中なのだろうか。
驚愕と緊張で、京子は声を絞り出すように返事した。
「彰人くん……どうして?」
「やっぱり京子ちゃんだ。偶然だね、中学の卒業式以来?」
「……多分」
落ち着いた立ち振る舞いの彼に、学生時代心を奪われた女子は少なくない。あくまで過去の話だけれど、京子もその一人だった。
「今仕事でこっち来てるんだけど、正月だってのに忙しくてさ」
京子は持っていた傘を強く握り締める。
陽菜の電話を切ってから五分も経っていない。タイミングが良すぎないだろうか。
しかし、京子が今この駅にいるのも偶然だ。仙台行きの話がなければ、桃也との待ち合わせもしなかった。
「そうなんだ。えっと、私……」
包帯の巻かれた右足が鉛のように重い。
初恋の相手との再会に嬉しさよりも逃げ出したい気持ちが膨らんで、たじろいでしまう。
半歩退いた京子を、彰人は「大丈夫?」と覗き込んだ。
頭の中が混乱し、涙が出そうになる。
慌てて目尻に指を当てると、背後からいきなり「京子」と腕を捕まれた。桃也だ。
「何泣きそうになってんだよ」
桃也は「誰?」と目の前の彰人を睨む。
「恐い顔しないでよ。京子ちゃんの同級生の遠山です」
「あぁ――夢の男か」
「夢?」
「ううん、何でもないの」
察した桃也が庇うように前へ出ると、彰人は「ごめんね」と京子に謝った。
彼は苛立つ桃也に顔色一つ変えない。
「そうだ。もう過ぎちゃったけど、誕生日おめでとう」
「覚えててくれたんだ」
「前も言ったでしょ? 元旦なんて分かりやすい誕生日、一度聞いたら忘れないよ」
同じように誕生日を祝って貰ったのは、もう何年前の事だろう。
素直に嬉しいと思って、京子はうつむいたまま「ありがとう」と呟く。
彰人は「また会えたらいいね」と微笑んで、小さく二人に手を振った。
けれど彼はすれ違いざまに、京子へ一言だけ言葉をくれる。
「面白い彼だね」
囁くようなその声は、桃也には届いていない。京子は彰人を目で追うが、既にその姿は改札の奥へと消えていた。
「何かされたのか?」
桃也は彰人から視線を返し、京子の頭にそっと手を乗せる。
京子は「ううん」と首を横に振った。
「何もされてないよ。偶然会ったの」
「なら良いけど……他の男の前で泣くのはやめろよ? 心配してるんだからな?」
「うん、気を付ける」
不機嫌そうにボヤく桃也に、京子はこくりと頷いた。
「で、久しぶりに会った初恋の王子はどうだった? まだ好きなのか?」
「もう、そういう気持ちはないんだよ。桃也が来てくれて良かった」
数年ぶりに会った彰人は、夢の中の彼とは少し違っていた。ずっと会わなかった時間が、彼を無意識に美化してしまっていたのかもしれない。
この感情は恋でも初恋を引きずった甘いものでもない気がする。
現実の彼は、夢と同じ笑顔の裏に、どこか影を潜ませているように見えた。
「ありがとうね」
見上げた桃也が面食らった顔をして、緩くはにかむ。
「もう足は平気か? 明日から出張なんだから大事にしろよ」
繋いだ手に引かれながら、京子はゆっくりと駅の中へ歩いた。
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