152 / 171
13章 魔王
152 危機を伝える獣
しおりを挟む
ワイズマンが起こした炎でチャーチ香の匂いは消えてしまったが、彼の叫びに引き寄せられた山中のモンスターが、闘争心を掻き立てられている。
メルに残った魔力を引き継いだクラウは、今どれほどの力を潜めているのだろうか。
「緊急時と、ワイズマンを見つけた時にこれを鳴らせ。場所を示してくれたら飛んでいくから」
ゼストがタキシードの胸元から皮の袋を取り出して、魔法を使う事の出来ない俺たちに茶色の筒を一本ずつ配った。
一つ一つの先端に導火線のような紐が付いている。その見た目から俺はダイナマイトを想像してしまうが、ゼストが「こうだぞ」と別のをもう一つ取り出してクラッカーのように紐を引くジェスチャーをして見せた。
どうやら発煙筒のようなものらしい。
チェリーが前にゼストを呼んだ時は文字入りの紙を燃やしていたが、それだと特定の一人にしか伝えることができないらしい。
「いいか、何度だって言うが無茶はするなよ」
「はい」
俺達はそれぞれに頷いて、モンスターの影を追うように辺りを見回した。
まず俺たちのすることは、ワイズマンを見つけることだ。そこへ辿り着くまでに戦闘は不可避だろう。
「二手に別れましょうか」とクラウに提案するメルに、俺はポケットに突っ込んであった髪飾りを取り出して、ちぎれたゴムを結び直した。俺たちが海で買ったカーボのマスコットが付いた髪ゴムで、彼女が大人の姿になった衝撃で外れてしまったものだ。
ワイズマンが降らせた温泉のせいでずぶ濡れになってしまったが、気温の上昇とともに服も髪飾りも殆ど乾いてしまった。
「戦うなら縛っておけよ」
「そうよね。ありがとう、ユースケ」
ゴムを受け取ったメルは、手早く髪をまとめてポニーテールを作った。クラウは「うん」と満足そうに頷くと、その視線を離れた木々の奥へと投げる。
素人の俺でさえ、奴らの気配をびんびんに感じ取れる。というか、木の陰に奴らの姿がはっきりと見えているのだ。
こうしている間にも、奴らは俺たちを見つけてタイミングを計っている。
そして俺の心の準備などお構いなしに、戦闘は始まった。
メルが背中の剣を鞘から滑り出した音を合図に、クラウが手中に雷鳴を鳴らした。
「ゼスト、頼む」
「任せて下さいよ」
クラウの横に並んで、ゼストは剣を抜いた。左手を刃に滑らせると光がその色を付着させていく。酒場でジーマを倒した時はメルの剣にゼストの魔法を合体させていたが、今度は自らの剣で『雷剣』を生成した。
他の魔法師たちは動かない。必要がないと判断したのだろうか。
俺にはそうは見えないけれど。
木陰からジリジリと間を詰めてくるモンスターは10匹。全部カーボだ。
奴らは群れる習性があるのだろうか。その長い牙と獰猛さに、女子に好かれるカワイイキャラクターの要素を見出すことができないまま、俺は鞘に入れたままの剣を握りしめて足を震わせた。
クラウが腕を横に振り払うと、光が彼の掌を離れる。
同時にガオオンと一匹のカーボが吠えたのが、奴らにとっての出撃の合図だ。地面を蹴りつけた後ろ脚をバネに、想像よりも速い速度で俺たちに近付いてくる。
美緒を背中に追いやって、俺は恐怖に叫びたくなる衝動を必死に押さえつけた。邪魔だと判断されたら、すぐにでも城へ強制送還させられてしまいそうだったからだ。
生温い空気を甲高い雷鳴が切り裂いていく。空中にその痕を刻みつけるように、稲妻がカーボを一匹ずつなぎ倒していった。
「1,2,3,4……」とヒルドが小声でカウントしていく。それが10に到達したところで、ゼストとメルが奴らに剣でとどめを刺していった。
ほんの十数秒のことだ。血の気が多く勢い付いたカーボ達は、10体の黒い塊と化して絶命する。
「凄いね、魔王。中型のカーボでもあっという間だ」
余裕の表情で感心しているヒルドは、構えすら取っていなかった。彼が言うように、確かにカーボのサイズは大きめだ。
クラウを纏った雷が、パリパリと音を立てて消えていく。
剣を収めながら戻ってきた二人にクラウが「ありがとう」と礼を言うと、ゼストが「いやいや」と手をふった。
「俺たちの出る幕じゃなかったですよ。とどめを刺すまでもなかった」
「即死だったわ」
「そうか」
クラウは自分の掌を見つめて、増幅した力を確認するようにぎゅっと握りしめた。
俺にはその変化が分からなかったが、とにかく大きめのカーボ10匹に取り囲まれても、他のメンバーが棒立ちで見守れる余裕があるという事だ。
「けど、まだまだ来るからね。敵もカーボやジーマだけじゃない」
警戒を促すクラウ。
ゼストが「ん?」と何か気配を感じ取って、顔を上げた。
正面に突然モクモクと沸きだした白い煙に、俺は「あれ」と記憶を垣間見る。
熱のないその煙を、俺は前にも見たことがある。酒場で戦った俺たちの治療のためにリトが現れた時と同じものだ。
「誰だ」と眉を顰めるゼストに、俺は緊張を走らせた。
ポン! と煙を割って、まず黒いシルエットが浮かんだ。
頭についた三角の耳と尻尾という姿に、俺はモンスターを予感して剣を握るが、相手が直立していることに気付いて「えっ」と眉間に皺を寄せた。
そして姿が現れるよりも先に聞こえた「大変です!」と興奮した声に、相手が誰であるか理解する。
「シーラ!」
ゼストがその名前を呼ぶと、彼女は慌てふためきながら「大変です!」と何度も繰り返しながら姿を現した。
ゼストに着せられた猫のコスプレのままだ。
「モンスターが山を下りようとしているにゃん!」
彼女は主の言いつけを忠実に守って、その危機を俺たちに伝えたのだ。
メルに残った魔力を引き継いだクラウは、今どれほどの力を潜めているのだろうか。
「緊急時と、ワイズマンを見つけた時にこれを鳴らせ。場所を示してくれたら飛んでいくから」
ゼストがタキシードの胸元から皮の袋を取り出して、魔法を使う事の出来ない俺たちに茶色の筒を一本ずつ配った。
一つ一つの先端に導火線のような紐が付いている。その見た目から俺はダイナマイトを想像してしまうが、ゼストが「こうだぞ」と別のをもう一つ取り出してクラッカーのように紐を引くジェスチャーをして見せた。
どうやら発煙筒のようなものらしい。
チェリーが前にゼストを呼んだ時は文字入りの紙を燃やしていたが、それだと特定の一人にしか伝えることができないらしい。
「いいか、何度だって言うが無茶はするなよ」
「はい」
俺達はそれぞれに頷いて、モンスターの影を追うように辺りを見回した。
まず俺たちのすることは、ワイズマンを見つけることだ。そこへ辿り着くまでに戦闘は不可避だろう。
「二手に別れましょうか」とクラウに提案するメルに、俺はポケットに突っ込んであった髪飾りを取り出して、ちぎれたゴムを結び直した。俺たちが海で買ったカーボのマスコットが付いた髪ゴムで、彼女が大人の姿になった衝撃で外れてしまったものだ。
ワイズマンが降らせた温泉のせいでずぶ濡れになってしまったが、気温の上昇とともに服も髪飾りも殆ど乾いてしまった。
「戦うなら縛っておけよ」
「そうよね。ありがとう、ユースケ」
ゴムを受け取ったメルは、手早く髪をまとめてポニーテールを作った。クラウは「うん」と満足そうに頷くと、その視線を離れた木々の奥へと投げる。
素人の俺でさえ、奴らの気配をびんびんに感じ取れる。というか、木の陰に奴らの姿がはっきりと見えているのだ。
こうしている間にも、奴らは俺たちを見つけてタイミングを計っている。
そして俺の心の準備などお構いなしに、戦闘は始まった。
メルが背中の剣を鞘から滑り出した音を合図に、クラウが手中に雷鳴を鳴らした。
「ゼスト、頼む」
「任せて下さいよ」
クラウの横に並んで、ゼストは剣を抜いた。左手を刃に滑らせると光がその色を付着させていく。酒場でジーマを倒した時はメルの剣にゼストの魔法を合体させていたが、今度は自らの剣で『雷剣』を生成した。
他の魔法師たちは動かない。必要がないと判断したのだろうか。
俺にはそうは見えないけれど。
木陰からジリジリと間を詰めてくるモンスターは10匹。全部カーボだ。
奴らは群れる習性があるのだろうか。その長い牙と獰猛さに、女子に好かれるカワイイキャラクターの要素を見出すことができないまま、俺は鞘に入れたままの剣を握りしめて足を震わせた。
クラウが腕を横に振り払うと、光が彼の掌を離れる。
同時にガオオンと一匹のカーボが吠えたのが、奴らにとっての出撃の合図だ。地面を蹴りつけた後ろ脚をバネに、想像よりも速い速度で俺たちに近付いてくる。
美緒を背中に追いやって、俺は恐怖に叫びたくなる衝動を必死に押さえつけた。邪魔だと判断されたら、すぐにでも城へ強制送還させられてしまいそうだったからだ。
生温い空気を甲高い雷鳴が切り裂いていく。空中にその痕を刻みつけるように、稲妻がカーボを一匹ずつなぎ倒していった。
「1,2,3,4……」とヒルドが小声でカウントしていく。それが10に到達したところで、ゼストとメルが奴らに剣でとどめを刺していった。
ほんの十数秒のことだ。血の気が多く勢い付いたカーボ達は、10体の黒い塊と化して絶命する。
「凄いね、魔王。中型のカーボでもあっという間だ」
余裕の表情で感心しているヒルドは、構えすら取っていなかった。彼が言うように、確かにカーボのサイズは大きめだ。
クラウを纏った雷が、パリパリと音を立てて消えていく。
剣を収めながら戻ってきた二人にクラウが「ありがとう」と礼を言うと、ゼストが「いやいや」と手をふった。
「俺たちの出る幕じゃなかったですよ。とどめを刺すまでもなかった」
「即死だったわ」
「そうか」
クラウは自分の掌を見つめて、増幅した力を確認するようにぎゅっと握りしめた。
俺にはその変化が分からなかったが、とにかく大きめのカーボ10匹に取り囲まれても、他のメンバーが棒立ちで見守れる余裕があるという事だ。
「けど、まだまだ来るからね。敵もカーボやジーマだけじゃない」
警戒を促すクラウ。
ゼストが「ん?」と何か気配を感じ取って、顔を上げた。
正面に突然モクモクと沸きだした白い煙に、俺は「あれ」と記憶を垣間見る。
熱のないその煙を、俺は前にも見たことがある。酒場で戦った俺たちの治療のためにリトが現れた時と同じものだ。
「誰だ」と眉を顰めるゼストに、俺は緊張を走らせた。
ポン! と煙を割って、まず黒いシルエットが浮かんだ。
頭についた三角の耳と尻尾という姿に、俺はモンスターを予感して剣を握るが、相手が直立していることに気付いて「えっ」と眉間に皺を寄せた。
そして姿が現れるよりも先に聞こえた「大変です!」と興奮した声に、相手が誰であるか理解する。
「シーラ!」
ゼストがその名前を呼ぶと、彼女は慌てふためきながら「大変です!」と何度も繰り返しながら姿を現した。
ゼストに着せられた猫のコスプレのままだ。
「モンスターが山を下りようとしているにゃん!」
彼女は主の言いつけを忠実に守って、その危機を俺たちに伝えたのだ。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?
悠
ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。
それは——男子は女子より立場が弱い
学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。
拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。
「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」
協力者の鹿波だけは知っている。
大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。
勝利200%ラブコメ!?
既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる